【凡作】バックドラフト_サスペンス要素は蛇足だった(ネタバレなし・感想・解説)

災害・パニック

(1991年 アメリカ)
世評と個人的な感想がどうにも一致しない映画というものがあります。私にとっては本作がそれ。子供の頃から何度も見ており、火災消化場面などに見所は感じているものの、全体としては雑多な構成要素の調和に失敗した冗長な映画という印象です。好きな人、ごめんなさい。

あらすじ

伝説の消防士の息子ブライアン・マカフレイ(ウィリアム・ボールドウィン)は消防士となり、兄スティーヴン(カート・ラッセル)が隊長を務める分隊に配属される。スティーヴンはブライアンを厳しく教育し、ブライアンも兄に追いつこうと必死になるが、資質に恵まれた兄のようにはなれないという感覚を持ち始める。

そんな折、シカゴでは連続放火事件が発生しており、ブライアンは現場の消防隊を退き、放火犯罪調査官リムゲイル(ロバート・デ・ニーロ)の部署に転籍する。

スタッフ・キャスト

監督は職業映画の巨匠ロン・ハワード

1954年オクラホマ出身。父も母も弟も俳優という一家に生まれ、自身も子役出身。娘のブライス・ダラス・ハワードとペイジ・ハワードも俳優で、職業一家を描く本作には打ってつけの監督だったと言えます。

アクションコメディ『バニシングIN TURBO』(1977年)で監督デビュー。SFドラマ『コクーン』(1985年)やソードファンタジー『ウィロー』(1988年)などどんな映画でも卒なくこなす監督として有名ですが、その本質は職業映画にあります。

日本人管理職との間の軋轢に悩まされるアメリカの工員達を描いた『ガン・ホー』(1986年)、新聞記者の激動の一日を描いた『ザ・ペーパー』(1994年)、宇宙飛行士を描いた『アポロ13』(1995年)、実在のF1レーサーを描いた『ラッシュ/プライドと友情』(2013年)など、ジャンルの幅はあれど、職業人のプライドという切り口で彼のフィルモグラフィはまとめることができます。

脚本は元消防士のグレゴリー・ワイデン

1958年LA出身。3年間消防士として活動し、その後にUCLAの脚本家養成プログラムに入学。在学中に書いた”Shadow Clan”という脚本が映画会社に買い取られ、後にラッセル・マルケイ監督の『ハイランダー 悪魔の戦士』(1986年)として映画化されました。

その続編の『ハイランダー2 甦る戦士』(1991年)の脚本も書き、クリストファー・ウォーケン主演の『ゴッド・アーミー 悪の天使』(1995年)では監督デビューを果たしました。

主演は僕らのカート・ラッセル

1951年マサチューセッツ州出身。子役としてエルヴィス・プレスリー主演の『ヤング・ヤング・パレード』(1963年)に出演し、続いて10本以上のディズニー映画に出演しました。

70年代には野球選手に転向してマイナーリーグでプレイしたものの、怪我が原因で引退。以降は芸能の世界に戻り、ジョン・カーペンター監督のテレビ映画『ザ・シンガー』(1979年)で、子役時代に世話になったエルヴィス・プレスリー役を演じました。

以降、ジョン・カーペンターとは名コンビとなり、『ニューヨーク1997』(1981年)、『遊星からの物体X』(1982年)、『ゴーストハンターズ』(1986年)、『エスケープ・フロム・L.A.』(1996年)と、合計5作品でコンビを組んでいます。

インテリ(『エグゼクティブ・デシジョン』)からアウトロー(『ニューヨーク1997』)、殺人マシーン(『ソルジャー』)から神(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』)までを演じられる芸域の広さが特徴であり、70年代後半から現在まで出演作品が途切れることのないB級映画界の大スターです。

後の『ポセイドン』(2006年)で元消防士役を演じています。

共演はボールドウィン兄弟の三男ウィリアム

1963年NY出身。一時期、現在のスカルスガルド一家並みに増殖していたボールドウィン兄弟の三男。『レッド・オクトーバーを追え』(1990年)のアレックとテレビ俳優のダニエルが兄、『ユージュアル・サスペクツ』(1995年)のスティーヴンが弟です。

