【良作】007 カジノ・ロワイヤル_荒々しく暴力的なボンド(ネタバレあり・感想・解説)

軍隊・エージェント
軍隊・エージェント

(2006年 イギリス、アメリカ)
全体的に派手なアクション大作というよりも犯罪ノワールに近い雰囲気であり、人の死はじっくりと克明に描写され、殺しのライセンスとは何ぞやという本質に迫っていく内容となっています。ハイライトのカードゲームにおける心理戦にも終始緊張感が漂っており、大人のエンタメとして高い完成度を示しています。

作品解説

シリーズ最大のリニューアル

本作は6代目ジェームズ・ボンドのダニエル・クレイグの第一作目ですが、その誕生までには紆余曲折ありました。

前任者ピアース・ブロスナンは完全無欠のスパイ像を体現して人気を博し、興行成績も良かったのですが、良くも悪くも一般的なアクション映画のフォームに収まっていたことから、作品評は振るいませんでした。

それに加えて2001年9月11日の同時多発テロの影響で国際情勢を軽く扱うことも難しくなってきたことから、プロデューサー達はシリーズのリニューアルの必要性を強く認識。

そこに来て快活なブロスナンボンドは新しい方向性にそぐわないと判断され、プロデューサーより契約は更新しないとの圧力をかけられたことから、ブロスナンはシリーズを去っていきました。

その後、200人もの候補者の中からダニエル・クレイグが選ばれたのですが、シリーズをフルリニューアルさせるいう意図の元での人選だったことから、当然のことながらその時点でのファンが期待する人物像とはかけ離れていました。

金髪に碧眼というルックスは歴代ボンドの系譜ではなくむしろスペクター側の見た目に近く、身長も低い。その他、オートマしか運転できないとか、ドン臭くて撮影中に歯を2本折ったとか、あらゆることが批判の対象となりました。

ファンが嫌がる不完全性こそが今回のボンドの特徴だっただけに、完成作品を見せるまでクレイグはひたすら耐えるしかなかったのですが。

そして脚本ですが、『消されたライセンス』(1989年)以降は原作のないオリジナル脚本が続いたのですが、本作ではイアン・フレミングが書いた小説第一弾『カジノロワイヤル』(1953年)が使用されており、新たな時代の一作目という意味合いが強く強調されています。

これまでも007シリーズは俳優が交代するたびにリニューアルはしてきたのですが、ここまで本格的なリニューアルは初めてのことであり、プロデューサーにとっても大博打でした。

そこで『ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年)以降のメインライターであるニール・パーヴィス&ロバート・ウェイドに加えて、『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)と『クラッシュ』(2004年)で2年連続アカデミー作品賞を受賞するという史上初の快挙を成し遂げた名脚本家ポール・ハギスが雇われました。

監督にはブロスナンボンドのデビュー作『ゴールデンアイ』(1995年)を大ヒットさせたマーティン・キャンベルが起用され、これ以上ないほどの強力な布陣が敷かれました。

世界的大ヒット

2006年11月17日に全米公開されましたが、アニメ映画『ハッピー・フィート』(2006年)に僅差で敗れて初登場2位でした。

とはいえオープニング興収は4000万ドルを超えており金額的には上々のスタートであり、全米トータルグロスは1億6744万ドルで全米年間興行成績第9位の大ヒットとなりました。

国際マーケットでは全米を上回る好調ぶりで、全世界トータルグロスは5億9904万ドル。こちらは年間第4位という好記録でした。

そしてこれは前作『ダイ・アナザー・デイ』(2002年)の4億3197万ドルを38%も上回り、この時点でのシリーズ最高の興行成績となりました。

感想

荒々しく暴力的なボンド

第二作『ロシアより愛をこめて』(1963年)以降、派手なアバンタイトルは007シリーズの大きな特色なのですが、本作ではかなり趣が異なります。

寒々としたモノクロ映像で描かれるのは、殺しのライセンスの取得条件である2名の殺害をジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)が遂行する場面であり、激しい殴り合いの末にターゲットを水に浸けて溺死させるという、かつてないほど荒っぽい殺害方法がとられます。

シリーズでこれほどまでに剥き出しの暴力というものが描かれたことはなく、この時点で度肝を抜かれました。

素晴らしい主題歌に続いてはボンドが爆弾魔を追いかける見せ場が登場するのですが、ここでのボンドは圧倒的な身体能力を持つ敵に対し、機転と度胸でその差を埋めようとします。

