【凡作】続・猿の惑星_こじんまりとした最終戦争(ネタバレあり・感想・解説)

SF・ファンタジー
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(1970年 アメリカ)
当時のベトナム反戦運動をダイレクトに反映した部分には見ごたえがあるんだけど、全体としては前作の劣化コピーという感じだし、猿vsミュータントの最終戦争らしからぬスケールの小ささもあって、良い出来だとは感じなかった。

作品解説

ビジネス的な事情で製作された続編

前作『猿の惑星』(1968年)は、子供向けのB級ジャンルとのイメージの強かったSF映画において異例の高評価&大ヒットを記録。

ちょうどその頃、フォックスは深刻な財政難に陥っていた。

『ドリトル先生不思議な旅』(1967年)と『スター!』(1969年)が大コケしたうえに、製作中の大作『トラ・トラ・トラ!』(1970年)の巨額製作費も重荷だった。

銀行や投資家からそっぽを向かれる中、稼ぎの堅そうな作品が欲しい。そこで白羽の矢を立てられたのが『猿の惑星』だった。

前作の原作者ピエール・ブールが続編の初期稿を執筆して、猿と人間の全面戦争というメインプロットが決定。その後『007/ゴールドフィンガー』(1964年)のポール・デーンが雇われて核のホロコーストというテーマが付加された。

なんだけど、関係者一同、パンチの足らない話だと思った。

第一作のマイケル・ウィルソンにリライトさせるという話も出たものの、金がないので実現できない。

そしてフランクリン・J・シャフナー監督は『パットン大戦車軍団』(1970年)の製作で忙しくて、本作に関与できなかった。

代わって『奴らを高く吊るせ!』(1968年)のテッド・ポスト監督が雇われた。

そしてチャールトン・ヘストンに出演依頼をしたが、「前作で終わった話だろ」と至極真っ当な理由で断られた。

プロデューサーのリチャード・D・ザナックが三顧の礼を尽くすことで、男気あるヘストンは出演契約にサインしてくれたが、出演時間を極力少なくすることと、テイラーを必ず殺すようにとの条件を出してきた。

かくして誰もが首をかしげながら作った作品であり、作品評も振るわなかったのだが、興行的には成功したのでビジネス的にはフォックスの目論見通りとなった。

感想

前作といろいろ整合していない

前作のラスト直後から物語はスタートするんだけど、いろいろと整合していない。

例の自由の女神像を見て、これからどうやって生きていくんだろうかと心配になるほど深くショックを受けていたテイラー(チャールトン・ヘストン)だが、本作ではケロっとしている。

ノバ(リンダ・ハリソン)といちゃいちゃしつつの旅は楽しそうで、たまに笑顔も覗かせる。いつの間に心境が切り替わったのだろうか。

そして前作では異端裁判にかけられるとの宣告を受けていたジーラ(キム・ハンター)とコーネリアスは、普通にサル社会に復帰している。

一神教のタブーに触れた彼らの罪は許されたのだろうか。

前作で敵対していたザイアス議長(モーリス・エヴァンス)とはいつの間にか仲良くなっており、好戦的な軍人たちに手を焼いたザイアスからの相談を受けるほどの関係性となっている。

まだホームメディアというものがなく、映画を何度も鑑賞して細かい齟齬を指摘してくるファンがいない時代だったためか、前作といろいろ整合していない点は気になった。

分断された猿社会

本作の猿社会においては、オランウータンが知識、チンパンジーが生産、ゴリラが軍事を担っている。

そしてタカ派のゴリラ達は人類を脅威であると見做すと同時に、猿社会の生産力をあげるためにも領土の拡大は必須であり、禁断地帯に攻め入って人類を殲滅しようと主張する。

しかしオランウータンからすると、あそこにはいろいろ厄介なものが埋まってるので迂闊に足を踏み入れちゃいかんと思ってるし、平和主義のチンパン達は人道的見地からゴリラの方針に反対している。

ただしどの世界でも最後に強いのは実力行使ができる者であり、ゴリラの大将であるウルサス将軍(ジェームズ・グレゴリー)はジャイアニズムを全開にする。

「な、いいよな!」って感じでかなり強引な形でザイアス議長からの表面的な承諾を取り付け、非力なチンパン達をハナから相手にせず、禁断地帯への侵攻を開始。

これは露骨にベトナム戦争を巡るアメリカ社会の分断を反映したものなんだけど、三者の行き違いはなかなか興味深かった。

ミュータントが登場場面がとにかく退屈

一方人類側はというと、ウガーとしか言えない陸生種とは別に、禁断地帯の地下で知性を保ったまま超能力を進化させたミュータント種が細々と生存していた。

現題の”BENEATH THE PLANET OF THE APES“(猿の惑星の下)とは彼らのことを指している。

このミュータント達が「キー」という音とともにテレパシーを使うんだけど、この一連の場面が恐ろしく退屈なので参ってしまった。

また、生産活動ができるとは思えない地下を拠点にしながら、ミュータント達はいったい何を食べてきたのか、着ている服はどうやって作られているのか、地下空間を照らす電力はどこからきているのかということが分からないので、彼らの存在にリアリティを感じなかったこともマイナス。

たったの2000年程度で人類があれほどのサイコキネシスを使えるようになるという点にも説得力がなかったし。

ミュータントの設定を煮詰め切れていないのだから、彼らの登場場面はもっと短くしてよかったと思う。

こじんまりとした最終戦争 ※ネタばれあり

ミュータント達は侵入者に火柱や地割れなどの幻覚を見せることで、自分たちの存在を知られることなく領土を守ってきた。

猿社会の中でもオランウータンだけは彼らの存在を認識していたようなんだけど、高度な知性を持つ者同士で諍いが起こると核戦争の二の舞というわけで、ミュータントの存在を秘匿したうえで、その領土を禁断地帯と定義して猿達の立ち入りを禁止してきた。

そうして長年均衡は保たれてきたのだが、脳筋のウルサス将軍が事情も弁えずに兵を送ったものだから、思いがけず猿vsミュータントの全面戦争に突入する。

なんだけど、フォックスの財政難も災いしてか大規模なモブシーンがないので、種の存続をかけた最終戦争らしさはない

設定上はおそらく大規模な軍事衝突ということになっているのだろうが、全くそうは見えてこないのがツラかった。

クライマックスではいよいよ惑星までが破壊されるんだけど、そのスケールを感じさせないこじんまりとした演出には大いに難ありだった。

≪猿の惑星≫
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