【凡作】ジャッジ・ドレッド(1995年)_悪くはないです、本当に(ネタバレあり・感想・解説)

異世界

(1995年アメリカ)
大変混乱した作品であり、決して出来は良くないのですが、監督・脚本家はコミックを越えた重いテーマをこめようとしており、その片鱗は完成作品にもちゃんと残っています。何をやりたかったのかを補完してあげながら見ることで、この失敗作にも価値は感じられるはずです。

©Cinergi Pictures

あらすじ

核戦争後の世界。大都市「メガシティ1」を支える治安維持組織「ジャッジ」の花形であるドレッドが殺人罪で逮捕されるが、この事件の背後にはメガシティ1全体を揺さぶる壮大な陰謀があった。

スタッフ

監督は26歳のダニー・キャノン

1968年イギリス出身。16歳から映画を撮っており、1990年に国立映画テレビ学校を卒業。ハーヴェイ・カイテル、ヴィゴ・モーテンセン共演のクライム映画『プレイデッド』(1993年)で長編デビューしたという早熟です。

本作はレニー・ハーリンやリチャード・ドナーが監督候補として考えられており、コーエン兄弟にまで声がかけられていたのですが軒並み断られ、『プレイデッド』を見たプロデューサーによってダニー・キャノンが監督に選ばれました。キャノンは同時期に『ダイ・ハード3』(1995年)のオファーも受けていたのですが、そちらを断って本作の監督に就任。若干26歳で9000万ドルの大作を任されることとなりました。

ただし、監督の作家性を重視しない傾向のあるスタローンによる介入を受けたことで本作以降キャノンはビッグネームとの仕事を避けるようになり、活動の場をテレビ界に移していきました。テレビドラマでは大成し、『CSI』シリーズ、『NIKITA/ニキータ』『gotham/ゴッサム』などの人気作で監督・脚本・プロデューサーを務めました。

監督のディーン・デヴリンが解任され、ジェリー・ブラッカイマーが新たなプロデューサーとして雇われた(ただしノークレジット)『ジオストーム』(2017年)では、再撮影部分の演出を行いました。

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豪華な脚本家陣

  • マイケル・デ・ルーカ: 1965年ニューヨーク出身。20代にしてニューラインシネマの社長となって『マスク』(1994年)、『ブレイド』(1998年)、『ダークシティ』(1998年)といったエッジの立った作品をリリースし、ホラー専門のスタジオだったニューラインシネマを準メジャースタジオの位置にまで押し上げました。また脚本家として『エルム街の悪夢 ザ・ファイナルナイトメア』(1991年)や『マウス・オブ・マッドネス』(1994年)の脚本も執筆しています。
  • ウィリアム・ウィッシャー: ジェームズ・キャメロンとは高校時代からの友人であり、『ターミネーター』(1984年)『ターミネーター2』(1991年)でキャメロンと共同脚本を手掛けています。アクション映画界隈での信頼は高いようで、『ダイ・ハード3』(1995年)、『イレイザー』(1996年)、『ダイ・ハード4.0』(2007年)の脚本の直しを行っています(いずれもノークレジット)。
  • スティーヴン・E・デ・スーザ :80年代から90年代の映画界を席捲した脚本家。元はテレビ界で脚本を書いていたのですが、1982年の『48時間』の共同脚本家の一人として映画界に進出。その後は『コマンドー』(1985年)、『バトルランナー』(1987年)、『ダイ・ハード』(1988年)、『ダイ・ハード2』(1990年)と、シェーン・ブラックと並ぶアクション映画の大家となりました。

音楽はアラン・シルヴェストリ

当初はジェリー・ゴールドスミスが作曲を担当していたのですがスケジュールの都合で降板(ゴールドスミスのスコアは予告編で使用されています)。続いて『プレイデッド』(1993年)でダニー・キャノンと仕事をした経験があり、後に『インデペンデンス・デイ』(1996年)を手掛けるデヴィッド・アーノルドが就任したものの、プロデューサーが彼を気に入らずに降板し、最終的に幅広い映画音楽に対応していたアラン・シルヴェストリが選ばれました。

1950年ニューヨーク出身。20代前半から映画やテレビドラマのスコアを書いており、80年代からはロバート・ゼメキス監督とのコンビで名スコアを連発。『フォレスト・ガンプ/一期一会』(1994年)ではアカデミー作曲賞にノミネートされています。

ドラマ作品からSF大作まで幅広いジャンルをカバーしているのですが、やはり得意なのはアクション分野であり、『プレデター』(1987年)ではシュワルツェネッガーの筋肉やプレデターのインパクトに負けないほどの力強いテーマを披露しました。

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作品概要

当時のアメコミ映画の状況

90年代、コミックの実写化作品といえば『バットマン』シリーズくらいしか存在しておらず、『スーパーマン』は底抜け大作化した後に終了、マーベルコミック社は破産寸前でスパイダーマンの権利が離散し、キャプテン・アメリカはアルバート・ピュンによってVシネ化されるという、MCU全盛の現在からは信じられないようなコミック映画不遇の時代にありました。

本作は、そんな時代にありえないほどの大金と世界最高のスターを起用して製作された孤高の大作だったのでした。

CG普及前の職人技的VFXが見どころ

コミックで描かれる未来都市をまんま実写で見せた映像センスは評価に値するし(ありがちなブレードランナー風ではなく、あえてコミック風にダサめのデザインにしているところがミソ)、CGが十分に発達していない90年代半ばだからこその、実物大セットと生身の俳優とミニチュアを組み合わせた職人技的なVFXを楽しむことができます。

