【検証】ディレクターズ・カット版は面白くなっているのか

VHSが普及した90年代以降、映画の複数バージョンがリリースされることが定着しました。DVDやBlu-ray等のディスクメディア時代に入るとその傾向はより加速し、パッケージソフトにはちょい足しバージョンが普通に入っているような状況となっています。上映時間が増えてちょっと得した気にはなっているものの、そもそもディレクターズ・カット版って出来が良くなっているのでしょうか。

金払って見る劇場版で一番良いのを出せよという否定的意見もあるだけに、代表的な5作品をサンプルにしてディレクターズ・カット版に価値があるのかを検証してみたいと思います。

エイリアン2(1985年 アメリカ)

作品概要

前作から57年後、リプリーを乗せた救命艇が回収される。リプリー達がエイリアンシップを発見したLV426には数十年前から入植がはじまっていたが、ある日入植者からの連絡が途絶える。これに対し植民地海兵隊が派遣されることとなるが、事情に詳しいリプリーも同行を求められる。

劇場版リリース日 1986年8月30日
完全版リリース日 1991年末
劇場版上映時間 137分
完全版上映時間 154分

変更点

  • リプリーには娘アマンダが居たことが明かされる。リプリーが冷凍睡眠で宇宙を漂っている57年間でアマンダは亡くなっていた。
  • ニュート一家が宇宙船を調査し、父親がエイリアンに寄生される場面の追加。
  • LV-426に向かうスラコ号の全容、およびクルーが冷凍睡眠中でひとけが途絶えた艦内の様子の追加。
  • セントリー銃でエイリアンの大群を蹴散らす場面の追加。
  • リプリーがニュート救出に向かう前にヒックスとファーストネームを教え合う場面の追加。
  • ニュート救出へ向かうエレベーターでリプリーが武装する場面で劇場版では編集ミスがあったが、これが修正された。

劇場版の方がやや優位

完全版で追加されたのはリプリーの背景に係る部分でしたが、情報が割愛されていた劇場版でもドラマは問題なく流れており、追加情報は特に必要ありませんでした。

そして完全版は2時間半越えで当該ジャンルの映画としてはかなり長く、植民地海兵隊がエイリアンと交戦するまでに75分もかかっており、冗長になり過ぎています。

両者を比較すると、作品全体の印象を変えることなく尺を17分も縮めてみせた劇場版に優位性があると言えます。

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アビス(1989年 アメリカ)

作品概要

米原子力潜水艦が謎の物体との接近遭遇で沈没する。現場付近で作業をしていた深海油田作業員達とネイビーシールズが救助活動に出るが、ハリケーンが迫る海域で発生した後発事故によって彼らも海底に閉じ込められる。

劇場版リリース日 1990年3月24日
完全版リリース日 1993年
劇場版上映時間 140分
完全版上映時間 171分

変更点

  • オープニングにニーチェの一節「あなたがアビスを覗くと、アビスはあなたを見返す」のテロップ表示
  • 沈没地点にまで掘削基地を移動させる際に、ラジオから聞こえるカントリーソングをクルー全員で口ずさむ
  • バッドとリンジーが再会した際に、リンジーの新しい彼氏についてバッドが嫌味を言う
  • コフィ大尉が全員に向かって任務を説明する場面で、バッドがコフィを牽制する
  • 公開版ではテレビ中継は一度しかないが、完全版では三度ある。追加された中継ではNATOがソ連を牽制する動きを伝えており、軍事的緊張が世界に広がっていることが分かる。
  • 事故後の掘削基地で、リモートの潜水艇のカメラ越しに犠牲者の遺体を発見する。
  • ムーンプールを修理中のバッドとワンナイトが、リンジーとの関係について話す。
  • エイリアンについての討論で、あれはソ連の偵察機であるとコフィが主張する。
  • 海溝へのダイブでバッドが変調を来した際に、二人で過ごした停電の夜の話をリンジーがバッドに話す。
  • エイリアンが世界中の海岸線に向けて大津波を発生させるスペクタクル
  • 核戦争による破滅に向かう人類を止めるためにエイリアンが介入したことが判明する

完全版の方がはるかに優れている

当初、キャメロンが完成させたのは完全版の方でした。しかし3時間近い上映時間は興行成績への悪影響が懸念され、本編を短くする作業が必要とされたのですが、ドラマにアクションにSFにとてんこ盛り状態だった本編は171分でもギューギュー詰めで切れる部分がなかったので、やむなく物語自体を変更するという荒業に出ました。