よく混同されがちなのですが、『フルメタル・ジャケット』(1987年)や『インデペンデンス・デイ』(1996年)でお馴染みの軍人俳優アダム・ボールドウィンとの血縁関係はありません。

ボールドウィン兄弟の中でもトップのにやけ顔がセクシーと評価されてか1990年代前半におけるウィリアムの押されようは異常で、『フラットライナーズ』(1990年)、『硝子の塔』(1993年)、『フェア・ゲーム』(1995年)などの話題作に次々と出演していました。

本作においてもキアヌ・リーブスやロバート・ダウニー・Jrを先置いて出演していたのですが、ゴリ押しに対して人気が伴っていなかったのか、90年代後半からは小さな役柄が多くなりました。

作品解説

バックドラフト現象とは

引用「室内など密閉された空間で火災が生じ不完全燃焼によって火の勢いが衰え、可燃性の一酸化炭素ガスが溜まった状態の時に窓やドアを開くなどの行動をすると、熱された一酸化炭素に急速に酸素が取り込まれて結びつき、二酸化炭素への化学反応が急激に進み爆発を引き起こす。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88

上述の通り脚本家のグレゴリー・ワイデンは元消防士であり、バックドラフトで同僚を失った経験が本作の着想の元になったとのことです。

キャスティングの紆余曲折

本作の実質的な主人公はブライアン・マカフリーなのですが、そのキャスティングには紆余曲折がありました。

まずトム・クルーズ、ジョニー・デップ、マット・ディロン、ヴァル・キルマーら当時人気のあった若手俳優に声が欠けられたのですが、軒並み断られました。そしてロバート・ダウニー・Jrとキアヌ・リーブスがスクリーンテストを受けたのですが、採用には至りませんでした。無名時代のブラッド・ピットもオーディションを受けていたらしいのですが不合格。

アレック・ボールドウィンがやるという話もあったのですが、当時売り出し中だった弟のウィリアムに落ち着きました。

ロバート・ダウニー・Jr、キアヌ・リーブス、ブラッド・ピットを落としてウィリアム・ボールドウィンを採用するとは本作のキャスティング担当はどんなセンスしてるんだと言いたくなりますが、とりあえずそういうことらしいです。

ウィリアム・ボールドウィンは同時期にリドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』(1991年)に出演する予定だったのですが、本作への出演が決まったので降板。代わりに出演したブラッド・ピットがJ.D.役でブレイクしたのだから、人生どうなるか分かりません。

なお、兄スティーヴン役のカート・ラッセルはトニー・スコット監督の『デイズ・オブ・サンダー』(1990年)への出演依頼を受けた際にトム・クルーズ(ブライアン役をオファーされていた)から本作の話を聞き、『デイズ・オブ・サンダー』には出演せず本作に出演しました。カート・ラッセルが断った役はマイケル・ルーカーが演じています。

本作のキャスティングに巻き込まれたのは、両方ともスコット兄弟の映画なんですね。偶然なんでしょうが、どこか因縁を感じさせられます。

全米No.1ヒット作

本作は1991年5月24日に公開されたのですがこの日はライバルが多く、ブルース・ウィリス主演の『ハドソン・ホーク』(1991年)やリドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』(1991年)も同日公開でした。

加えて前週1位だったビル・マーレイ主演の『おつむて・ん・て・ん・クリニック』(1991年)も依然として高い売上を出していたのですが、そんなライバル達に打ち勝って本作は全米No.1を獲得しました。

翌週もロバート・ダウニー・Jr.出演のコメディ『ソープディッシュ』(1991年)を寄せ付けずV2を達成し、3週目にして大ヒット作『シティ・スリッカーズ』(1991年)とぶつかって2位に後退しました。

