【良作】ジュラシック・パーク_元祖にして決定版(ネタバレあり・感想・解説)

クリーチャー・メカ

(1993年 アメリカ)
恐竜による人間狩りという逼迫したシチュエーション、スピルバーグのテンションの高い演出、完成度の高いVFXの相乗効果で一気に見せる娯楽大作。主人公である科学者3人の意見が少々ピント外れなのが玉に瑕ですが、SFアクションとしては実によくできています。

作品解説

熾烈な映画化権争奪戦

マイケル・クライトンの原作が出版されたのは1990年でしたが、その出版前から各映画会社による壮絶な争奪戦が繰り広げられました。フォックスはジョー・ダンテ、ワーナーはティム・バートン、ソニーはリチャード・ドナーを監督候補として立てていたと言います。

そんな中、マイケル・クライトンと『5人のカルテ』映画化企画の打ち合わせをしていたスピルバーグが本作の話を聞いて関心を持ち、クライトンも「スピルバーグが監督する」という条件で映画化権の譲渡を決めました。出版前の1989年のことでした。

ここで流れた『5人のカルテ』は、後にテレビシリーズ『ER緊急救命室』(1994-2009年)として復活します。

『ジュラシック・パーク』にはジェームズ・キャメロンも関心を持っていたのですが、アプローチをかけた時にはすでにスピルバーグに内定済でした。キャメロンはスピルバーグよりも暴力的な内容をイメージしていたようで、アーノルド・シュワルツェネッガー(グラント博士)、ビル・パクストン(マルコム博士)、チャールトン・ヘストン(ジョン・ハモンド)がその念頭にあったようです。

スピルバーグは『フック』(1991年)の後に『シンドラーのリスト』(1993年)を撮るつもりでいたのですが、ユニバーサルの意向により『ジュラシック・パーク』(1993年)を先に製作することになりました。

そして本作のポストプロダクション中に『シンドラーのリスト』(1993年)の撮影を開始し、残された作業は親友ジョージ・ルーカスに任せたようです。

CG黎明期の傑作

当初、恐竜の表現にはストップモーションを使うつもりでおり、その道の第一人者であるフィル・ティペットが雇われました。

ただしILMのメンバーが作ってきたフルCGティラノサウルスの完成度に度肝を抜かれたスピルバーグは全面的にCGを使うという方針に変更。その決定に海よりも深く落ち込んだティペットは「僕らはこれで絶滅だ」と言い、これはそのまま映画本編のセリフとしても使われました。

ただし当時はCGアニメーターの人数が少なかったことから既存技術の協力も必要であり、まずティペットがストップモーションアニメを製作し、その動きをCGに変換するという方法で恐竜のVFXは製作されました。ティペットが製作したヴェロキラプトルのストップモーションアニメはBlu-rayの映像特典で見ることができます。

本作でCGの威力を思い知ったフィル・ティペットは猛烈な勢いでその技術を身に着け、1997年にはCGを使ったSFアクション大作『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997年)の製作をするに至りました。

CGアニメーションには技術よりもアーティストとしての感性が重要なようで、古い技術の職人でも新しいやり方を覚えることでコンバートは可能だったようです。

スピルバーグ最大のヒット作

本作は1993年6月11日に全米公開され、前週の1位だった『クリフハンガー』(1993年)に6倍以上の金額差をつけてぶっちぎりの1位。翌週公開の『ラスト・アクション・ヒーロー』(1993年)、翌々週公開の『めぐり逢えたら』(1993年)も寄せ付けず3週連続全米No.1ヒットとなり、トム・クルーズ主演の『ザ・ファーム/法律事務所』(1993年)が公開された4週目に、ようやく首位の座を明け渡しました。

全米トータルグロスの3億5706万ドル、全世界トータルグロスの9億1266万ドルは共に当時の歴代No.1であり、『タイタニック』(1997年)登場までの4年間、これらの記録は破られることはありませんでした。

また本作でスピルバーグが得た収入は2億5000万ドルであり、これは一つの作品で監督が得た金額としては史上最高額でした。

感想

見事なサイエンス・フィクション

恐竜を題材にした作品は古くから多くあるのですが、たいていが「絶海の孤島で恐竜が生き延びていた」という設定ばかり。『キング・コング』(1933年)も『ゴジラ』(1954年)もそうでした。

そんな中、DNA操作により恐竜を蘇らせるという科学的な視点を持ち込んだのが本作の着想の素晴らしさであり、琥珀に閉じ込められた蚊から恐竜の生き血を採取、DNAの欠損部分はカエルで補うといった科学的に「それらしい」話を聞くだけでワクワクさせられます。

