【良作】ローリング・サンダー_死に場所を求める帰還兵(ネタバレあり・感想・解説)

軍隊・エージェント

(1977年 アメリカ)
ご存知バイオレンスの名作。全体に漂うざらついた雰囲気、内面の空虚さを表現した素晴らしい演技、レーティング無視の激しいバイオレンスと、全編に渡って”良いもの”で溢れています。

作品解説

『タクシードライバー』のポール・シュレイダー脚本

本作の脚本を書いたのはポール・シュレイダー。人間の内面をえぐるような作風で有名な脚本家であり、『タクシードライバー』(1976年)がその代表作です。

ただし後述の通り完成作品は別の脚本家による大幅な書き換えを受けており、その変更にシュレイダーはかなりご立腹のご様子です。

インディーズ→大手→インディーズ

この脚本はインディーズスタジオAIP(アメリカン・インターナショナル・ピクチャーズ)のために書かれたものであり、AIP時代の企画ではポール・シュレイダー自身が監督する予定となっていました。

しかしシュレイダーではプロジェクトをうまくコントロールできなかったのかAIPでの企画は進展せず、その後企画はプロデューサーのローレンス・ゴードンによって20世紀フォックスへと持ち込まれました。

彼は後に20世紀フォックス社長に就任して『プレデター』(1987年)『ダイ・ハード』(1988年)を手掛けることとなる大物です。

フォックスでは『ブラジルから来た少年』(1978年)のヘイウッド・ゴールドによる全面的な脚本の書き換えが行われ、ロバート・ワイズやJ・リー・トンプソンといった大物監督の下で助監督を務めてきたジョン・フリンが監督に就任しました。

資金力のあるスタジオと実務能力の高いメンバーが揃ったためかスムーズに撮影までを終え、1977年のフォックスの上映ラインナップにも加えられたのですが、一般客を対象にしたスニークプレビューにおいて暴力描写への激しい拒否反応が起こったことから、フォックスの態度は一変しました。

フォックスはゴア描写をカットせよと主張するものの、ゴードンはこれを拒否。結果フォックスは本作の配給を中止し、映画はAIPに売却されました。

興行的成功と後年のカルト化

1977年10月にAIPによって公開された本作は、批評家からの好評を受けました。有名な映画評論家のジーン・シスケルは、その年のトップ10に本作を入れています。

興行的にも成功し、500万ドルの製作費ながら推定収益は1億3000万ドルにのぼりました。

また熱心なファンを獲得して後にカルト化。タランティーノはお気に入りの映画として本作の名を挙げ、彼が設立した配給会社は「ローリング・サンダー・ピクチャーズ」と名付けられました。

感想

居場所を失ったベトナム帰還兵

本作の主人公はアメリカ空軍レーン少佐(ウィリアム・ディヴェイン)。

ベトナム戦争に従軍したレーンは部下のジョニー伍長(トミー・リー・ジョーンズ)と共にハノイで捕虜にされ、7年間に渡って厳しい拷問を受けた後に救出されました。

故郷の田舎町は地元の英雄の帰還にお祭り騒ぎなのですが、当のレーンはまったく気分が乗りません。

7年ぶりのマイホームでは出征時に1歳だった息子がすっかり大きくなっているのですが、レーンはそれが自分の子だという実感を持てず、息子もまたレーンに懐きません。

妻はレーンが死んだものと思って随分前に地元警察官と再婚していたのですが、思いがけず夫が帰還したことで人生設計のやり直しを余儀なくされたことの焦りや、結果的に裏切ってしまった夫に対するバツの悪さみたいなものが滲み出ています。

相手の警察官も良い奴で、状況的にも仕方がなかっただけにレーンは妻と再婚相手を責める気持ちにもなれず、ただただ居心地の悪さを感じる日々。そもそも妻に対する愛情や嫉妬心、家庭に対する愛着なるものがレーンに残っているのかどうかも不明なのですが。

すっかり変わってしまった周辺環境と、7年間の極限状態ですり減った精神。レーンは故郷にもマイホームにも安堵感を覚えることができず、空虚な毎日を送るのでした。

レーンを演じるウィリアム・ディヴェインの空っぽさは抜群でした。レーンは寡黙なのではなく、平穏な日常から何も感じるものがなくなってしまったという状態なのだろうと思うのですが、ディヴェインはセリフを用いず仕草や表情のみで見事にその境地を表現しています。

