レオン【良作】燃えるアクションと秀逸なドラマ。でも完全版は野暮で蛇足(ネタバレあり・感想・解説)

(1994年 フランス・アメリカ)
アクションとドラマが絶妙に絡み合った良作です。ただし完全版は蛇足。劇場版のリリースが止まっていて出来の良い方のバージョンを容易に見られない状況がしんどいのですが、TSUTAYAに行けば運よく出会えるかもしれません。

©Gaumont

あらすじ

イタリア系移民のレオンは殺し屋として生きてきたが、同じアパートに住む麻薬の売人宅がDEAに襲撃された際に、その娘マチルダから保護を求められる。レオンの部屋に匿われたマチルダは自分を殺し屋にして欲しいとレオンに懇願し、人との一切の関りを断ってきたレオンの生活を一変させるのだった。

作品概要

リュック・ベッソン監督の代表作

本作製作前のリュック・ベッソンは『グラン・ブルー』(1988年)ですでに監督としての評価を確立していましたが、世界的な名声を得たきっかけは本作でした。

劇場公開時の興行成績はパっとしなかったものの、一度見た人は熱狂的に支持するという現象によって徐々に評価が広がっていき、現在ではIMDBのスコアが8.5、すべての映画の中で32位という非常に高いポジションに付けています(2020年1月3日閲覧)。

現在30代後半の私の記憶を辿っても、本作のブームは劇場公開時ではありませんでした。1995年3月に劇場版が公開された時には大して話題にはなっていなかったのですが、劇場版が日曜洋画劇場で地上波初放送され、完全版が映画館で公開された1996年秋頃にブームがやってきたと思います。それだけ、草の根的に広がっていったということです。

そして、ピーク時の熱狂には凄まじいものがありました。私は高校生でしたが、クラスの中で見ている人の多い珍しい映画だったし、否定的な意見が一切聞かれない程の満場一致の支持を得ていました。こんな映画は他になかったと思います。

本作に深く感銘を受けた江口洋介さんが『ディア マチルダ ~君の行方を見守っている~』なんていう凄いタイトルの歌を作詞作曲し、完全版の公開時に生歌を披露したというニュースをめざましテレビで見たのですが、こんな珍妙な現象までが起こるほど当時の熱狂は凄かったのです。

『フィフス・エレメント』(1997年)の副産物

本作のプロダクションにおいては、必ず『フィフス・エレメント』(1997年)の名前が出てきます。『フィフス・エレメント』とは本作の後にリュック・ベッソンが監督することになるSFアクション大作であり、アメリカ以外の国が製作した映画としては史上最高額の製作費9000千万ドルがかけられました。フランス出身のベッソンはこれを映画化するため1992年に渡米していました。

ウィキペディアの該当ページによると、資金面での都合がつかずに『フィフス・エレメント』の企画は一旦棚上げとなり、ベッソンは低予算で製作可能な別の企画を立ち上げ、その収益を『フィフス・エレメント』の莫大な製作費の一部に充てるつもりでおり、そこで2日で書き上げられたのが『レオン』の脚本だったということです。

他方、両作のプロデューサーであるパトリス・ルドゥーによると、『フィフス・エレメント』の製作は主演のブルース・ウィリスのスケジュール待ちで延期となったが、せっかく集めたスタッフを解散させるのは勿体ないのでつなぎの仕事を与えることにした。そこで製作されたのが『レオン』であり、僅か30日で脚本を執筆し、撮影には90日しかかけられなかったとのことです。

『フィフス・エレメント』が延期になった理由や脚本の執筆期間に相違はあるのですが、2つの話に共通しているのはリュック・ベッソンが作ろうとしていたのは『フィフス・エレメント』だったこと、その『フィフス・エレメント』の製作が中断されたこと、つなぎのため小規模・短期間で『レオン』を製作したということです。

『ニキータ』(1990年)の掃除人がレオンのモチーフ

レオンのキャラクターはベッソンの前作『ニキータ』(1990年)に登場した掃除人がモチーフになっています。マチルダとトニーが共にレオンを「掃除人」と呼んでいることからも、両作の関係性はかなり明示的です。

実は本作の脚本は撮影前から評判が良く、メル・ギブソンとキアヌ・リーブスが関心を示し、ロバート・デ・ニーロを出演させるという案もあったらしいのですが、ベッソンは『ニキータ』で掃除人を演じたジャン・レノ以外のキャスティングが考えられなかったほど、両作の関係性は強固なものだったようです。

