【駄作】コピーキャット_話が支離滅裂(ネタバレあり・感想・解説)

サスペンス

(1995年 アメリカ)
本来、緻密さが求められるはずのサスペンス映画なのに、ツッコミどころ満載。しかもド派手な見せ場や行き詰るような攻防戦といったスポットで突き抜けた場面もなかったので、褒められる部分がまったくない完璧な失敗作としてしか映りませんでした。

© Warner Bros.

あらすじ

犯罪心理学者のヘレンは講演会場のトイレでサイコ・キラーに襲われて以来、重度の屋外恐怖症となって自宅に引きこもっていた。そんな折、女性を狙った殺人事件が連続で発生し、ヘレンは手口の異なる複数の事件が一人の犯人によるものと気付いた。

スタッフ・キャスト

監督はテレビ畑出身のジョン・アミエル

監督はジョン・アミエル。70年代からテレビ界で活躍しており、80年代後半より映画界に進出して、1993年にジョディ・フォスターとリチャード・ギアの共演で話題になった『ジャック・サマースビー』をヒットさせました。

本作の後にはキャスリン・ゼタ・ジョーンズの美しいボディラインしか記憶に残らなかった『エントラップメント』や、21世紀を代表する底抜け超大作『ザ・コア』を監督したのですが、これだけゴミばかり作ってしまっては映画界から声がかからなくなったのか、現在はテレビ界に出戻っています。

脚本もテレビ界出身のアン・ビダーマン

脚本家としてクレジットされているアン・ビダーマンもテレビ界出身で、『NYPDブルー』の脚本を書いていました。本作で映画界に進出したのですが、注目すべきはその次の仕事であり、1996年の公開当時から現在に至るまで一貫して評価の高いサスペンス映画『真実の行方』の共同脚本を手掛けています。

また、2009年のマイケル・マン監督作品『パブリック・エネミーズ』の脚本家の一人であり、2013年に高評価を受けたテレビシリーズ『レイ・ドノヴァン ザ・フィクサー』の原案と製作も担当しており、この経歴からはめちゃくちゃに優秀なクリエイターであると見受けます。

フランク・ダラボンもノークレジットで脚本に参加

そして、『ショーシャンクの空に』のフランク・ダラボンも本作の脚本の手直しに参加しています。この頃のダラボンは脚本家として引っ張りだこで、混乱していたシュワルツェネッガー主演の『イレイザー』の手直しをしたり、オリジナル脚本にパンチが足らないと考えていたスピルバーグからの依頼で『プライベート・ライアン』にオマハビーチの場面を書き足したりと、八面六臂の大活躍でした。

ホリー・ハンターが刑事役

主人公の一人、モナハン刑事にはホリー・ハンター。本作製作直前のホリー・ハンターはものすごい状態にありました。1993年は彼女にとって大飛躍の年であり、『ピアノ・レッスン』でアカデミー賞、ゴールデングローブ賞、カンヌ映画祭など全世界で14もの主演女優賞を総なめにしました。また『ザ・ファーム法律事務所』でアカデミー助演女優賞にもノミネートされており、同一人物が同年のアカデミー賞で複数部門にノミネートされるという珍しい現象を起こしています。加えて、テレビ映画『しゃべりすぎた女』でエミー賞主演女優賞受賞。やった仕事全部がホームランという奇跡的な状態となっていました。

そんな大飛躍に続く作品として選んだのが本作であり、男所帯の中で奮闘する小柄な女性捜査官という役どころは、否応なしに『羊たちの沈黙』のジョディ・フォスターを想起させられるものでした。彼女は、イメージの近いジョディ・フォスターのポジションに取って代わることを狙っていたのでしょうか。

シガニー・ウィーバーが引きこもりの犯罪学者役

もう一人の主人公、ヘレン役には『エイリアン』シリーズでお馴染みシガニー・ウィーバー。普通に考えれば、大柄で強い女というイメージのウィーバーが捜査官役、小柄なホリー・ハンターをサイコ・キラーから狙われる学者役にするところですが、あえてこれをひっくり返したところが、本作のキャスティングのミソだったのでしょう。

