【凡作】ガン・ホー_王道ならではの安定感と物足りなさ(ネタバレあり・感想・解説)

その他

(1986年 アメリカ)
中規模予算のドラマを多く撮っていた当時のロン・ハワードの安定的な演出力と、異文化交流ものの基本に忠実な脚本が効いています。ただし、あまりにテンプレ通りなので突出した魅力がないことも事実なのですが。

あらすじ

自動車工場が閉鎖されて不況にあえぐアメリカの田舎町で、街の若者ハント(マイケル・キートン)は日本の自動車メーカーの工場誘致に成功する。最初は町を挙げて日本メーカーの進出を歓迎していたが、やり方の違いが表面化したことで日本人管理職とアメリカ人労働者との間の対立が深まった。アメリカ人労働者の取りまとめを任されていたハントは、会社と労働者との間で板挟みとなる。

スタッフ・キャスト

監督は『バックドラフト』のロン・ハワード

1954年オクラホマ出身。父も母も弟も俳優という一家に生まれ、自身も子役出身。父ランスと弟クリントは本作に出演しています。また娘のブライス・ダラス・ハワードとペイジ・ハワードも俳優という、ザ・ショウビズ一家の稼ぎ頭です。

アクションコメディ『バニシングIN TURBO』(1977年)で監督デビュー。『ラブ IN ニューヨーク』(1982年)、『スプラッシュ』(1984年)など初期はコメディドラマを多く手掛けていたのですが、消防士を主人公にした『バックドラフト』(1991年)より大作を手掛ける監督となり、『アポロ13』(1995年)、『身代金』(1996年)と次々と話題作を発表。

『ビューティフル・マインド』(2001年)にてアカデミー作品賞と監督賞を受賞しました。

脚本は『スプラッシュ』のコンビ

本作の脚本を書いたのはローウェル・ガンツ、ババルー・マンデルのコンビで、この人達は『ラブ IN ニューヨーク』(1982年)、『スプラッシュ』(1984年)、『バックマン家の人々』(1989年)と、ロン・ハワード監督の初期作品によく関わっていた人達でした。

ちょっと時間を空けた後に、リアリティ番組を茶化した『エドtv』(1999年)の脚本も書いています。批評性とドラマ性が丁度良く混ざり合った面白い映画だったのに、実はまったく話の違う『トゥルーマン・ショー』(1998年)の二番煎じ扱いされて大コケした不遇の作品でしたね。

その他、大ヒット作『シティ・スリッカーズ』(1991年)、『プリティ・リーグ』(1992年)、本作でも主演を務めたマイケル・キートンの『クローンズ』(1996年)など、コメディドラマを非常に得意としています。

主演はマイケル・キートン

1951年ペンシルベニア州出身。大学中退後にスタンダップコメディアンとして活動開始。当初は本名のマイケル・ダグラスの名前で活動していたのですが、同姓同名のあの方がすでに俳優協会に登録済だったので、キートンという芸名を名乗るようになりました。女優のダイアン・キートンがその由来のようです。

その後俳優活動も開始し、ロン・ハワード監督の『ラブ IN ニューヨーク』(1982年)に出演した縁で本作にも主演しました。

ティム・バートン監督の『バットマン』(1989年)でバットマン/ブルース・ウェイン役にキャスティングされた時にはワーナーに何千通もの苦情の手紙が寄せられる程ファンからは拒絶されたのですが、完成した作品が公開されるや、強迫的な性格を持つブルース・ウェイン像を見事に体現しており、批判の声はピタっと止みました。

『ザ・フラッシュ』(2022年)でバットマン役に復帰するかもという報道が最近ありましたが、一体どうなるんでしょうか。

DC映画『ザ・フラッシュ』でマイケル・キートンが再びバットマンに?現在、出演交渉中

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)と『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年)というアカデミー作品賞受賞作品に2年連続で主演していることから、演技力と作品選別眼の両方が非常に優れていることが分かります。

感想

国辱映画ではありませんよ

子供の頃にゴールデン洋画劇場で見たっきりの映画で、当時は面白かった記憶があります。地上波放映時には『ガン・ホー/突撃!ニッポン株式会社』という実に味のあるタイトルに変更されていました。

有難いことにAmazonプライムで地上波吹替版が配信されていたので四半世紀ぶりの鑑賞となりましたが、今回見返してもやっぱり面白かったです。

本作を調べると必ず「国辱映画」という言葉に突き当たり、日本に係る描写が問題視されて劇場公開が見送られたなどネガティブなことが書かれているのですが、実際に見てみると国辱的だとは感じませんでした。

