【良作】コンタクト_知的にも程があるSFドラマ(ネタバレあり・感想・解説)

異世界

(1997年 アメリカ)
そのタイトルが示す通りファーストコンタクトものなのですが、異星人はどんな形で我々に接触してくるのか、人間社会はこれにどう反応するのかが極限のリアリティで構築されています。加えて、科学と信仰という重いテーマに終止符を打つようなドラマも提示されており、実に意義深く見応えがありました。

©Warner Bros.

あらすじ

天文学者エリー(ジョディ・フォスター)は地球外知的生命体探査活動を行っているが、その活動に懐疑的な天文学者ドラムリン(トム・スケリット)によって研究資金を打ち切られる。その後、実業家H・R・ハデン(ジョン・ハート)を新たなスポンサーにしたエリーは民間資金での調査を開始する。

ある日エリーのチームはヴェガから人為的に発信されたと思われる電波を観測する。その電波は多層構造となっており、その中には巨大な移動装置の設計図が含まれていた。エリーは組み立てられた移動装置の乗組員候補となるが、神の存在を信じるかという問いに対してNoと回答したことから落選する。

スタッフ・キャスト

原作は天文学者カール・セーガン

1934年NY出身。天文生物学のパイオニアで、SETI(地球外知的生命体探査)の有力な推進者でした。また文才や話術もあって科学啓蒙書やSF小説の執筆、エミー賞を受賞したテレビドキュメンタリー『コスモス』(1980年)の進行役としても活躍しました。本作製作中の1996年に他界。

監督はロバート・ゼメキス

1952年シカゴ出身。南カリフォルニア大学在学中にスチューデント・アカデミー賞を受賞し、先輩ジョン・ミリアスの伝手でスティーヴン・スピルバーグ監督の『1941』(1979年)の脚本を執筆しました。

ビートルズを見に行こうとする若者のドラマ『抱きしめたい』(1978年)で監督デビュー、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズ(1985-1990年)と『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)の大ヒットでトップディレクターとなりました。

もともと本作は『マッドマックス』シリーズのジョージ・ミラーが監督する予定だったのですが、ぶっ飛んだ内容にワーナーが難色を示して降板し、ゼメキスに鉢が回って来たという経緯があります。

主演はジョディ・フォスター

1962年ロサンゼルス生まれ。3歳から子役として活動し、12歳にして『タクシードライバー』(1976年)でアカデミー助演女優賞にノミネート。幼い頃から芸能活動で忙しい身でありながら学業も疎かにせず、名門イェール大学を優秀な成績で卒業。

成人後には『告発の行方』(1988年)と『羊たちの沈黙』(1991年)でアカデミー賞主演女優賞を2度受賞。って、ジョディさん凄すぎ。

共演はマシュー・マコノヒー

1969年テキサス州出身。その精悍なルックスから90年代には次世代のトム・クルーズと期待されており、本作のパーマー牧師役も製作陣のファーストチョイスでした。

その後、主演作の相次ぐ興行的失敗と、自宅にて大音量で音楽を流し全裸でボンゴを叩いてご近所さんに通報された通称・ボンゴ事件によりイメージが失墜。普通の俳優ならそこで終わってVシネに活動の場を移すところですが、マコノヒーの場合は付いてしまったダーティなイメージを逆手にとり、予測不可能な男として復活。

『キラー・スナイパー』『マジック・マイク』『ウルフ・オブ・ウォール・ストリート』で完璧に振り切れた演技を披露し、『ダラス・バイヤーズ・クラブ』でアカデミー賞主演男優賞受賞。

シブイ親父軍団が画面を席捲

本作は異星人とのファーストコンタクトを世界レベルで描いた作品なので市井の人々は登場せず、主要登場人物の大半は学者か政府高官です。そのため、これを演じる役者もシブイ親父軍団となっています。

