【良作】バード・オン・ワイヤー_ユルいがきっちり面白い(ネタバレあり・感想・解説)

クライムアクション

(1990年 アメリカ)
見たことが何の足しにもならないが、見ている間はきっちりと楽しめるという、ある意味でザ・ハリウッドな映画。こういう映画があってもいいじゃないですか。

あらすじ

かつて麻薬密輸事件の重要証人としてDEA捜査官の汚職を証言し、それ以降は承認保護プログラムを適用されているリック(メル・ギブソン)の元に、服役を終えた元DEA捜査官ソレンソン(デビッド・キャラダイン)とディッグス(ビル・デュークス)が復讐に現れる。二人の襲撃を辛くも生き延びたリックは、偶然再会した元恋人マリアン(ゴールディ・ホーン)と共に逃避行を開始する。

スタッフ・キャスト

監督はジョン・バダム

1939年イングランド出身。幼少期にアメリカに帰化し、イエール大学で学びました。テレビドラマの製作を経て1976年に映画界に進出し、ジョン・トラボルタ主演の『サタデー・ナイト・フィーバー』(1977年)の大ヒットで名を馳せました。

1980年代にはハリウッドを代表する職人監督となり、『ウォーゲーム』(1983年)、『ブルーサンダー』(1983年)、『ショート・サーキット』(1986年)、『張り込み』(1986年)などの幅広い娯楽作を手掛けました。

1990年代に入ると一転して不調となり、リュック・ベッソン監督の『ニキータ』(1990年)のリメイク『アサシン 暗・殺・者』(1993年)、ウェズリー・スナイプス主演の『ドロップ・ゾーン』(1994年)とジョニー・デップ主演の『ニック・オブ・タイム』(1995年)を連続してコケさせたことから映画界からはフェードアウト。以降はテレビ界での演出を中心に活動しています。

製作はロブ・コーエン

1949年ニューヨーク州出身。ハーバード大学卒業後の1970年にフォックス入社し、1973年には若干24歳でフォックスのテレビ映画担当副社長に就任しました。

1980年代には映画プロデューサーとして『バトルランナー』(1987年)、『イーストウィックの魔女たち』(1987年)などに携わり、並行してテレビドラマの演出も手掛けた後に、『ドラゴン/ブルース・リー物語』(1993年)で映画監督デビューし、シルヴェスター・スタローン主演の『デイライト』(1996年)などを手掛けました。

21世紀に入ると『ワイルド・スピード』(2001年)と『トリプルX』(2002年)というヴィン・ディーゼル主演作が連続で大ヒットして一躍トップディレクターとなりましたが、『ステルス』(2005年)を大コケさせて以降はパッとしません。

音楽はハンス・ジマー

1957年ドイツ出身。現在では映画音楽の大家的な存在ですが、本作が製作された90年代前半はそのキャリアの初期に当たり、精力的な活動を行っていました。

キーボード奏者としてバンド活動を行った後に、『ディア・ハンター』(1978年)のスタンリー・マイヤーズに師事して映画音楽の道に進み、『レインマン』(1988年)でアカデミー作曲賞にノミネートされました。

トニー・スコットからはかなり早くから目を付けられており、『ビバリーヒルズ・コップ2』(1987年)と『リベンジ』(1990年)での起用が考えられていたようなのですが、有名な作曲家を望んだスタジオの意見で却下され、『デイズ・オブ・サンダー』(1990年)でようやくコラボが実現しました。

同作のプロデューサーであるジェリー・ブラッカイマーとの関係も強くなり、『クリムゾン・タイド』(1995年)『ザ・ロック』(1996年)、『パイレーツ・オブ・カリビアン』(2003年)など、ブラッカイマー作品の音楽はジマーとその弟子達が作り上げました。

主演はメル・ギブソン

1956年生まれ。アメリカ生まれだがオーストラリア育ちで、名門オーストラリア国立演劇学院を出ているという、実はエリート。大学時代のルームメイトは後のオスカー俳優ジェフリー・ラッシュでした。

21歳で主演した『マッドマックス』(公開は1979年であるものの、撮影は1977年)が史上最もコスト効率の良い映画としてギネスブックに載るほどの大ヒットとなり(製作費35万ドルに対して世界興収1億ドル)、続く『マッドマックス2』(1981年)が前作に輪をかけた傑作となったことから国際的なスターとなったものの、『マッドマックス/サンダードーム』(1985年)の後にはアル中になっていました。