実は、『ピアノ・レッスン』主演の第一候補はシガニー・ウィーバーだったのですが、脚本に惚れ込んだホリー・ハンターが熱心に自分を売り込んで主演に決まったという因縁があります。同作の大成功を横目に見たウィーバーからすれば、「あれは本来自分が受けるはずの賞賛だったのに、ホリー・ハンター、マジ要らんことしやがって」という心境だっただろうと思うのですが、それでも本作での共演を受け入れた辺りに、ウィーバーの人柄の良さが伺えます。

登場人物

犯罪学者・ヘレンの関係者

  • ヘレン・ハドソン(シガニー・ウィーバー):高名な犯罪心理学者。かつてダリルに襲われたショックで豪邸に引きこもり中であり、玄関先の新聞も取りに出られないほどの重症。ニュースで殺人事件を知り、警察に電話をかけたことがきっかけで今回の事件に関わることになる。イケメンのルーベン刑事を気に入る。
  • アンディ(ジョン・ロスマン):社会生活を送れなくなったヘレンの身の回りの世話をしている。ゲイ。

サンフランシスコ市警

  • モナハン刑事(ホリー・ハンター):通称MJ。発砲には慎重で犯人を殺さず捕らえることを重視している。連続殺人事件は初担当であり、警察に電話をかけてきたヘレンに捜査協力を依頼する。
  • ルーベン刑事(ダーモット・マローニー):モナハンの相棒。捜査の際に過剰に発砲するクセがあり、容疑者を死なせた件で内部調査を受けている。ヘレンに好意を抱いている。和食が好き。
  • ニコレッティー刑事(ウィル・パットン):職場の紅一点モナハンに好意を抱き、相棒のルーベンに嫉妬心とライバル心を持っている。

サイコ・キラー

  • ダリル・リー・カラム(ハリー・コニック・Jr):かつてヘレンの精神鑑定を受け、その後に脱獄して講演中のヘレンを襲った。現在は服役中。
  • ピーター・フォーリー(ウィリアム・マクナマラ):表面上は大人しいエンジニアにして奥さんの尻に敷かれる旦那だが、自宅の地下室で誘拐してきた女性を監禁している。ダリルを崇拝している。

『セブン』の一か月後に公開された猟奇サスペンス

本作の全米公開は1995年10月27日。その一か月前の1995年9月22日に同ジャンルのライバル『セブン』が公開されており、そちらは4週連続No.1という猛威を振るっていました。ライバルが大ブームになった直後での公開という最悪のタイミング。加えて、『羊たちの沈黙』の直系ともいえるオールドスタイルな演出の本作は、気鋭の新人脚本家・映像派の監督・伸び盛りのスターが揃った『セブン』と比べると前時代的に感じられてしまい、『セブン』の1/3の金額も稼げず興行的には撃沈しました。

なお、『セブン』の監督のデヴィッド・フィンチャーと、本作の主演のシガニー・ウィーバーとは犬猿の仲にありました。1992年の『エイリアン3』の撮影現場において両者は深刻な対立状態にあり、ウィーバーは「監督こそがエイリアン」と激怒したほどです。陰で揉めていることはあっても、不仲が表面化することはなかなかないのですが、ウィーバーはそれを隠す気すらないほどフィンチャーを嫌っていたのです。だからこそ、『セブン』に完全敗北したことはウィーバーにとっては屈辱だったと思います。

企画意図を実現できていない脚本と演出

ズバっと言わせてもらいますが、本作の脚本と演出はめちゃくちゃ下手です。特に脚本の出来が悪く、アン・ビダーマンやフランク・ダラボンのようなうまい人が書いたのに、なぜこんなことになったんだろうと不思議で仕方ありませんでした。