  • デヴィッド・モース(主人公の父テッド・アロウェイ):1953年マサチューセッツ州出身。『ザ・ロック』(1996年)の副官役、『ロング・キス・グッドナイト』(1996年)の武器商人役、『交渉人』(1998年)のSWAT隊長役など大作への出演が多く、かつ、幅広い役柄を演じる性格俳優です。
  • ジェームズ・ウッズ(安全保障担当補佐官マイケル・キッツ):1947年ユタ州出身。IQ180の天才で奨学金を受けてマサチューセッツ工科大に進学したが、結局中退という頭脳の無駄遣いをしている人。オリバー・ストーン監督の『サルバドル/遥かなる日々』(1986年)でアカデミー主演男優賞、『ゴースト・オブ・ミシシッピー』(1996年)でアカデミー助演男優賞にノミネート。
  • トム・スケリット(科学顧問デイヴィッド・ドラムリン):1933年デトロイト出身。『エイリアン』(1979年)の船長役や、『トップガン』(1986年)の教官役など、えらい人をよく演じる。例に漏れず本作でも天文学の世界的権威の役。
  • ジョン・ハート(実業家S・R・ハデン):1940年イングランド出身。トム・スケリットと共演した『エイリアン』(1979年)ではチェストバスターに腹をぶち破られるケイン役、デヴィッド・リンチ監督の『エレファント・マン』(1980年)では山盛り特殊メイクで主人公ジョン・メリック役と、特殊メイクが絡んだ映画でよく活躍する人。『エレファント・マン』のプロデューサーであるメル・ブルックスが監督した『スペースボール』(1987年)では、エイリアンのパロディにて自分自身の役で登場しました。
  • ウィリアム・フィクトナー(天文学者ケント・クラーク):1946年ニューヨーク州出身。ジェリー・ブラッカイマー作品によく出る人で、『アルマゲドン』(1998年)、『パール・ハーバー』(2000年)、『ブラックホーク・ダウン』(2001年)、『ローン・レンジャー』(2013年)、『ホース・ソルジャー』(2018年)に出演。その他にもいろんな映画に顔を出しており(『ヒート』(1995年)、『リベリオン』(2002年)、『ダークナイト』(2008年)etc…)、とにかく出演本数が多い。

感想

ファーストコンタクトを極限までリアルに描写

本作はいわゆるファーストコンタクトものの一作なのですが、地球外生命体はどのように我々に接触してくるのか、地球外生命体の存在を知った人間社会はどう反応するのかが、極限までリアルに描写されています。

当然、宇宙人がいきなりUFOで姿を現わすなんてことはなく、電波に乗せた信号でその存在をアピール。素数の情報を入れることで人為的に発信された電波であることを人類に理解させ、また過去に人類が発信した電波を織り込むことで、「あなたたちの情報を見たよ」というメッセージとします。

しかし人類最初のテレビ放送はオリンピックベルリン大会の開会式であり、そこにはヒトラーが写っていたものだから、人類社会に衝撃が走ります。異星人に他意はないのですが…。この辺りの見事なサイエンスフィクションぶりには感心しました。

ジョディ・フォスター扮する天文学者エリーがこの電波の最初の発見者であり、見通し線の関係で電波を受信できなくなるため、世界中の天文台に観測を依頼します。

すると安全保障担当の大統領補佐官キッツ(ジェームズ・ウッズ)が「こんな重要事項を勝手に海外に共有されては困る」と釘を刺してきます。純粋な知的探求行為と複雑な国際政治の対立。これもまた分かりやすい図式に落とし込まれています。

上司のドラムリンがマジでムカつく

ドラムリン(トム・スケリット)はアメリカで権威のある天文学者であり、かつてエリーの進める知的生命体探査活動をバカにし、予算を打ち切った張本人です。

彼の決定のためにエリーは資金源を失い、研究費を獲得するために走り回る羽目に陥ったのですが、いざ民間の研究で成果を挙げると、足を引っ張っていたはずのドラムリンが突然しゃしゃり出てきます。

もちろん「自分がやった」とは一言も言いません。それは嘘だから。明確に嘘だと分かることを言えば後々窮地に立たされるということを、この手合いはよく理解しています。

しかし大統領補佐官などが専門的な質問を求めた際に、エリーを遮って「私が説明しましょう」とかやるので、事情を知らない人達からすると何となくドラムリンの指揮下で行われていた研究なんだろうと思うわけです。

権限を握っている安全保障担当補佐官キッツの隣にピッタリと張り付いて動き回り、最終的にはエリーを差し置いて公式記者会見にまで出て行きます。まぁムカつきました。

こういうおっさんはどの職場にも居ますね。部下に対しては「そんなことで成果があがるのか」とかネガティブなことばかり言って創意工夫のあるチャレンジを潰すのに、否定してきた試みの一つが成功すると、「私のチームの成果です」みたいな顔をして手柄を横取りしようとする卑劣漢。

権力者の隣の席次を常に確保し、組織内での権力を保とうとする気持ちの悪いクズ野郎。思い当たる人間の顔が私の頭には何人か浮かんでいますが笑、こういうタイプはマジでムカつきますね。

カール・セーガンの周囲にもこういう奴がいたんでしょう。なのでドラムリンの描写は妙に詳細だし、「こういう奴いるいる」と納得できるものになっています。その死に際は本来喜ぶべき場面ではないのですが、私はガッツポーズをしてしまいました。

一本気すぎるエリー

そんな感じでドラムリンに手柄を横取りされ放題のエリーですが、エリーはエリーで問題があります。真っすぐすぎて自分以外が見えていないのです。

ドラムリンに資金を打ち切られた際にも喧嘩腰で、地球外生命体探査という素晴らしいことをやっているのになぜ金を出さないんだと言って食って掛かるのですが、そもそも探査活動に価値を感じていない相手にそんな言い方をしても通用するはずがありません。