復讐劇のようで復讐劇ではない

そこに現れるのがメキシコ人強盗団。

彼らの目当ては町からレーンに贈られた銀貨の束であり、その総額は2,555ドル。高価ではあるが命を張れるほど高くもないので強盗団もすぐに引き渡されると踏んでいたのでしょうが、レーンは頑として銀貨の隠し場所を教えません。

この時のレーンは久しぶりに訪れた暴力に興奮し、生き返ったような心地がしていたのかもしれません。もはや金の問題ではなく、とことん耐え抜くことで生の実感を取り戻していたのか。

そして今の生活に未練はなく今後の人生に明るい展望も抱けないので、この場で殺してくれても全然かまわないぜ!というやけっぱち状態でもあったのかなと。

しかし誤算だったのが、強盗団のボルテージが最高潮に達したところで妻子が帰宅したことであり、あえなく二人は射殺されます。

深手を負いつつも一人だけ生き残ったレーンは、体の回復を待ってから強盗団を探し始めます。表面上は妻子の復讐のようなのですが、私にはそうは見えませんでした。

家庭においてレーンは異物のような存在であり、妻子との間の精神的な交流はありませんでした。実際、彼らを殺されてもレーンは何らの感情を表現することもなく、彼にとっての妻子の死とは赤の他人のそれとさほど変わらなかったのではないかと思います。

ではなぜ強盗団を追うのかというと、ただ死に場所が欲しかったからではないでしょうか。家族の復讐という大義名分がある上に、平気で人を殺すヤバイ奴らなので相手としては丁度いいと。世に悪党は大勢いますが、人殺しとなるとかなり限られてきますからね。

そしてこれが復讐劇ではないことを裏付けるのがジョニー伍長(トミー・リー・ジョーンズ)の存在です。

ジョニーはクライマックスの討ち入りに参加するのですが、赤の他人であるレーンの家族のために彼が命を張る理由がありません。にも関わらずレーンが誘いに来た時、彼はものすごくうれしそうな顔をします。もはやこれは復讐ではなく、戦闘自体が目的であることの証左ではないでしょうか。

また一暴れできる!こんなつまらない日常生活が続くくらいなら戦って死んだ方がマシだぜ!

二人の心境はこんな感じだったと推測されます。

そこにあるのは滅びの美学であり、仁侠映画を見ているような気分になりました。そういえばポール・シュレイダーは高倉健主演の『ザ・ヤクザ』の脚本で世に出た映画人でしたね。

壮絶なバイオレンス

ジョン・フリン監督は、個人的にスティーヴン・セガールの最高傑作だと思っている『アウト・フォー・ジャスティス』(1991年)や、囚人スタローンが忍従の末に憎き警察署長に復讐する『ロックアップ』(1989年)など、ガサツなバイオレンスを得意としています。

その手腕はクライマックスの討ち入りで炸裂。バイオレンスは壮絶の一言でした。

敵の拠点は売春宿で、銃撃が始まると全裸で逃げ出す売春婦達。血と肉体というものが如実に表現された舞台はバイオレンスの後景として効果的であり、生々しい命の応酬戦には大変な見応えがありました。

そこに主人公特権なるものは存在せず、敵も味方も銃弾が当たれば等しく死亡という緊張感があって、放たれる一発一発の銃弾に重みがあります。

不意打ちを決めた当初は主人公側が優勢だが、徐々に多勢に無勢で押し返されていくという戦況の作り方もよく出来ていました。

やっぱりジョン・フリンの映画は好きですね。バイオレンスが分かってらっしゃる。

低画質が良く似合う作風

バイオレンスの名作として名高い作品なのでデジタルリマスター版Blu-rayなどもリリースされているのですが、今回私は1986年にリリースされたレーザーディスクで鑑賞しました。

ベストロンビデオのロゴが懐かしい限りで、ガビガビの低画質にも味がありました。この映画はピカピカの高画質ではなく、汚ったない画面で見てこそ風情が味わえます。

加えて、35年も前の古いソフトなので今では使っちゃいけない言葉が字幕に出てきたりして、その点でも盛り上がりました。