確かに猛烈な社員教育やおかしな風習などの描写はあるのですが、基本がコメディ映画なので笑わせようと思って意図的に誇張されたような描写であって、製作者達が本心から日本社会を勘違いしている様子はありません。

またアメリカ人労働者もかなり愚かでワガママに描かれており、日米双方を意図的にステレオタイプに寄せたり、特徴的な部分を誇張して描いているだけだということが分かります。

かと言って笑わせるためだけの誇張された映画なのかというとそういうわけでもなく、表面的な描写はおかしくても核心部分は意外と的確に指摘されています。

個よりも組織、自分の時間を削ってでも組織の目標を達成するのだという滅私奉公的な傾向は日本企業にいまだ根強く存在しているし、「僕たちは働きすぎだ。こんなことは自殺行為だ」というセリフは、ダイバーシティなどが叫ばれている現在にまで通じる問題提起となっています。

細かい部分では、東京でのプレゼンであまりに反応がなかったので主人公は失敗したと思い込んでいたが、実は成功していたという展開はさもありなんでした。

加えて、根拠もなく自分達が一番だと思い込んでいる、他国のやり方をまず鼻で笑うというアメリカ人の問題点にも言及されており、異文化衝突を描いた作品としてはなかなか充実しています。

強い日本がちょっとうらやましい

本作が製作されたのは昭和62年。日本はバブル真っただ中で、経済大国という昔懐かしい言葉が存在していた時代でした。

我の強いアメリカ人労働者達に対して、日本人管理職は「私達のやり方の方が実績を出しているんだ!」と真っ向から言い返します。その自信が、現在の目から見ると羨ましくもあります。

今や日本の労働生産性は先進国最下位であり、私達が真面目に労働しても、定時で帰宅している欧米の労働者の方が上だと言われているようなあんまりな状況。労働者一人一人が不真面目になった結果として生産性が悪いのならまだしも、真面目に頑張っているのに成果が上がっていないというのは悲しい現実です。

大変だったけどその努力が報われていたバブル時代って、やっぱり良い時代だったんですね。

リーダーは大変だ

本作の主人公はハント(マイケル・キートン)とカズヒロ(ゲディ・ワタナベ)、二人は両当事国のリーダーとして対峙することとなります。

ただし目的はアメリカ工場を稼働させることで一致しており、最初は衝突しながらも個人間では理解を深め合うのですが、難しいのは自陣営をどう納得させるかです。

交渉を直接引き受けていない人間達は、相手からの満額回答を期待しています。しかし交渉事をまとめるには双方歩み寄りしかなく、何かを得るために別の何かを諦めるということをしなければなりません。

ハントとカズヒロの二人はそれをやるのですが、双方の母体はそれを許さないわけです。なに弱腰でやってるんだとリーダーは容赦ない突き上げを喰らいます。

会社のため、みんなのために現場でギリギリの妥協点を見出そうとしているのに、味方から突き上げを喰らうことの無念さ。これはリーダーになったことのある人なら痛いほどわかると思います。「みんなのためにやってるのに、俺が悪者なの?」という。

かくして事態は決裂寸前にいたるのですが、そこでハントとカズヒロがとった行動とは、二人で工場のラインを回すということでした。実はこれまで二人とも工場のラインに入ったことはないのですが、リーダー二人が現場で働き始めたことで他の工員達も納得し、一緒に働き始めます。

共に汗を流すことの大切さというシンプルな回答をこの映画は示しています。この回答にも納得ができました。

王道ならではの安定感と物足りなさ

80年代のハリウッドでは異文化交流ものが流行っていました。その源流は『E.T.』(1982年)だったと思いますが、そこから『ベスト・キッド』(1984年)、『刑事ジョン・ブック 目撃者』(1985年)、『第5惑星』(1985年)『レッドブル』(1988年)、『ブラックレイン』(1989年)、『ドライビングMissデイジー』(1989年)などなど多くの作品が製作されました。

そんな風潮の中で製作された本作は王道をきちっと守った堅実な作りとなっており、安定感が違います。対立→理解→和解という感情的な旅を経て、最後は団結してハードルを乗り越え、憎まれ役は退散して大団円。テンプレ通りです。

加えて監督はロン・ハワード。史上屈指の結末が分かりきった映画『アポロ13』(1995年)をこの上なくスリリングに撮った監督なので、定番の脚本をきっちりと捌いてみせます。見事な職人技を目の当たりにしたような感覚を抱きました。

ただし王道から1mmたりともブレないという安定感が、物足りなさにも繋がっていますが。教科書的というか公務員的というか、どこかに意外性のある捻りがあればより良かったのですが。

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