【凡作】未知との遭遇_家庭を捨てるお父さん(ネタバレあり・感想・解説)

クリーチャー・メカ
クリーチャー・メカ

(1977年 アメリカ)
SF映画史上の名作ではあるのですが、UFOにのめり込むあまり無職になり、妻子を捨てて宇宙人を追いかけ始める主人公にはまったく感情移入できませんでした。シミュレーション映画としては面白いものの、ドラマの構築に難のある作品です。

作品解説

興行的には大成功した

本作は1977年11月16日に全米公開され、製作費2000万ドルに対して全米トータルグロスは1億3518万ドル。これは現在の貨幣価値に換算すると5億ドル以上の金額であり、大変なメガヒットとなりました。

国際マーケットではさらに好調であり、全世界トータルグロスは3億378万ドルに及びました。

当時、倒産の危機に瀕していたコロンビア映画の株価は本作の大ヒットにより3倍にも跳ね上がり、危機は回避されたのでした。

複数のバージョンについて

本作は「公開後にも監督が作品をいじり続ける」ということを始めた最初の作品であり、様々なバージョンが存在しています。

劇場公開版(135分)

オリジナル版だが、他のバージョンには存在しない場面がいくつも存在している。

序盤にて主人公ロイが発電所に行く場面があり、彼の職業が明確に描かれる。また役人が住民説明会を開いて「UFOの写真はフェイク」と言う場面や、町を閉鎖する場面でアポロことカール・ウェザースが軍人として登場する場面がみられるのはこのバージョンのみ。

特別編(132分)

1980年公開。劇場版に不満を感じていたスピルバーグがコロンビアに掛け合い、「もうひと稼ぎできる」と考えたコロンビアが、マザーシップ内部の描写を付け加えることを条件に製作を許可したバージョン。

上記「劇場公開版」のとおり、いくつかの場面をカットしている。ロイが狂ったようにデビルズタワーの模型を作る場面もカット。エンディングはスピルバーグの希望通り「星に願いを」を使用している。

ファイナル・カット版(137分)

製作20周年を記念して2007年にリリース。特別編をベースにしているが、特別編から割愛されたロイがデビルズタワーの模型を作る場面は復活し、エンディングは「星に願いを」ではなくなっている。

感想

主人公が酷い父親過ぎる

主人公ロイ(リチャード・ドレイファス)は偶然UFOに出会ったことがきっかけで、宇宙人との再会に固執するようになる中年男。その人物像にはスピルバーグの少年期に家庭を捨てて出ていった実父の姿が投影されているとのことです。

ロイはそもそも少年っぽい男で、子供たちは『十戒』(1959年)を見たいと言っているのに一人だけ『ピノキオ』(1940年)を見に行こうと言ったり、リビングのど真ん中に大掛かりな鉄道模型を作ったりしています。

職業は電気修理工で、宇宙人が起こした停電騒動で修理に向かった際に偶然UFOを目撃し、以降はUFOの虜になります。家に帰ると午前4時だというのに家族を叩き起こしてUFO目撃現場へと向かい、翌日もUFOを追いかけて無断欠勤。

そんな異常行動の連続なので職場を解雇されるのですが、それでも懲りずにUFO、UFOと言い続けているので、かなりの重症です。

奥さんのロニー(テリー・ガー)はおっとりしたタイプで、少年のようなロイを怒ったりもせず見守り続けます。ついに職場を解雇されても「まぁ何とか頑張りましょうよ」と優しい言葉をかけてくれるので、本当に良い奥さんだと思います。

しかしロイのUFO熱は冷めることがなく、あの夜宇宙人に植え付けられたと思われるデビルズタワーのインスピレーションにどんどん囚われていき、食事中にマッシュポテトで奇妙な山を作り始めるというはっきりと奇行と言える症状までを表し始めます。

それまで騒いでいた3人の子供たちも、親父の奇行を見ると水を打ったように静かになり、ある程度状況が理解できる年齢の長男に至っては涙を流しています。見ていて本当に辛くなる場面でした。

翌朝ロイは正気を取り戻すのですが、それもたった一瞬のこと。ちょっとしたきっかけで昨夜よりも酷い症状を示すようになり、脳内のイメージを再現するために植木や土、ゴミ箱などをリビングに放り込み始めます。