感想

※感想は劇場版を前提としています。完全版は当該項目でレビューします。

リュック・ベッソンのアクション演出炸裂

現在のリュック・ベッソンと言えばヨーロッパ・コープを率いるB級アクション番長ですが、1980年代から1990年代にかけてはむしろお上品な観客から支持されるお上品な監督さんでした。

そんなベッソンが鮮やかなアクション演出を披露したのが本作でした。レオンが登場する冒頭のジョブは必見であり、マフィアのボディガードを一人ずつ音もなく倒しながら標的に接近する場面のアクション演出はもうキレッキレ。彼がとんでもない殺し屋であることが、この場面だけで伝わってきます。

さらに嬉しいのが、クライマックスに冒頭以上の素晴らしい見せ場が準備されているということです。レオン一人で完全武装の警官隊200名を相手にするというランボーどころの話ではない大掛かりな見せ場があるのですが、この無茶苦茶な見せ場を荒唐無稽にし過ぎることもなく、ある程度の説得力を持って見せたベッソンの手腕には特筆すべきものがありました。

レオンは確実な射撃の腕前、忍者のようなしなやかな動き、その場の設備を知り尽くした地の利を活かして敵を撹乱し、200名を相手に渡り合ってみせます。この見せ場の作り込みがとにかく素晴らしいことになっていて、アクション映画として大変満足できました。

シチュエーションが論理的に考え上げられている

話を冒頭に戻します。ジョブをやり遂げたレオンは地下鉄に乗って帰り、家の近所の雑貨屋で牛乳を買います。殺しをやっている時以外は平凡に徹し、都会の雑踏に紛れて生きているというわけです。

同じアパートのマチルダと軽くコミュニケーションを取った際に、彼女の顔に虐待の痕と思われる傷を見つけてちょっとは気にするものの、深く詮索したり、何とかしてやろうとはしません。何があろうと他人と関わるべきではないからです。

そこまで気配を消すことに徹してきたレオンが、なぜマチルダを保護するになったのか。このシチュエーションが論理的に考え尽くされていて、以降の物語に余計な疑問を持たずに済みました。

DEA捜査官に父ジョセフの娘だと知られれば殺されるという絶体絶命の危機が降りかかり、マチルダは咄嗟の機転で自宅をスルーしてレオンの部屋のチャイムを押します。もしここで扉を開けなければマチルダは殺されるというギリギリの状況があって、レオンは扉を開けざるを得ないところにまで追い込まれるのです。良心とかマチルダへの愛着みたいな生温いレベルではなく、誰だってこの立場に置かれれば扉を開けるだろというシチュエーションを作り上げているのです。これは実によく出来ています。

レオンとマチルダの関係性が素晴らしい

レオンはマチルダを家に入れてしまったので、当然殺し屋稼業も知られてしまいます。もしマチルダが大人であれば口封じに殺しているところなのですが、子供相手では殺すこともできない。レオンは仕方なくマチルダを連れ歩くことにします。

愛情とか愛着ではなく「相手が子供じゃ仕方ないか」みたいな感情で二人の関係性がスタートしたが、重荷を背負ってこなかったレオンにとってこれが致命傷になった。こうした二人の関係性が実によく出来ており、破滅しか待っていないであろう物語に感情移入しながら見ることができました。

かと言ってマチルダは疫病神ではなく、レオンに生きる意味を与えた存在でもありました。注目すべきはトニーの店の片隅にいつも座っている老人であり、彼は恐らくレオンの将来の姿です。都会の雑踏に紛れ、弱みに繋がる人間関係を持たずに生きてきた殺し屋の末路が、行く当てもなくトニーの店で面倒を見られているあの老人なのでしょう。

ああなることが本当に生きたと言えるのか。誰かとの関係性の中で生きてこそ人間であり、それが恋人でも友人でも家族でも、この人のためなら死んでもいいと思えるほどの相手と過ごす時間こそが人生じゃないのか。マチルダを受け入れたレオンは決して不幸ではなかったというメッセージを本作は確実に残せています。

完全版について

劇場版との違い

劇場版は111分だったのに対して、完全版は133分と22分も長くなっています。復活したフッテージは以下の通りであり、レオンとマチルダの関係性を示す描写が大幅に増加し、またマチルダが殺しの実習を受けていたことも明らかとなりました。