その後、ブルース・ウィリスに断られた後にお鉢が回って来た『リーサル・ウェポン』(1987年)が大ヒットしてスターの座に返り咲き、1980年代後半から1990年代にかけてはハリウッド随一の人気俳優となりました。

本作はそんな絶頂期の真っただ中、『リーサル・ウェポン2』(1989年)の直後に撮影されたとのことです。

共演はゴールディ・ホーン

1945年ワシントンD.C.出身。1964年に大学を中退してプロダンサーとなり、1968年よるテレビのコメディ番組に出演して知名度を上げ、ウォルター・マッソー主演のコメディ映画『サボテンの花』(1969年)でアカデミー助演男優賞を受賞しました。

1974年にはスティーヴン・スピルバーグ監督の長編映画デビュー作『続・激突!/カージャック』(1974年)に出演、1980年には自らプロデュースした『プライベート・ベンジャミン』(1980年)が大ヒットと、ハリウッドを代表するコメディエンヌの地位を築きました。

二度の離婚の後、カート・ラッセルと事実婚状態となり現在に至っています。ラッセルとは『潮風のいたずら』(1987年)で共演しました。また二番目の夫との間の娘であるケイト・ハドソンも後に人気女優となりました。

感想

新旧スター競演作品

ハリウッドを代表するコメディエンヌとして1960年代末からのキャリアを持つゴールディ・ホーンと、『リーサル・ウェポン』シリーズの大ヒットで当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったメル・ギブソンの共演作。

ゴールディ・ホーンは基本的にはキャーキャー騒ぐ役回りなのですが、コメディにおける間というものをよく理解しており、観客がウザく感じる一歩手前で踏みとどまるという絶妙な匙加減の演技をしています。後のキャメロン・ディアスのプロトタイプって感じでしたね。

対するメルギブはフェロモン全開。逃亡のためにいろんなファッションを身に付けたり、ブリーフ姿になるというサービスシーンもあったりと映画はメルギブのPV状態なのですが、当時のメルギブには鑑賞に耐えるだけの魅力は確かにありました。

こうした二人の間での化学反応はしっかりと起こっており、豪華で楽しい空気が全編に充満しています。

ただし撮影当時42歳のゴールディ・ホーンではちと辛い場面もあって、身分を偽る場面でメルギブの妹ですと言う場面は、ちょいと無理がありました。

本作は私生活でのパートナーであるゴールディ・ホーンとカート・ラッセルの共演作として企画されていたのですが、『デッドフォール』(1989年)のスケジュールが延びた関係でカート・ラッセルが本作に参加できなくなり、『テキーラ・サンライズ』(1988年)で共演したメルギブに話しを持って行ったという経緯があります。

メルギブよりも年上であり、かつ、私生活上のパートナーでもあるカート・ラッセルを想定して書かれた脚本だったために、たまに無理が出たというわけです。

アクションの素晴らしさ

銃撃戦に始まって、バイクチェイス、ヘリチェイス、動物園の仕掛けを使った追っかけなど、アクションはかなりのバリエーションなのですが、どれも平均点以上の仕上がりで目を楽しませてくれました。

バイクチェイスは後の『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)や『ナイト&デイ』(2010年)を先取った内容であり、結構危険なスタントをしているなということが見るからに伝わって来たし、その合間ではジャッキー・チェンの『プロジェクトA』(1984年)へのオマージュなんかもあったりして、なかなかよく出来ていました。

中盤でのヘリチェイスはかつて『ブルーサンダー』(1983年)を撮ったジョン・バダムらしくかなり派手な空撮を行っており、飛行機目線でのショットは迫力満点でした。

やや失速する後半が残念

本作の内容はあってないようなもので、メルギブとゴールディ・ホーンがFBIやDEAから逃げるというあらすじさえ理解しておけば問題ないのですが、後半になってくるとさすがにもたなくなってきます。

捜査機関を敵に回したメルギブとゴールディ・ホーンは身の潔白を証明しなければならないのですが、彼らがどこに向かって動いているのかが判然としないので戦いの勝敗ラインもほんやりとしており、いよいよ怨敵と対峙することになる終盤にも緊張感が宿っていないのです。

二人の目的地や、どうすれば身の潔白を証明できるのかといった要となる部分をしっかりと説明できていればもっと面白くなっただけに、ユルすぎる脚本が残念でした。