安楽椅子探偵ものなのに知的興奮がない

安楽椅子探偵とは、部屋から出ることなく事件を推理する探偵のことであり、アガサ・クリスティのミス・マーブルがその代表例。映画界では『羊たちの沈黙』でアンソニー・ホプキンスが演じたレクター博士や、『ボーン・コレクター』でデンゼル・ワシントンが演じたリンカーン・ライムがこれに該当します。

推理の論理的な美しさや、読者・観客に対して現場の全体像を提示せずに済むので予想外の驚きを与えることができるという点がこのジャンルの特徴なのですが、本作は安楽椅子ものの体裁を取りつつも、知的興奮がないという大問題を抱えています。

ヘレンは一応、犯人のプロファイリングを行うのですが、その推理が作品の本質的な面白さに繋がっていません。この題材ならば、「ヘレンが犯人の人物像を読み取って、次に取りそうな行動を予測→ヘレンの言う通り現場に先回りしたモナハンとルーベンが犯人とニアミス→ニアミスで得られた情報を元に、ヘレンがより精度の高い推理を行う」という形で全体を組み立てればよかったのに、ヘレンの推理・犯人の行動・刑事の動きがまったく噛み合わず、それぞれがバラバラに動作しています。

それどころか、真相の大半は中盤におけるテレビ電話においてダリルの口から一方的に説明されるので、観客に推理を楽しませようという気すらないことには失望しました。これでは安楽椅子探偵など不要で、警察とサイコ・キラーの攻防というシンプルな図式でもよかったんじゃないのと思ってしまいます。

模倣犯(コピーキャット)である必要がない

犯人は通常のサイコ・キラーではなく、模倣犯(コピーキャット)であるという点が本作の独自性だったと思うのですが、全体を振り返った時に、犯人を模倣犯にする必要性を感じませんでした。やはりこれも、模倣のパターンを読み取って次の犯行を予測しながら犯人との距離を詰めていくという流れを作るべきだったのですが、ヘレンもモナハンも全然犯人の先回りをする気がないんですよね。

一応、過去のヘレンの講演で挙げられた著名なサイコ・キラー達の名前と同じ順番で模倣が行われているというパターンが判明するのですが、このパターンを明かすのが遅すぎました。こういうのは前半で明らかにして、「今度はこんな殺しが起こるはずだから、何としてでも食い止めねば」という流れであるべきだったと思います。『セブン』はそうしてましたよね。聖書にある七つの大罪をモチーフにした殺人であることが序盤で判明し、「こういう惨い殺しがあと6件起こるぞ」と言って緊張感を高めたわけです。

サイコ・キラーが怖くない

本作にはダリルとピーターという二人のサイコ・キラーが登場するのですが、どちらも全然怖くありません。演じる役者さん達は頑張っているのですが、よくあるサイコ・キラーの演技を頑張ってる感が出ており、観客の予想の遥か上を行くような怖さや、本能のレベルで生理的嫌悪感を抱かせるような深みがありませんでした。

このジャンルって、アンソニー・ホプキンスとかケヴィン・スペイシーのようなめちゃくちゃにうまい人達が演じてきているので、ちょっとやそっとではインパクトを残せません。キャスティングにはもっとこだわるべきだったと思います。

おかしな展開が目に付く ※ネタバレあり

ヘレンの気にするところがズレている

はっきりとヘレンを名指しした脅迫状が届くようになり、当時まだ珍しかったEメールで犯行の予告動画までがヘレンのアドレス宛に送信され始めるのですが、この事態を受けたヘレンは、ネットで遊べなくなったことに激怒します。「え?気にするのそこ?」という感じでしたが。危険なサイコ・キラーから狙われたんだから、まず身の危険の心配をしましょうよ。特にヘレンはダリルに襲われた件で深刻なPTSDを発症しているのだから、またしてもサイコ・キラーに狙われたことには相当なショックを受けて然るべきでした。

モナハンの上司がアホすぎる

後半、モナハンの上司はヘレンを捜査から外せと言い出すのですが、捜査へのヘレンの貢献度はともかく、彼女に脅迫状が届いているのだから犯人に繋がる重要なピースがヘレンその人だったのに、ここに来て現場に対して彼女を切れと言い出した意味が分かりませんでした。アホなのかと。