ホバーバイクによるチェイスシーンなどはテーマパークのアトラクションのような楽しさがあって、すべてがCGではないからこその絶妙な粗さが独特の味となっています。砂漠に住むミュータント一家の特殊メイクも素晴らしい仕上がりで、本作のスタッフは相当頑張っています。

また、低予算映画でデビューしたばかりのダニー・キャノンによる演出も悪くはなく、ドレッドの実力やジャッジ達の武装、メガシティ・ワンの治安状況を冒頭のアクションでコンパクトに見せている点など、情報のまとめ方を心得ていることには好感を持ちました。

気合の入ったキャスティング

主演こそスタローンであるものの、ヒロイン役がダイアン・レインで、助演にマックス・フォン・シドー、ユルゲン・プロホノフ、アーマンド・アサンテと、おおよそコミック原作のSFアクション大作に出るとは思えないメンツをキャスティングしており、この点からも本作は大真面目に企画された作品だったことが推測されます。

前述した通り、本作制作時点でのコミック映画全体の状況を考えると、本作がいかに志の高い企画だったかが伺えます。

感想

テクノロジー描写の誤謬

本作はコミック原作でありながらクローン技術や生命倫理といった通常のSF映画と変わらない題材を織り込んでいるのですが、どうもこの食い合わせがよくありません。

例えばドレッドとリコは同じDNAを持つということが作品のキーとなっているのですが、これを演じているのがスタローンとアーマンド・アサンテという別人なので、なんで同じDNAから顔も気質も違う人間が生まれてくるんだよというツッコミどころとなっています。

そういえば本作の数年後に日本で制作された『北京原人 Who are you?』でも、ひとつのDNAから親子3人の北京原人がクローン再生されるという物凄い展開がありました。『ジュラシック・パーク』の大ヒットから90年代半ばのSF映画界ではDNAやクローン技術がトレンドワードだったのですが、作り手側がちゃんと研究していなかったり、「どうせ客には分からんだろう」と適当な描写にとどめていたりしていて、ロクな映画がなかったような記憶があります。

ちょっと脱線しちゃいましたが、話を『ジャッジ・ドレッド』に戻すと、本作はコミックが原作の映画なのだから現実世界の科学技術との接点を無理に作る必要はなかったし、それでもクローン技術という切り口を持ち込みたいのであれば、もうちょっと説得力ある形で取り込むべきだったと思います。

勧善懲悪の構図が話を分かりづらくしている

メガシティ・ワンの人口増加が著しく、このままでは数年以内に現行のジャッジ・システムは崩壊するという予測が作品の序盤で提示されます。

この危機に対してファーゴ長官とジャッジ・グリフィンの意見が対立しており、死刑の適用範囲を広げることで犯罪者を効率的に捌こうとするグリフィンに対して、ファーゴ長官は市民への抑圧を良しとはしていません。

また、クローン技術によるジャッジの量産化を意図するグリフィンに対して、ファーゴ長官はヤヌスプロジェクトの失敗を教訓にしてクローン技術の導入には反対しています。

こうして両者の主張を並べると、理念ばかりで具体性に欠けるファーゴ長官と、効率性重視で倫理が欠けているグリフィンの主張はそれぞれ一長一短であり、どちらが良いとは言えないような状況です。

大義vs大義の衝突とも言える対立構造があって、そこに現行体制下の英雄であるドレッドと、体制から弾き出されたリコがそれぞれの暴力装置としてこの主導権争いに巻き込まれていくということが本来の作品の骨子であったと考えられます。

そのまま映画化すればそれなりに面白くなったのではないかと思うのですが、本作は単純化のためにジャッジ・グリフィンを悪人として扱っており、この勧善懲悪の構図がかえって余計な混乱をもたらしているように感じました。

生命倫理や制度論的な問いかけを作品中に残した状態でファーゴとグリフィンの主張に優劣をつけてしまうと、大義と大義がぶつかっているという本来の構図が見えづらくなってしまいます。その結果、各自の行動原理が分かりづらいという問題が起こっています。

むしろ、グリフィンはグリフィンでそれなりに筋の通ったことを言っているし、ファーゴの主張にも問題があるという見せ方にした方が、話の通りは良かったのではないでしょうか。

船頭多く船山に登った映画

本作の出来を総括すると、題材もキャスティングも当初はかなり硬派だったものの、プロダクションの過程で迷走して微妙なところに落ち着いたということになります。

これは後のインタビューでスタローン自身が語っていたところなのですが、監督と脚本家は本作をかなりダークに捉えており、風刺的な内容も織り込まれていたと言います。作品中の生命倫理や制度論的な問いかけがそれだったと思うのですが、他方でスタローンはアクションコメディとして本作を捉えており、彼はその方向性でのリライトを求めたと言います。

監督と脚本家が事前に考えていた方向性と主演スターの方向性がまったく噛み合っていない中で、どちらの要素も取り入れたために作品は迷走したのではないでしょうか。

その混乱を象徴しているのが囚人輸送機でのドレッドとファージーのやり取りであり、自身の冤罪を訴えるファージーに対してドレッドは「法は間違いを犯さない」と主張。それに対してファージーから「じゃ、あんたはなぜここにいるんだ?」と聞かれると、ドレッドは回答に窮します。

監督と脚本家はこの場面を制度論的な論点の集約として、またジャッジというアイデンティティを喪失したドレッドの旅の出発点として描いているのに対して、スタローンは完全にコメディのボケ・ツッコミの演技をしており、これをどう受け取ればいいのかを観客が掴みかねる状況が発生しています。

≪リブート作品≫
ジャッジ・ドレッド(2012年)【良作】硬派なデカレンジャー

≪底抜け超大作≫
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