その結果、あれほど高度な技術と倫理観を持ち合わせたエイリアンが何をしに現れたのかがよく分からないという非常に座りの悪い話になってしまい、劇場版はかなりの不評を買いました。7000万ドルもの大金をかけながらもランキング1位を一度も獲れないまま沈没し、興行成績の王様キャメロンにとって唯一の赤字映画となったのでした。

1993年に復活したバージョンではエイリアンが何をしに来たのかが明確になり、物語は腑に落ちるようになりました。加えて、クライマックスでは全世界の海岸線を巨大津波が襲うという大スペクタクルも新規のVFXにより復活しました。編集し直しを通り越し、新規の投資をしてまでフッテージを復活させたディレクターズ・カット版は前代未聞であり、これを初めて見た時には驚いた覚えがあります。

なお、劇場版の製作時にキャメロンはフォックスに作品を取り上げられて無理矢理に編集されたのではなく、キャメロンとフォックスが協議の末に劇場版の方向性を決定したとのことでした。後にキャメロンは、話を変更せずに150分程度に仕上げるという道もあったのにと後悔しています。

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ターミネーター2(1991年 アメリカ)

作品概要

1994年のロサンゼルスに、2029年から2体のターミネーターが送り込まれた。一体は少年期のジョン・コナーを守るための旧型モデルT-800、もう一体はジョンを抹殺するための最新型モデルT-1000。2体はそれぞれの目的のために、10歳のジョンを探し始める。

劇場版リリース日 1991年8月24日
特別編リリース日 1993年
劇場版上映時間 137分
特別編上映時間 153分

変更点

  • 精神病院でサラが暴行を受ける
  • ジョンがゲームセンターへ行く場面の編集が変わっている
  • サラの夢でカイルが「ジョンに危険が迫っている」と警告する
  • T-1000がパトカーを盗む場面を追加
  • T-1000がジョンの養父母を殺した後、犬の名前から身バレに気付く
  • ジョンとサラがT-800のCPUを「読み取りのみ」から「書き込み可」に変更する
  • ジョンがT-800に笑顔を教える
  • ダイソン邸の休日の光景
  • サラがエンリケに逃げるよう伝える
  • サラを止めにダイソン邸へ向かう際のジョンとT-800の車中の会話が長い
  • サラがダイソンを暗殺する場面の編集が違う
  • サイバーダイン社のデータを破壊する場面の追加
  • サイバーダイン社にパトカーが集合する場面が長い
  • T-1000の擬態能力にエラーが発生している場面の追加

劇場版の方がやや優位

追加フッテージにはプラスα程度の価値しかなく、これがなくても特に作品への理解は変わりません。特別編が悪いとは言わないのですが、全体の印象を変えずに尺を16分も詰めた劇場版の方が映画として優れていたと言えます。

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ブレードランナー(1982年 アメリカ)

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作品概要

21世紀初頭、遺伝子工学の発展によりレプリカントと呼ばれる人造人間が開発され、過酷な労働を担っていた。しかし、人間と同等の知性と感情を持つレプリカントには逃亡を図る者もおり、その追跡のためにブレードランナーと呼ばれる特捜部隊が警察内に置かれていた。2019年、ロサンゼルスに紛れ込んだ4体のレプリカントを追うため、一度はブレードランナーを引退したデッカードにかつての上司から追跡の依頼がなされた。

劇場版リリース日 1982年7月3日
ディレクターズ・カット版リリース日 1992年
劇場版上映時間 116分
ディレクターズ・カット版上映時間 116分

変更点

本作の事情はなかなか複雑です。合計で5バージョンが存在しており、しかも映画会社が仕上げたバージョンと監督が仕上げたバージョンでは話が違うのです。ここでは、1982年に初めて世に出たバージョンを劇場版、1992年にリリースされた最終版をディレクターズ・カット版として進めていきます。

  • 劇場版で全編に施されたデッカードのモノローグの全削除
  • デッカードがユニコーンの夢を見る場面の追加
  • デッカードとレイチェルがLAの外に逃亡する劇場版のラストを削除

あるべき物語なのは劇場版の方(ただし異論は認める)