最終的には第三国の大使館にまで押しかけて敵を仕留めるのですが、工作員としては完全なルール違反を犯してまでターゲットを追うというボンドの向こう見ずさや危なっかしさがこの場面からよく分かります。

本作に登場するのは前任者ピアース・ブロスナンとは打って変わって不完全なジェームズ・ボンドであり、上司であるM(ジュディ・デンチ)からも持て余されるほど猪突猛進で暴力的な男であるというわけです。

静かな緊張感漂うカジノロワイヤル

ボンドのファーストミッションの敵となるのはル・シッフル(マッツ・ミケルセン)。

テロ組織から預かった金を投資で大きくするという闇の金融業者で、時にテロを起こしてまで相場を操作するのですが、そのテロの一つをボンドに阻止されたことから大損害を出してしまい、ヤバイ奴らから「俺の金を返せ」と迫られて背中に火が点いた状態にあります。

この設定を聞く限りはアクション映画の悪役らしからぬ小物感があるのですが、演じるマッツ・ミケルセンの魅力もあって必要以上に弱そうには見えないし、デビューしたてのボンドの敵としては丁度良いサイズにも感じられます。

負けを取り戻さなきゃいけないシッフルは「カジノロワイヤル」で開催されるポーカー大会に賞金目当てで出場し、ボンドも出場者として大会に参加してその優勝を防ごうとします。

本編のハイライトとなるのはカードゲームであり、絵的には相当地味なのですが、プレッシャーにさらされた各キャラクターの心理劇を中心に据えることで終始緊張感が漂っており、これはこれでイケる内容となっています。

この辺りは、アカデミー賞受賞経験もある名脚本家ポール・ハギスが脚本に参加したことの成果でしょうか。

よくよく考えてみれば、MI6はカジノのディーラーを巻き込んでイカサマをすればよくて、ボンドがガチンコ勝負を挑む必要などないような気もするのですが、硬派な演出のおかげで鑑賞中にはこうした疑問はさほど気になりませんでした。

冷徹で非情なエージェントへの変身

ポーカーをやってる最中にも、こちらの負けが混んでくると「あいつをぶっ殺してやる」と言ってナイフを手に取るなど、依然としてボンドは直情的で向こう見ずなところを見せます。

また敵を欺くことができず暴漢に襲われたり、毒を盛られたりと脇の甘さも相変わらずなのですが、その後に迎えるヴェスパー(エヴァ・グリーン)との悲しい別れの中で、ボンドは自分が置かれている世界の非情さをようやく理解します。

「裏切り女は死んだ」という報告は当然のことながらボンドの本心ではなく、本当は大声で泣きたいほどの気持ちなのでしょうが、英国工作員という立場上はこう言わざるを得ないわけで、良くも悪くもボンドはそれを弁えるようになったのです。

続いて黒幕であるミスターホワイト(イェスパー・クリステンセン)の足を撃ち抜いたのも、もし頭や胸を撃っていれば私怨を果たしたにすぎず、生け捕りにしてこそお国のためになるということを弁えた結果です。この場面は爆弾魔を射殺した序盤と対になっており、ここからボンドの成長が分かるようになっています。

私情を捨て、愛する人の復讐を後回しにしてまで公務に徹する。こうした冷徹さをボンドは身に着けたというわけですが、ワクワクするようなヒーロー誕生篇ではなく、冷徹なエージェントを誕生させたという徹底的にドライな姿勢には驚かされました。

現時点でのシリーズ最高傑作ではないでしょうか。

≪007シリーズ≫
【凡作】007 リビング・デイライツ_重厚な国際情勢を軽く描く
【良作】007 消されたライセンス_地獄のような壮絶さ
【凡作】007 ゴールデンアイ_良くも悪くも伝統に忠実
【良作】007 トゥモロー・ネバー・ダイ_戦うボンドガール
【凡作】007 ワールド・イズ・ノット・イナフ_アクション映画として不十分
【駄作】007 ダイ・アナザー・デイ_壊滅的に面白くない
【良作】007 カジノ・ロワイヤル_荒々しく暴力的なボンド
【凡作】007 慰めの報酬_ジェイソン・ボーンみたいにしちゃダメ
【良作】007 スカイフォール_Mがボンドガール
【凡作】007 スペクター_幼馴染みのブロフェルド君
【良作】007 ノー・タイム・トゥ・ダイ_目を見張るアクション

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