【凡作】ドラキュラ(1992年)_怖くも悲しくも面白くもない(ネタバレなし・感想・解説)

サスペンス・ホラー
サスペンス・ホラー

(1992年 アメリカ)
ホラー映画なのに怖くないし、悲恋モノなのに心に迫ってくるものはないし、あまり面白くありませんでした。ただしオスカー受賞の美術デザインのみ見応えがあり、娯楽を楽しむのではなく美術館に行くような気持ちで見るべき映画なのかもしれません。

スタッフ・キャスト

監督は『ゴッドファーザー』のフランシス・フォード・コッポラ

1939年デトロイト出身、ニューヨーク育ち。作曲家カーマイン・コッポラの次男として生まれ、UCLA在学中よりピンク映画やホラー映画の演出を手掛けるようになりました。その流れでB級映画の帝王と呼ばれたロジャー・コーマンの下で働くようになり、60年代に低予算映画の監督としてキャリアをスタート。

その後、メジャースタジオから脚本家としての仕事が入るようになって『パリは燃えているか』(1966年)、『禁じられた情事の森』(1967年)などを担当し、アカデミー賞受賞作『パットン大戦車軍団』(1970年)では自身も脚本賞を受賞しました。

1969年に映画会社アメリカン・ゾエトロープを設立し、その第一回作品として弟分ジョージ・ルーカス監督の『THX1138』(1971年)をリリースしたのですが、暗くて難解な物語に対してワーナーが難色を示して興行的に失敗。早々に経営者であるコッポラは危機を迎えました。

1970年にコッポラは映画監督としてベストセラー小説『ゴッドファーザー』のオファーを受けました。この時点では批評家からの評価こそ高いがヒット作を作ったことのない監督だったため、制作中にはパラマウントとの間で多くの軋轢を抱えたのですが、1972年3月に全米公開されるや『ジョーズ』(1975年)が現れるまで破られないほどの記録的な大ヒットとなりました。

『地獄の黙示録』(1979年)の製作では自宅を抵当に入れたり、『ワン・フロム・ザ・ハート』(1982年)の興行的失敗後には大きな借金を抱えたりと経営者としての苦労が多かった人で、1980年代には三度も破産を経験しています。

その後は『ペギー・スーの結婚』(1986年)や『タッカー』(1988年)のようなおとなしいドラマ作品ばかりを監督するようになっていたのですが、そんな中で久しぶりに手掛けた大作が本作『ドラキュラ』(1992年)でした。

脚本は『コンタクト』のジェイムズ・V・ハート

1947年ルイジアナ州出身。古典のアレンジを得意とする人のようで、本作以前にはスティーヴン・スピルバーグ監督の『フック』(1991年)、本作後にはロバート・デ・ニーロ主演の『フランケンシュタイン』(1994年)の脚本を執筆しています。

1997年には天文学者カール・セーガンの著作『コンタクト』を脚色し、硬派なSF作品もモノにしました。

その後は『トゥームレイダー2』(2003年)の原案や『サハラ 死の砂漠を脱出せよ』(2005年)の脚色などを担当し、ライトな娯楽作への対応力も示しました。

スターだらけ!超豪華キャスト

  • ゲイリー・オールドマン/ドラキュラ伯爵
  • ウィノナ・ライダー/ミナ・マーレイ
  • キアヌ・リーブス/ジョナサン・ハーカー
  • アンソニー・ホプキンス/ヴァン・ヘルシング教授
  • モニカ・ベルッチ/ドラキュラの花嫁

作品解説

ブラム・ストーカー著『ドラキュラ』(1897年)とは

1897年にアイルランド人作家ブラム・ストーカーが発表したホラー小説『吸血鬼ドラキュラ』のキャラクターです。

吸血鬼は文字通り人間の生き血を飲み、その肉体は不死身。そして血を吸われた者もまた吸血鬼になるという設定が置かれています。

その他、日光に当たると死亡するので夜間にしか行動できない、十字架やニンニクが苦手、銀の杭を打たれると絶命するなどの設定もありますが、これらすべてがブラム・ストーカーの考えたものではなく、アイルランドの伝承などを組み合わせて創作したもののようです。

そしてドラキュラとは吸血鬼の中の一キャラクター。現在のルーマニアに位置するワラキア公国の君主であり、オスマン帝国に対する容赦のない戦い方から串刺し公と呼ばれた実在の人物ヴラド3世(1431-1476年)をモデルにしています。