「外でやればいいじゃん」というツッコミはさておき、ここまでくると『シャイニング』(1980年)のジャック・トランス並みの狂い方であり、見ていて怖くなりました。

おっとりしていた奥さんもいよいよ旦那に危険を感じ、子供たちを連れて実家へと帰っていきます。

で、家族が離れていったことでロイが反省するのかというとそうでもなく、テレビに映ったデビルズタワーを見て「これだ!これだ!」と霧が晴れたような気持ちになり、家族のいる方向ではなくデビルズタワーの方向に向かって車を走らせます。もう終わってます。

家庭が壊れていく様を見るのは本当に辛かったし、UFOへの思いが高じて家族まで捨ててしまう主人公には全く感情移入できませんでした。

なお、90年代に日曜洋画劇場で放送された際には、なんとロイの家族の登場場面はすべてカットされており、ロイをただのUFOマニアにしていました。映画の印象を一変させるカットではありますが、家庭を捨てるくだりをなくしたことで主人公への感情移入をしやすくした、画期的なバージョンでもありました。

もしスピルバーグが見たら激怒すること間違いなしですが。

宇宙人がやっているのは人さらいでは?

デビルズタワーを目指すロイと行動を共にするジリアン(メリンダ・ディロン)はシングルマザー。ある夜、幼い息子バリーを宇宙人に連れていかれたことから、UFOを追っています。

家族を捨ててまでUFOを追いかけるロイと、家族を連れ戻すためにUFOを追いかけるジリアン。目的は正反対なのですが、共通の目標を目指していることから行動を共にし、そのうちロマンスにも発展していきます。

ここで引っかかるのは宇宙人が無断でシングルマザーから子供を奪ったということであり、そのやり方は結構悪質に感じます。

彼らだけではありません。第二次世界大戦中のパイロットなどその被害者は数十人に及びます。これらの人々はラスト付近で地球に帰され、その時の容姿は昔のままであることからUFO内での拘束はほんの僅かな時間だったことが伺えます。ただし地球時間では数十年が経過しており、当人や家族の人生には重大な影響を与えています。

地球人を無断で連れ出し、謝罪もない。これでは平和的なコンタクトとは言い難いものがあり、「未知との遭遇」を素直に楽しむことができませんでした。

シミュレーション映画としては優れている

そんなわけで個人にフォーカスした部分は失敗していると感じたのですが、他方でUFOに対して政府や科学者はどう動くのかという部分には実に説得力があり、シミュレーション映画としては楽しめました。

調査範囲はバミューダトライアングル、ゴビ砂漠(特別編のみ)、インドと全世界に及び、調査を仕切っているのはアメリカ人ではなくフランス人。このスケール感には燃えました。

調査団は当事者たちにヒアリングしつつも、「UFOはインチキ」という住民説明会を開いて噂が広がることを防いでいます。

リサーチの結果、デビルズタワーで何かが起こることを掴んだ調査団は架空のバイオハザード事故をでっち上げます。バイオハザード事故であれば避難という名目で周辺住民を現場から遠ざけることができるし、監視用の軍隊を現地に置いても真相は疑われません。

こうした調査団の動きにはいちいち説得力があって最高でした。

住民避難と称した邪魔者排除

なお本作の初稿は『タクシードライバー』(1976年)のポール・シュレイダーが執筆したのですが、シュレイダーは主人公を「UFOはインチキ」と言って回る役人に設定していたようです。これはこれで面白そうなのですが、スピルバーグにはボツにされました。

UFOの圧倒的スペクタクル

いよいよUFOとの接触を果たす場面は圧倒的なスペクタクル。

未知との遭遇を控えた前哨基地の物々しい雰囲気、デビルズタワーの周辺に不自然な雲が発生し「いよいよ来るぞ!」という場面の緊張感など、たっぷりの間を取りながら観客のテンションを上げていく演出はさすがスピルバーグといったところでした。

そして現れるUFOの美しさ。光と音のコミュニケーションに成功する場面の感動など、一つ一つのイベントが丁寧に積み上げられていきます。

続くマザーシップ登場場面は現在の目で見てもド迫力だし、着陸の際にはUFOの天地がひっくり返るという常識外れの構造にもSFらしい風情がありました。

その後登場するエイリアンがパペット臭かったり、かと思えば子供にヘルメット被せてるだけなのが丸わかりだったりはするものの、それまでの描写の丁寧さから、これらも宇宙人として見たいという心境になってきます。

スピルバーグはスペクタクルの巨匠であることを思い知らされる素晴らしいクライマックスでした。

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