加えて、モナハンはこの指示を無視してまでヘレンとの捜査を続けるのですが、彼女が命令違反を犯してまでヘレンのところに来ていることがドラマの流れにまったく影響を与えておらず、なぜこんな無意味な展開を入れたんだろうかと不思議で仕方ありませんでした。

ニコレッティー刑事の存在が無意味すぎる

モナハンに惚れているが彼女からはまったく相手にされず、モナハンとコンビを組むルーベンに焼きもちを妬き、一方的な対抗心を剥き出しにするニコレッティー。その言動はさながら学園もののライバルキャラなのですが、これを演じるのがハゲのウィル・パットンなので、キモいおっさんでしかありませんでした。作品中のサイコ・キラー達よりも遥かに気持ち悪かったです。

このニコレッティー、モナハンとルーベンにしきりに絡んできて本編での登場頻度は何気に多く、クライマックスに向けて何かしら重要な役割でも果たすのかなと思って見ていたら、特に捜査に影響を与えることなく退場。何のために存在していたキャラクターなのかがさっぱり分かりませんでした。こういう無意味なキャラクターはいなくていいです。

ルーベン刑事殉職からの展開が謎過ぎる

中盤の流れはこうでした。

塀の中にいるはずのダリル直筆メッセージ入りの本がヘレンの寝室から出てきて、今回のサイコ・キラーがダリルとの接点を持った人物であることが判明する。

塀の中のダリルとのテレビ電話により、ダリルを信奉するサイコ・キラーが2名いることが判明。うち一人は現在殺人を重ねている犯人であり、ダリルの直筆メッセージをヘレンの寝室に置いたのはその男。もう一人はダリルと同じく服役囚だったが、最近出所したとのこと。そして、今夜二人が落ち合う予定であるとの情報がもたらされる。

これを受けたモナハンはルーベンに電話し、犯人確保のために二人が落ち合う予定の倉庫へ至急向かうよう指示する。

その頃ルーベンは署内にいたが、ニコレッティー刑事の不注意で銃を持った中国人の男に不意を突かれ、人質にされていた。

ちょうど署に戻ったモナハンが人質現場に現れたが、彼女が中国人を仕留め損ねたためにルーベンが中国人に撃たれて殉職。

悲しみに暮れるモナハンとニコレッティー。この騒動のどさくさの中でモナハンは2名のサイコ・キラーが落ち合う倉庫へ行かず、代わりの警官を送り込むこともせず、犯人逮捕のための行動を一切とらなかった。

なんでしょうか、この展開。犯人逮捕のため倉庫へ向かうという大きな山場を迎えたかと思いきや、本筋とまったく無関係な人質エピソードが突如割って入り、本筋の流れがぶった切られます。しかも、主要登場人物であるルーベン刑事が本筋と無関係なイベントで命を落とすという点も意味不明で、なぜこんなおかしな話にしたのかまったく理解できませんでした。

クライマックスもグダグダ

終始、犯人にリードされっぱなしのヘレンはついに犯人の手に落ちます。犯人はピーターというエンジニアで、彼はヘレンをかつての事件現場に連れて行き、ダリルの事件の再現を始めます。ここからヘレンのピンチと、モナハンが追い付けるかというサスペンス映画で定番の流れを迎えるのですが、まぁグダグダ。

モナハンが犯人射殺をためらったためにルーベンを死なせてしまったというバレバレの伏線が張られている以上、今度はモナハンが犯人を確実に仕留めるという結末を迎えることは明確なのに、緊張感皆無の攻防戦がえらい長く続くのです。

また、一件落着後にはダリルがもう一人のサイコ・キラーが無傷だぜと観客に向けてドヤ顔をするのですが、テレビ電話のくだりであんなにはっきりもう一人居ることを話して、しかも個人を特定できるレベルの情報をヘレンとモナハンに与えてしまったんだから、いくら何でも逮捕されるでしょという感じで、全然「してやられた!」とはなりませんでした。