劇場版とディレクターズ・カット版は一長一短です。

デッカードのモノローグがハードボイルドな雰囲気を高めていてかっこいいと感じることもあれば、説明しすぎでSF映画としての風情を損ねていると感じることもあります。ただし、あの難解な物語はモノローグでもなければ理解が難しく、モノローグなしを推す人達も初出の劇場版でモノローグの情報がすでに頭に入った状態でディレクターズ・カット版を見ているのだから、やはりあれは必要な情報だったと思います。

では、ユニコーンの夢はどうでしょうか。あの場面はガフがユニコーンのイメージをしきりに提示してくることと合わせて、「ガフはデッカードの見るユニコーンの夢を認識している→デッカードはレプリカント」という「デッカード=レプリカント説」を暗示する超重要場面であり、短いながらも話の内容を一変させるほどの影響力を持っています。

「デッカード=レプリカント説」は話としては面白くこれを支持する人も多いのですが、私個人の意見では、デッカードは人間であるべきではないかと思います。『ブレードランナー』という作品は「偽物が限りなく本物に近づいた時、両者の境界線はどこへ行くのか」というテーマを扱っている以上、人間とレプリカントの両方が描かれなければなりません。もしデッカードまでがレプリカントだとすると主要登場人物がすべてレプリカントとなってしまい、テーマが没却してしまいます。

加えて、バッティが臨終の際に言う感動的なセリフは人間に聞かせるべきものであり、デッカードが身内ではその意義が失われてしまいます。

ただし、続編の『ブレードランナー2049』(2017年)は「デッカード=レプリカント説」を採用しており、シリーズ間の連携を考えるとディレクターズ・カット版も必要な情報となっています。

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レオン(1994年 フランス・アメリカ)

作品概要

イタリア系移民のレオンは殺し屋として生きてきたが、同じアパートに住む麻薬の売人宅がDEAに襲撃された際に、その娘マチルダに保護を求められる。レオンの部屋に匿われたマチルダは、人との一切の関りを断ってきたレオンの生活を一変させる。

劇場版リリース日 1995年3月25日
完全版リリース日 1996年10月
劇場版上映時間 111分
完全版上映時間 133分

変更点

  • レオンとマチルダがホテルに入る場面で、歳を聞かれたマチルダが18歳と答える
  • マチルダがレオンに家族の敵討ちを断られた際に、自分の顔に銃を突き付けて「私が欲しいのは愛か死よ」と泣き叫ぶ。
  • レオンがトニーにマチルダを紹介する。
  • レオンはマチルダを殺しの現場に連れていき、「一発目で動きを止め、二発目で殺せ」と殺しの方法を伝授する。
  • マチルダの初仕事をシャンパンでお祝いし、マチルダがレオンにキスをする。
  • 二回目の仕事では手りゅう弾を炸裂させるリング・トリックを披露する。
  • 一人で仕事へ出たレオンの気持ちを理解できないマチルダが一人悩む。
  • 上記の仕事の後でレオンから穴埋めとしてプレゼントされた赤いドレスをマチルダが着て、レオンに初体験を迫る。
  • レオンは19歳当時の初仕事での苦い経験を告白する。

完全版は野暮で蛇足

上記『アビス』(1989年)と同じく劇場で不完全版が公開されたパターン。 ただし、本作の場合は情報不足であるはずの劇場版の方が優れており、完全版は説明過多となっています。

リュック・ベッソンが当初完成させたのは133分の完全版の方で、試写での反応が悪かった部分をカットして111分の劇場版を作りました。カットされたのはレオンとマチルダの恋愛関係を示す場面と、レオンがマチルダを殺しの現場に同行させる場面ですが、いずれも観客に対して倫理的な呵責を抱かせかねないため、これらをボヤかし観客の解釈に委ねていた劇場版の方が格段に優れています。

もし初出がディレクターズ・カット版だったら作品はこれほどの高評価を得られなかったのではないかと危惧されるほどのレベルであり、本作は観客の反応を織り込んで作家性に制限を加えるハリウッド式映画製作の成功例と言えるのではないでしょうか。

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まとめ

ディレクターズ・カット版の方が優れていると言えたのは『アビス』だけであり、『エイリアン2』と『ターミネーター2』は劇場版がやや優位で、やや改悪っぽいのが『ブレードランナー』、完璧に改悪だったのが『レオン』という結果になりました。

やはり劇場版は考えに考え尽くされて作られているので、その出来は重いのです。