【良作】ランボー ラスト・ブラッド_熱く激しい怒りの物語(ネタバレあり・感想・解説)

軍隊・エージェント

(2019年 アメリカ)
シンプルで力強い物語とブルータルな見せ場が融合した見事なアクション映画でした。物語はテンプレ通りに盛り上がっていき、クライマックスの戦闘で大爆発する。最高でした。

あらすじ

前作ラストでアリゾナの実家に戻ったランボーは、牧場を営みながら古くからの友人マリアと、その孫ガブリエラと平穏な暮らしを送っていた。大学進学を控えたカブリエラは、メキシコの友人から実の父親の生存を伝えられる。ランボーの反対を振り切ってガブリエラはメキシコへと足を踏み入れ、人身売買組織に誘拐されてしまう。

スタッフ・キャスト

監督は『キック・オーバー』のエイドリアン・グランバーグ

1975年生まれ。『トラフィック』(2000年)、『コラテラル・ダメージ』(2002年)、『アポカリプト』(2006年)、『復讐捜査線』(2010年)などの大作でアシスタント・ディレクターを務め、後者2作で関係の深かったメル・ギブソン主演のクライムアクション『キック・オーバー』(2012年)で監督デビューしました。

その他、Netflixの人気シリーズ『ナルコス』『ナルコス:メキシコ編』でもセカンドユニットの監督を務めており、ラテンアメリカを舞台にした作品に強い様子です。

ナルコス(シーズン1)_麻薬戦争は文字通り戦争だった!【8点/10点満点中】
ナルコス:メキシコ編(シーズン1)_熱量が足らない【6点/10点満点中】

脚本はスタローンとマシュー・シラルニック

スタローンは『ロッキー』(1976年)でアカデミー賞ノミネート経験も持つ名脚本家でもあり、第一作『ランボー』(1982年)以来、本シリーズ全作に脚本家としても関わり続けています。

今回のオリジナルを書いたのはマシュー・シラルニックという人で、テレビドラマ『アブセンシア〜FBIの疑心〜』(2017年~)のクリエイターとして評価された人物です。『アブセンシア』はAmazonプライムにて視聴可能なので、興味があればどうぞ。

シラルニックの脚本は大規模な見せ場が連続するアクション大作だったようなのですが、キャラクターと物語に集中すべきと判断したスタローンによって、見せ場は縮小されたとのことです。

主演は僕らのシルヴェスター・スタローン

1946年ニューヨーク出身。1970年に俳優としてデビューするもパッとせず、ロジャー・コーマン製作の『デス・レース2000年』(1975年)でのマシンガン・ジョー役でようやく二番手の役を掴み取り、自ら脚本を書いた『ロッキー』(1976年)でブレイクしました。

『ロッキー』『ランボー』のシリーズ化で80年代には世界一のマネーメイキングスターとなりましたが、90年代に入ると同業者アーノルド・シュワルツェネッガーの猛烈な追い上げもあって低迷。

しかし『ロッキー・ザ・ファイナル』(2006年)と『ランボー最後の戦場』(2008年)の好評を受けて映画人としての評価を確立し、『エクスペンダブルズ』シリーズで完全復帰を果たしました。

作品概要

紆余曲折の第5弾

1982年に始まったランボーシリーズは、年間興行成績第2位という猛烈な大ヒットを記録した『ランボー/怒りの脱出』(1985年)で頂点を極め、悪者にしたソ連軍が公開直前にアフガンから撤退し非常にバツの悪い形で公開された『ランボー3/怒りのアフガン』(1988年)で地に堕ち、ブルータルなアクションが好評を博した『ランボー/最後の戦場』(2008年)で息を吹き返しました。

前作『ランボー/最後の戦場』(2008年)が公開中の時点から、スタローンは作品がヒットすれば続編を製作すると公言しており、同作が全世界にて1億ドルを越える興行成績を記録したことから、2008年には企画がスタートしました。

最初はランボーの故郷アリゾナを舞台にした物語として構築していたのですが、なかなかうまくいかずに断念。この時の脚本はジェイソン・ステイサム主演の『バトルフロント』(2013年)になりました。