  • レオンとマチルダがホテルに入る場面で、歳を聞かれたマチルダが18歳と答える
  • マチルダがレオンに家族の敵討ちを断られた際に、自分の顔に銃を突き付けて「私が欲しいのは愛か死よ」と泣き叫ぶ。
  • レオンがトニーにマチルダを紹介する。
  • レオンはマチルダを殺しの現場に連れていき、「一発目で動きを止め、二発目で殺せ」と殺しの方法を伝授する。
  • マチルダの初仕事をシャンパンでお祝いし、マチルダがレオンにキスをする。
  • 二回目の仕事では手りゅう弾を炸裂させるリング・トリックを披露する。
  • 一人で仕事へ出たレオンの気持ちを理解できないマチルダが一人悩む。
  • 上記の仕事の後でレオンから穴埋めとしてプレゼントされた赤いドレスをマチルダが着て、レオンに初体験を迫る。
  • レオンは19歳当時の初仕事での苦い経験を告白する。

完全版は野暮で蛇足

ベッソンが最初に完成させていたのは133分の完全版だったのですが、一般観客向けの試写をしたところレオンとマチルダの関係性を示す描写が不評だったために、ベッソンと製作のパトリス・ルドゥーは当該場面をカットして、111分の劇場版を作りました。

劇場版ポスターのメインビジュアルにも使われていたレオンがマチルダを抱いて守る場面は完全版で陽の目を見たフッテージの一部だし、クライマックスでレオンがスタンフィールドに手りゅう弾のピンを渡すという通称リング・トリックも、完全版ではその伏線となる場面が復活しています。赤いドレスにまつわるくだりは劇場版では浮いていたのですが、完全版で前後の話が追加されて、あのドレスの意味が分かるようになりました。また、劇場版ではトニーとマチルダが知り合う場面がなかったにも関わらず終盤でトニーがマチルダを認識しているという不自然な流れがあったのですが、完全版ではこれが解消されています。

これらのことから考えるに劇場版は不完全版とも言えるバージョンではあるのですが、両バージョンを見比べると完全版は詳細に描きすぎであり、これを拒絶した試写の観客達の反応の方がベッソンの判断よりも正しかったと思います。

レオンとマチルダの関係性は男女の恋愛関係とも、疑似的な家族関係とも、師弟関係とも捉えられる絶妙な解釈の幅が劇場公開版にはありました。劇場版にもマチルダがレオンに愛を告白する場面が一か所だけあったのですが、そもそも彼女には小悪魔的な部分があって、相手からの関心を惹き続けることが無意識のレベルでの彼女の生存戦略のようでもあって、そんな中での告白だったので本心からの恋心かどうかは怪しく、レオンはこれを真に受けたりはしませんでした。その点、完全版の明示的な場面によって二人は恋愛関係にあるとはっきりと規定されてしまい、観客が能動的に物語を解釈するという楽しみが失われてしまいました。

また、完全版では観客が倫理的な呵責を抱くこととなります。中年オヤジと12歳の少女の恋愛関係なんてちょっと見ていられないという人は多いのではないでしょうか。

レオンがマチルダを殺しの現場に連れていくことも同じくです。劇場版のレオンはほっとくと無茶をしかねないマチルダをなだめるため銃器の扱いくらいは教えるが、血生臭い現場は見せないという配慮をしていたのに、実は本格的に殺しの訓練をしていたとなると話の受け取り方が相当変わってきます。

完全版は全体的に明示的すぎて野暮な話になっているし、情報を足すことで逆に物語の幅が狭まってしまうという悪い効果も与えています。これらの情報はない方がマシでした。

現在の日本で見られるのは完全版のみ

しかし、現在日本で入手できるのは野暮で蛇足な完全版のみという困ったことになっています。日本で劇場版がソフト化されたのは2005年の「リュック・ベッソン監督作品集 DVD-BOX」が最後であり、遠の昔に廃盤状態なのです。

その理由ははっきりとは分からないのですが、ソニーが権利を持つ北米では劇場版がリリースされ、パラマウントが権利を持つ日本や欧州では完全版がリリースされているという状況から察するに権利関係のややこしい話があって、メーカーが別バージョンを出したくても出せない事情が存在しているようです。

幸いなことに私は劇場版DVDも持っているのですが、4KだのUHDだの言ってる時代に片面一層のDVDの画質はとてもしんどいことになっており、繰り返し見たくなる品質ではありません。メーカーさんには頑張っていただいて、最新メディアでの劇場版のリリースをお願いしたいところです。