全米トータルグロスは7786万ドルであり、全米年間興行成績11位となかなかのヒットとなりました。

世界マーケットでも同じく好調で全世界トータルグロスは1億5236万ドルで年間12位、製作費4000万ドルと比較しても十分すぎるほどの売上をあげました。

登場人物

消防隊員

  • スティーヴン・マカフレイ(カート・ラッセル):第17小隊隊長。伝説的な消防士である父デニスの資質を継いでおり、炎を読む感覚が優れている。生粋の職業人であるため家庭生活をうまくこなすことができず、妻子とは別居している。
  • ブライアン・マカフレイ(ウィリアム・ボールドウィン):スティーヴンの弟で、学校を卒業したての新米消防士。以前にも消防士になろうとしていたが挫折し、他の職業を転々とした後に再び消防士を志した。
  • ジョン・アドコックス(スコット・グレン):父デニスの代からの古参隊員で、現在はスティーヴンの女房役のような立ち位置にいる。
  • ドナルド・リムゲイル(ロバート・デ・ニーロ):元は消防隊員だったが、大やけどを負ったことが原因で第一線を退き、現在は放火犯罪調査官の立場にいる。連続して起こっている放火事件を調査中。

政界

  • マーティン・スウェイザック(J・T・ウォルシュ):市議会議員。財政合理化のため消防にかかる予算を削減しており、現場の消防士からの怒りを買っている。そのファミリーネームからイングランド系であることが推測され、アイルランド系が大半を占める消防隊員達とはそもそも折り合いが良くない。伝説の消防士の息子であるブライアンを手元に置こうとしている。
  • ジェニファー・ヴァイトクス(ジェニファー・ジェイソン・リー):スウェイザックの秘書。スウェイザックがダーティな政治家であることを知りながらも、しがない店員だった自分を秘書に引き上げてくれた恩義からその秘密を守ろうとしている。ブライアンの元恋人で、街に戻って来た彼との関係が再燃する。

その他

  • ヘレン・マカフレイ(レベッカ・デモーネイ):スティーヴンの妻だが、別居中で新しい恋人もいる。スティーヴンへの思いはいまだに残っているが、家庭人になりえない彼との関係をやり直す気はない。
  • ロナルド・バーテル(ドナルド・サザーランド):服役中の元放火犯。かつてリムゲイルに大やけどを負わせた張本人だが、リムゲイルとのおかしな関係は続いており、ロナルドはリムゲイルを「シャドー」と呼んで彼に対する愛着を表明し、リムゲイルは調査に行き詰るとロナルドに意見を求めに来る。

感想

ブライアンの成長物語が中途半端

クレジット上は兄スティーヴン役のカート・ラッセルが上なのですが、これは弟ブライアン(ウィリアム・ボールドウィン)の物語ですよね。

伝説的な消防士を父に持つブライアンは、少年時代に父の殉職場面に立ち会ったことがトラウマになっている様子であり、消防士という家族の仕事との距離感を掴みかねています。

若い頃に一度消防士になろうとしたものの挫折し、別の職業を転々とした後に、再度消防士の世界に戻ってきたのが本作冒頭時点。この時点では食い詰めて安定の世界に戻って来たかのような甘さ・軽さも漂わせています。

そんなダメダメだったブライアンがどうやって消防士として成長するのかが本作のドラマの骨子となるのですが、右へ行ったり左へ行ったりして、これがどうにも中途半端。

配属当初は厳しい訓練に歯を食いしばって耐えたり、現場でも隊の役に立とうと必死に食らいついたりするのですが、ロクな戦果も挙げられないまま「俺は兄貴みたいにはなれない」と言って消防士の道を断念し、放火犯罪調査官に鞍替えしてリムゲイル(ロバート・デ・ニーロ)の部下に付きます。あまりに諦めが早すぎて、その根性の無さに冷めてしまいました。

さらに紆余曲折を経て、結局ブライアンは消防士の道に戻ってくるのですが、それはそれで放火犯罪調査官という立場は腰掛けみたいなものだったのかとなってきます。

最後までブライアンの物語がどこを目指しているのか定まっておらず、行き当たりばったりで都合の良い方に行っているうちに隊長の座に収まったように見えるために、このドラマが本来持つべき熱を持っていませんでした。

兄スティーヴンの扱いが悪すぎる

さらによく分からないのが兄スティーヴン(カート・ラッセル)の扱いです。

スティーヴンは職業人としては一流なのですが、その一方で人間味に欠ける部分があって、それが家庭内不和やチーム内の衝突に繋がっているという設定が置かれています。

しかし演じるカート・ラッセルの実直なイメージとも相まって、スティーヴンの人格がそこまで破綻しているように見えません。むしろこれだけ優秀なスティーヴンのことを理解せず、文句ばかり言う周囲にこそ問題があるんじゃないかと思えるほどです。