その他、北極圏にてランボーが特殊部隊を率いて異星人と戦うというスタローン版プレデターみたいな話も検討されていたのですが、うまくまとまらず2010年にスタローンが製作中止を発表しました。

2011年には『コナン・ザ・バーバリアン』(2011年)のショーン・フッドによって『ランボー/ラスト・スタンド』と名付けられた脚本が書かれました。小さな町を舞台に、覚せい剤を売買する軍隊とランボーが死闘を繰り広げる話だったのですが、結局ボツに。

その後、2000年代半ばに『ザ・ハリケーン』(1999年)のダン・ゴードンが執筆して製作開始寸前にまでいったものの、土壇場のところでミャンマーを舞台にした『ランボー/最後の戦場』(2008年)に置き替えられた『ランボー4/ボーダーライン』の脚本が流用されることになりました。

十数年前に書かれたこの脚本をマシュー・シラルニックがブラッシュアップし、スタローンによる書き直しを経て『ランボー/ラスト・ブラッド』の脚本が完成したのでした。

感想

スタローンの浪花節炸裂

1970年代よりスタローンの映画は湿っぽくて通俗的で、私は浪花節だなと思って見てきたのですが、本作でもその傾向は継続しています。というか、より強固なものとなっています。

小さくても幸せな生活があって、それを悪者によって壊されて、怒ったランボーが仕返しをする。メキシコ人が犯罪に走らざるを得ない事情や、国境の街の複雑な事情といった社会的な考察は一切なく、今時珍しいほどの勧善懲悪の物語となっています。

この古風な物語に私は完全にハマりました。ネタバレも何も言いようがないほど物語はレンプレ通りで、予想から1mmもブレることなく進んでいくのですが、王道ならではの安定感や力強さというものがあって、実に面白いのです。

物語の序盤、ランボー(シルヴェスター・スタローン)が我が子のように大事に育ててきたガブリエラ(イヴェット・モンリール)がメキシコの実父に会いに行きたいと言い出します。

行けば絶対にえらい目に遭うことが分かっているので、観客は「行くな!」と思うわけです。この時の不穏な空気や、ガブリエラの身を案ずるランボーと観客の一体感などは、実によく計算されています。

そこから憎たらしい悪党が現れ、ガブリエラがとんでもなく酷い目に遭わされ、怒ったランボーが血の雨を降らせることとなるのですが、徹底的に観客にストレスを与えた後の大反撃という流れも定番ながらしっかりと出来上がっています。

捻りも、難しい考証もないものの、映画として基本的なことが非常によく出来ているなと感心しました。

殺人マシーンに戻るランボー

ここ10年のランボーは先祖代々の牧場を守り、ガブリエラを大事に育て、ベトナム仕込みのトラッキング技術を災害救助に役立てるという、世のため人のための道を見つけて生きていました。

しかしメキシコの人身売買組織に大事なガブリエラを奪われたことから、殺人マシーンへと戻っていきます。

人身売買組織を切り盛りするメキシコ人兄弟のうち、まず弟の方を惨殺。あの夜のうちに兄の方も暗殺しておけばそこで終われたはずなのですが、あえて兄には手を出さず、弟の死体に挑戦状をぶっ刺して一旦退散するわけです。

ここで分かるのは、もはやランボーの目的な復讐ではないということです。復讐はギャングの弟を殺した時点で終わっています。怒りと同時にランボーの中に存在しているのは戦争をしたいという願望であり、あえて兄の方をけしかけ、自分のフィールドに呼び寄せているのです。

ガブリエラという生きがいを失ったから、かつての生きがいであった戦争をおっ始めようとするランボー。ここに「一人だけの軍隊」という第一作のテーマが再浮上するように出来ています。この辺りの構成は実に興味深く感じました。

燃えるアクション

それまで情緒的だった映画は、ここから急激に熱くなっていきます。

ブライアン・タイラーのBGMがガンガンに鳴り始め、自宅の牧場を要塞に改造するランボーと、戦闘部隊を引き連れてアメリカ国内にやってくるメキシコの犯罪組織が交互に映し出されます。

