絶体×絶命【駄作】特異な設定が活きていない(ネタバレなし感想)

(1998年アメリカ)
コナー刑事の息子は白血病を患っており、凶悪犯・マッケイブが骨髄の適合者だった。マッケイブはドナーになることを了承し骨髄移植のため病院へと移送されるが、彼の真の目的は脱走だった。

© 1998 – Columbia Pictures, Inc.

本作は1999年の日曜洋画劇場で見てそれなりに気に入り、その後DVDを購入したものの未開封のまま10年以上放置していたのですが、久しぶりに見返してみることにしてみました。

全然”Desperate Measures(決死の手段)”ではない

凶悪犯・マッケイブが野に放たれてしまったが、こいつを殺すと大事な息子が骨髄移植により救われる道が断たれてしまう。主人公・コナーは刑事としてマッケイブを追いながらも、死なれては困るため時に共犯関係になってしまうという捻じれた設定こそが作品のキモと言えるのですが、残念なことに映画はこの設定を生かしきれていません。

“Desperate Measures(決死の手段)”というタイトルの割にコナーの行為に行き過ぎ感がなく、他の警官の行動を妨害する程度がせいぜいでは盛り上がりに欠けます。彼にはもっともっと異常な行動をとらせ、「あなたならどうしますか?」と観客に問いかけるような内容にして方がよかったと思います。私も人の親ですが、わが子の命がかかっている状況で他の警官がマッケイブに発砲するようなことがあれば、自分が盾になったりそいつをブっ殺したりしてでもマッケイブを守るだろうと思います。親の愛とはそれほどの狂気を孕んだものなのですが、そこまで設定を煮詰め切れていない点は残念でした。

もっと多くの妨害者を立てるべきだった

またこの設定であれば、何としてでもマッケイブを殺そうとする第三者を配置し、命を挟んでのやりとりの緊張感をより高めるべきでした。本来、その役割を担うべきはキャシディ警部でしたが、彼はほとんど本筋に絡んでこない上に、コナーの立場にも一定の理解を示す良い上司だったために、この要素も死んでいます。演じるのは腐った公務員をやらせれば天下一品のブライアン・コックスであり、この配役から察するに、企画段階ではキャシディをより悪い人間として描こうとする意図があったように感じますが、これについても完成版では無難なレベルに留められています。

本来はマイケル・ベイが監督する予定だった

監督は『運命の逆転』のバーベット・シュローダー。元はマイケル・ベイを想定して進められていた企画の監督にシュローダーが就任した経緯はよくわかりませんが、個性があまりに違う二人の監督の間を渡り歩いたことで、本作におけるドラマとアクションのバランスが歪なものになったのではと推測します。1990年に『運命の逆転』を撮ったシュローダーが本来の手腕を発揮していれば、コナーの苦悩などはより克明に描けたはずなのですが、アクション寄りの脚本のためにその本領を発揮できないまま終わっています。

前述した通り、初見時にはそれなりに気に入った記憶があるのですが、今回ここまで楽しめなかったことは我ながら意外でした。