あの場面はとりあえずしおらしく振る舞い、アレシボ天文台という一流施設は使えないにしても、規模を縮小して他の天文台で継続させてもらえないかと交渉すべきでした。

その後、公的資金が入らなくなって民間資金を頼るようになっても、援助を断られると「私の研究の何が無意味だって言うのよ!」と噛み付いていくような人なので、付き合いづらいったらありゃしません。

また宇宙人が送って来た設計図通りに組み立てられた輸送機への搭乗者を決める際にも、彼女の一本気は炸裂します。手柄泥棒ドラムリンの妨害も何のその、エリーは搭乗者の最有力候補だったのですが、パーマー牧師からの「あなたは神を信じますか?」との問いに対して馬鹿正直に「私は実証できるものしか信じません」と答えたので、選考から漏れてしまいます。

結局、搭乗者には「神を信じる」と答えたドラムリンが選ばれ、エリーは「あんな口先だけの回答を信じないでよ」などと愚痴るのですが、あの場面は嘘でも信じると言っておくべきでした。

「私は神を信じます」と口先だけでも言ってあげれば多くの人に安心してもらえるのに、それが分からず自分の言いたいことだけを言うものだから、チャンスを逃すのです。ま、あのチャンスは逃して正解だったのですが、それは結果論ということで。

信仰と科学の対立と、緩やかな和解

少女時代のエリーの思い出。エリーは10歳の頃に愛する父テッド(デヴィッド・モース)を亡くしているのですが、葬儀の際にエリーを慰める牧師が「神に何かのご意思があってお父さんは天に召されたんだよ」と言うのに対して、エリーは「持病の薬を一階に置いておけばパパは死なずに済んだのよ」と答えます。

何かが起こった時、そこに何らかの意義を見出そうとする信仰と、起こったことを起こったまま理解しようとする科学の対立。それをこのエピソードは如実に物語っています。

エリーは一貫して神を信じません。信じないというよりも、その存在を証明のしようがないから信じようもないという立場であり、いかにも科学者然とした口調で信仰を否定します。

しかし序盤、地球外生命体を探すなどバカげた行為で才能の無駄遣いだと言うドラムリンに対して、きっといるはずだ、だから探すんだと、居るかどうかも証明されていない地球外生命体の存在を確信し、どんな批判を受けようとその捜索活動を続けたエリーは、神を信じる者達と何ら変わりません。

劇中繰り返される「地球人だけだとスペース(宇宙)が勿体ない」というセリフにしても、宇宙というだだっ広い空間はただ無為に存在しているのではなく、それを知覚し、意義を持たせられる存在が居るべきだという願望を投影しています。それって、偶然起こったことにも神意を見出そうとする信仰者と同じ思考ですよね。

証明できないものは信じないといって信仰をバッサリ切り捨てながらも、同じく証明のできていない地球外生命の実在性を確信していたエリーは内部矛盾を起こしているのですが、クライマックスにて科学と信仰は緩やかに統合されます。

転送機のポッドに乗ったエリーはワームホールを通って宇宙旅行し、地球外生命との接触を果たしたのですが、彼女の体感時間8時間に対して、ポッドが地球上の計器から姿を消したのはたったの0.8秒。

エリーはポッドでの自分の体験を証言するのですが、何かあると思いたいエリーが見た幻覚じゃないのかと言われ、反論もできないために公聴会では信用されませんでした。エリーが何と言おうと「で、証拠は?」で終わってしまうのです。信仰に対してエリーがとり続けてきた態度が、今度は彼女を苦しめます。

しかし、きっとエリーは何かを経験したはずだと信じる人々によって彼女は救われました。そこには実在性を示す証拠もないし理解可能な理屈もないが、それでもエリーを信じることにした人々。

未知なるものの存在を確信し、その探求をするという点で科学と信仰は似通っています。両者が緩やかに統合されるクライマックスは実に感動的で意義深いものでした。

ラストのオチは蛇足

と、ここまでで終わっていれば素晴らしいSFドラマだったのですが、エリーの宇宙旅行の物証が示されるクライマックスは蛇足でした。ポッドに設置されたビデオカメラには何も映っていなかったが、その録画時間は8時間だった。

ここでエリーが宇宙旅行をしたという明確な証拠が出てきます。そんな重要証拠があるのなら公聴会で出してやれよと思うと同時に、ここまではっきりとした物証が出てきてしまうと、「証明のできないものの実在性を信じられるか」という本作のテーマもぼやけてしまいます。

このオチは蛇足でしたね。

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