ランボーの自宅にはマシンガンが何挺もあるのですが、あえてそれらは使わず、狩猟用の二連銃とナイフで武装します。マシンガンで効率よく敵を片付けるつもりはない、一人一人苦痛を与えながら殺してやるという決意の表れのような武装でした。

牧場に溝を掘り、ガソリンを流し込んで作ったファイヤーウォールにしても、普通ああいうものは外敵を本丸に入れないために用いるものなのですが、今回のランボーは敷地内に入った敵を外に出さないために使っています。もう殺す気まんまんという。

そしてついにまみえたランボーと犯罪組織は、過剰なまでの血が飛び散る地獄の戦闘を開始します。戦闘というか、ランボーによる一方的な殺戮なのですが。

これまで悪事の限りを尽くしてきた犯罪組織が面白いように殺されていくことの高揚感。不謹慎ながら、観客は目の前の地獄絵図に興奮を覚えます。クライマックスのアクションは予想を超えるほどの迫力と興奮に満ちているので必見なのです。

クライマックスの意味

戦闘を負え、その過程で何発か被弾したランボーは、家のポーチのロッキングチェアに腰掛けます。チェアに全体重を預けてしばらくぐったりとするランボーですが、次の瞬間、馬に乗って駆けだします。

ロッキングチェアに座った時点では、恐らくランボーはそのまま死ぬつもりだったのでしょう。生きがいだった疑似家族を失い、その弔い合戦も終わった。もはや自分には何も残っていないので、ここが散り際だなと。

しかしランボーは考えを変えます。何も残っていないのはその通りだが、それでも生きるのだと。馬で駆け出すラストは、彼が生きる道を選択したことを示しています。

これは『ランボー』第一作と整合するラストです。アメリカに帰国しても職も友人も行き場もなかったランボーは、警官隊相手の戦闘で死のうとしていたのですが、最後は投降を選びました。

ランボーにとっての生とは、もしかしたら死よりも重く苦しいものなのかもしれません。それでも生と向き合うのであるということが、シリーズを通したランボーの一貫した姿勢なのです。

そんなシリーズの流れを踏襲した本作のラストも素晴らしいと感じました。

ランボーのキャラが変わりすぎ問題

と、アクション映画としては大満足だったのですが、一点だけ気になったのがランボーの人格が前作までとまったく繋がっていないということでした。

序盤からべらべらとよく喋り、普通に笑顔も見せる。これはもうランボーじゃないよなと。第一作の原作者のデヴィッド・マレルも本作には批判的だったようなのですが、確かにその気持ちは分からんでもないです。

ランボーが疑似家族を持ち、普通の人間のように生きているのはやはり違うと思います。孤独な部分、人を寄せ付けない部分があってこそのランボーなのです。

例えばガブリエラは近所の少女で、ランボーは影ながらその成長を見守ってきたが、犯罪組織に危害を加えられたので立ち上がったという『レオン』(1994年)や『アジョシ』(2010年)みたいな話の方がしっくりきます。

久しぶりの映画館だった件

作品評ではなくて申し訳ないのですが、備忘的に社会風潮についても書いておきます。

新型コロナウィルスの流行で映画館を開けられない、新作が公開されないという中で、今回が久しぶりの映画館でした。振り返ると最後に映画館に行ったのは2020年3月17日だったので、実に3か月ぶりの映画館ということになります。

やっぱりスクリーンで映画を見るという体験は良いものです。動画配信の隆盛で映画館などのリアルのサービスがヤバイなどと言われていましたが、こうして体験できなくなると、リアルの施設の有難みが分かるようになるものです。

あと今だけのことですが、座席が一つ空けだったので隣の席の人とのひじ掛けの取り合いが生じることがなく実に居心地が良かったです。映画館の経営は心配ですが。

これは今だけの特典なので、ぜひこの快適さを満喫すべきだと思います。デートには不向きですが。

≪ランボーシリーズ≫
ランボー【傑作】ソリッドなアクションと社会派ドラマのハイブリッド
ランボー/怒りの脱出【駄作】アクションとテーマが打ち消し合っている
ランボー3/怒りのアフガン【良作】見ごたえあるアクション大作
ランボー ラスト・ブラッド【良作】熱く激しい怒りの物語