ヴラド3世の物語はルーク・エヴァンス主演の『ドラキュラZERO』(2014年)で詳しく描かれているので、ご興味があればそちらもぜひどうぞ。

『吸血鬼ドラキュラ』は1920年代から舞台などで上映されるようになり、『魔人ドラキュラ』(1931年)で映画化。以降は数限りない派生作品が登場し、興行界での大成功によって世界で最も有名なキャラクターの一つとなりました。

興行的大成功

本作は1992年11月13日に全米公開され、前週の1位だったウェズリー・スナイプスの『パッセンジャー57』(1992年)に4倍以上の金額差をつけてぶっちぎりの1位を獲得。

翌週には大ヒット作の続編『ホームアローン2』(1992年)に首位の座を明け渡したものの依然として売上高は好調で、全米トータルグロスは8,252万ドル、その年の年間興行成績12位とホラー映画としては異例の大ヒットとなりました。

アカデミー賞3部門受賞

そして本作は技術部門で高い評価を受け、アカデミー衣裳デザイン賞(石岡瑛子)、メイクアップ賞、 音響効果編集賞の3部門を受賞しました。

感想

ホラー映画なのに怖くない

1930年代から50年代に流行したゴシックホラーを90年代の技術により蘇らせることが本作の企画意図であり、しかも監督は『ゴッドファーザー』(1972年)のフランシス・フォード・コッポラ。

一流監督があえて定番に挑んだということで当該ジャンルの総決算的作品になるのかと思いきや、これが気の抜けた炭酸飲料のような映画でガッカリしました。

なにより問題なのがホラー映画なのにまったく怖くないということであり、影が実体とは別の動きをするという場面が何度も何度も繰り返されるだけでは怖がりようがありません。

そもそもドラキュラの何が脅威なのかもピンと来ず、手当たり次第に吸血しているわけでもないので社会悪を巻き散らす存在ではないし、アンチキリストらしくモラルに反した絶対悪かと思いきや、そういうわけでもない。

こいつを恐れなければならない理由、倒さねばならない理由って一体何なんだろうかと考えてみたのですが、劇中の所業を見る限りではこれが意外と思いつかないのです。

ロマンスに感じるものがない

19世紀の女性ミナ・マーレイ(ウィノナ・ライダー)は15世紀のドラキュラ伯爵の妻エリザベータと瓜二つであり、彼女はエリザベータの生まれ変わりということらしいです。

で、ミナとドラキュラ伯爵との悲恋がメインプロットとなるのですが、ここではエリザベータの記憶と人格が蘇っているのか、それともミナ・マーレイとしてドラキュラ伯爵に惹かれているのかが判然としないために、そのロマンスに感じるところが少なくなっています。

加えてミナにはジョナサン・ハーカー(キアヌ・リーブス)という実直な婚約者がいながらドラキュラ伯爵に惹かれてしまうことの逡巡が描かれていないために、許されざる恋に心を焦がすような感覚も表現できていません。

そして婚約者を寝取られたジョナサンの怒りや悲しみや不甲斐なさといった感情も描かれていないので、これまたドラマチックになっていません。キアヌ・リーブスは本作での自分の演技を大いに反省しているようなのですが、これはキアヌの演技力だけの問題ではなく、そもそも脚本にそういう要素がなさすぎることが原因だと思います。

そうした情感不足のために、ヴァン・ヘルシング教授(アンソニー・ホプキンス)と共にはるばるトランシルヴァニアまでドラキュラ退治に向かうという展開も、本来あるべき熱を帯びていません。

あそこは婚約者をドラキュラに奪われようとしているジョナサンの奪還劇+ドラキュラに恋人を殺された3人の男の弔い合戦という実に感情的な場面だったはずなのに、「あ~、何かやってんな」くらいにしか感じられなかったのは完全に演出のミスだったと思います。

美術デザインが素晴らしすぎる

そんなわけで映画としてはいろいろと辛い出来だったのですが、オスカーを受賞した美術デザインが素晴らしすぎて、これだけは見る価値がありました。

↓どうですか、血管や筋繊維をモチーフにしたドラキュラ伯爵の鎧は。

https://www.pinterest.jp/pin/600315825303626860/

これを手掛けたのは石岡瑛子氏なのですが、よくこんな奇抜なデザインを思いついたものです。加えて、どこか機動性も感じさせるのでただの荒唐無稽なデザインでもないわけです。

その他にも絢爛豪華な衣装や重厚なセットなど、美術的には見るべきものの多い作品となっています。

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