しかも劇中では弟ブライアンの逃げる性格はさほど批判の対象とされておらず、兄スティーヴンの一本気な性格の方が問題視されているので、このドラマをどう見ればいいのか分からなくなってきます。なんで逃げたブライアンがお咎めなしで、職人的なこだわりを持って仕事をしているスティーヴンが文句言われてるんだろうかと。

確かに中盤で新入隊員に大怪我を負わせるという展開はあるのですが、バックドラフト現象を利用した放火が数件立て続けに起こっており、扉を開ける前には温度を確認しろと口酸っぱく言われてきたにも関わらず、つい数分前にスティーヴンから言われた注意すら守れなかった当該隊員にこそ非があったように見受けます。

一応はプロフェッショナリズムを標榜した作品でありながら、その象徴的な存在であるスティーヴンの扱いが不当に悪いことから、作品は内部矛盾を起こしているように感じました。

消防士を賞賛する内容になっていない

プロフェッショナリズムの描写がおかしいという問題は、より大きな部分にも見受けられます。

勇壮なテーマ曲やラストのテロップから危険を顧みず市民のために戦う消防士を賞賛する映画なのかと思いきや、中身はそうなっていないのです。

連続放火の犯人は、なんと消防士。予算削減に抗議して放火事件を起こしたというのですが、オチとしてはあんまり過ぎやしませんかね。

しかも臨終のスティーヴンは、放火犯罪調査官のブライアンに対して真犯人が消防士だったことは決して口外するな、組織と犯人個人の名誉を守れと言い、ブライアンは職責も忘れて兄の遺言通りにします。

何人もの死者を出した連続放火事件で、犯人が身内だったから隠蔽せよと言う兄と、それに乗る弟。これが兄弟の和解の儀式になるのだから、この映画の倫理観はちょっとどうかしちゃってるんじゃないかと思います。

名優の無駄遣い

本作には名優が何人も配置されているのですが、彼らの存在も無駄になっています。

ロバート・デ・ニーロ、ドナルド・サザーランド、J・T・ウォルシュ、スコット・グレン、彼らは市の不正や放火に関わるパートの重要な担い手であり、個々はちゃんと仕事しているのですが、脚本のまずさからなのか、あんまり居る意味を感じませんでした。

ドナルド・サザーランドに至っては、『羊たちの沈黙』(1991年)のレクター博士のような安楽椅子探偵的な立ち位置にいるのかと思いきや、結局何の役にも立たないという肩透かしぶり。

そのネチっこい演技は決して悪くはなかったのですが、キャラクター自体が存在する意味がなかったので、ほとんど有難みを感じませんでした。

他の名優たちも似たり寄ったりで、結局この題材で求められているのって消防士の活躍であり、陰謀とか謎解き要素は要らなかったのです。

消火活動はドラゴンスレイヤーもの

と、ここまで文句ばかり書いてきましたが、消火活動というもっとも重要な部分の演出を外していなかったので、本作は決して駄作ではありません。

カメラマンが防火服を着て撮影にのぞみ、カート・ラッセルとウィリアム・ボールドウィンは1か月もの訓練を受けたというだけあって、見せ場の気合が違います。

公開当時にはILMによるVFXが話題になったのですが、現在の目で見るとVFXに頼った部分は意外と少なく、本当に火を放って危険な撮影を決行している点こそが見せ場となっています。

また炎が咆哮のような音を上げ、モンスターとして描かれている点も見逃せません。

煙が充満する室内を消防士が進んでいると、バックドラフト現象で突如炎が襲い掛かってくるという描写なんて、明らかにドラゴンスレイヤーものだったし。

そう考えながら見ると、ホースではなく斧が消防士のメインウェポンとなっている点にも演出意図を感じました。これはただの消火活動ではなく、炎を退治する戦いなのです。 こうした演出方法が他の消防士ものにはない娯楽性を付加しており、作品に良い色合いを加えています。

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