厳密には、DNAは経年劣化していくのでどれだけ保存状況が良くても150万年でDNA情報は判読不可能な状態になり、650万年ですべての情報が失われるので、6600万年前の恐竜を蘇らせることは不可能なのですが、少なくとも映画を見ている間にそんなことは気にならないので問題ありません。

また、多額のコストをかけてまで恐竜のクローンを作ろうとする人間とはいったい何者なのかという社会背景までが織り込まれていて、こちらも興味深く感じました。

実行に移したのはジョン・ハモンド(リチャード・アッテンボロー)。蚤のサーカスから身を起こした実業家であり、恐竜を売りにしたテーマパーク「ジュラシック・パーク」で一山当てようとしています。

このハモンドの人物像は興味深く、事業家らしい利潤追求の姿勢こそネガティブに描かれているものの、同時に「入場料を安く抑えて大勢に楽しんでもらいたい」というエンターテイナー的な側面も持っており、本質的に悪い人物ではありません。

で、開業前のジュラシック・パークで作業員が恐竜に襲われて死亡する事故が起こり、パークの安全性について専門家のレビューを求められたので、古生物学者のグラント博士(サム・ニール)、古植物学者のサトラー博士(ローラ・ダーン)、数学者のマルコム博士(ジェフ・ゴールドブラム)が外部専門家として招集されます。

そしてこのレビューにはハモンドの二人の孫も同行することから、ハモンドはパークの安全性について絶対の自信を持っているということが分かります。

こうして本編が始まるのですが、開業前の品質レビューという一風変わった切り口は面白かったし、事の発端となる死亡事故を起こした恐竜がヴェロキラプトルであり、ここで公開当時はマイナーだったラプトルがいかに手強い恐竜であるかを見せることがクライマックスの見せ場へと繋がっていくという構成も見事でした。

生命の倫理を巡る議論は的外れ

こうしてジュラシック・パーク入りした3人の博士はクローン再生された恐竜への感動こそ示すものの、パークの安全性については厳しい意見を突きつけます。

ただその指摘が具体的なものではなく、「遠い昔に絶滅して種としての寿命を終えた恐竜を復活させていいものか」とか「恐竜を扱ったパークは前代未聞なので予測不可能なことはいくらでも起こりうる」といった、生命倫理やテクノロジーへの不信みたいなことばかりなので、このレビューの目的に対しては全く的を射ていないわけです。

3人の博士の苦言は聞いていてちょっとイラっとしました。

特に印象が悪かったのはマルコム博士で、「わずかな要因でも物事は制御不能になる。だからこのパークはダメだ」という、そんなこと言い出したら何もできないだろという屁理屈でしかないので、まったく参考にならないわけです。

中盤にてジュラシック・パークは危機的状況に陥るのですが、それは恐竜のコントロール不可能性によるものではなく、産業スパイが安全装置を切ってしまったことが原因なので、結果から振り返ると3人はまったく間違った指摘をしていたことになります。

ではこのパークの何が問題だったのかというと、

  • 広大なパークであるにも関わらず管理にはわずかな人材しか振り分けていなかったというリソース配分の問題
  • 管理システム全体を把握しているのが担当者一人だったというキーマンリスクの問題
  • そのキーマンを経営者がぞんざいに扱っており、結果、反乱を招いてしまったという経営者の姿勢の問題

この3点だったと思います。管理の専門家ではない3人の科学者ではなく、組織のマネジメントが分かる人間にレビューをさせていれば大事故が起こる前に問題を解決できたのではないか。そんな気がしてきます。

恐竜大暴れはさすがスピ

そんなわけで科学者3人が小言を言う場面は少々辛かったのですが、いよいよ恐竜が暴れ出す場面になると面白さが戻ってきます。

『激突!』(1971年)、『ジョーズ』(1975年)『未知との遭遇』(1977年)と、巨大な対象物を描くことにセンスを見せ続けてきたスピルバーグの演出はティラノサウルス登場場面で炸裂。

不気味な予兆を重ねることで恐怖心を煽り、ついにティラノサウルスが姿を現して以降は阿鼻叫喚の様が繰り広げられます。

ここからは見せ場のつるべ打ちであり、アクションとサスペンスが途切れることはありません。恐竜による人間狩りという逼迫したシチュエーション、スピルバーグのテンションの高い演出、完成度の高いVFXの相乗効果で一気に見せていきます。

実は恐竜の出ているショットは合計で15分程度しかないのですが、見せ方のうまさで全編にわたって恐竜に包囲されているような印象を与えているのは、さすがスピルバーグ。

そしてヴェロキラプトルが登場する終盤において見せ場はさらに加速し、そのピークに達したところで現れるティラノサウルスの千両役者ぶりも光っていました。

本当にうまい人たちが撮った娯楽作、それが本作の最終的な印象です。