(2010年 アメリカ)
アンジェリーナ・ジョリーのスパイアクション。意表を突く展開が連続する前半部分は文句なしに面白いのだが、後半に向けて説明不足だらけとなり、ドンデンへの納得感がどんどん薄くなっていく。
ブラックリスト入りした名脚本
本作のオリジナル脚本を書いたのはリメイク版『トータル・リコール』(2012年)や『エクスペンダブルズ/ニューブラッド』(2023年)のカート・ウィマー。
クリスチャン・ベール主演のSFアクション『リベリオン』(2002年)に続いて執筆したのだが、これがハリウッド界隈で話題となり、2007年には未製作の優秀な脚本「ブラックリスト」入りを果たしてコロンビアピクチャーズに買い取られた。
この時点で主人公はエドウィン・A・ソルトという男性であり、トム・クルーズが主演する予定だったが、イーサン・ハントに似すぎていたことからトム・クルーズは降板した。代わりにトムが主演したのはキャメロン・ディアス共演の『ナイト&デイ』(2010年)だった。
その後、コロンビアの重役エイミー・パスカルよりアンジェリーナ・ジョリーを主演にしてはどうかとの提案がなされた。パスカルは『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)を製作する際にボンドガール役でアンジーに声掛けしたのだが、むしろボンド役に興味があるという回答を得ていたことから、本作への推薦となった。
『L.A.コンフィデンシャル』(1997年)でアカデミー脚色賞を受賞したブライアン・ヘルゲランドが主人公を女性イブリン・ソルトに変えたバージョンの脚本を執筆し、またジョリーの提案を聞き入れつつ全体を書き直した。
大きく変わったのは第3幕で、当初脚本では悪の組織に捕らえられた妻子を主人公が救いに行く内容だったが、ホワイトハウスで核のスイッチが奪取されるというよりスケールの大きな話に変更となった。
前半最高、後半は説明不足
本作は公開時に映画館で鑑賞し、二転三転する展開と矢継ぎ早に繰り出されるアクションには、それなりに満足した記憶がある。
ただしそれ以上残るものもなかったことから、10年以上も見返すことはなかったのだが、なぜだかうちの棚には本作のBlu-rayがあるので(恒例、謎のBlu-rayコレクション)、時間が空いたタイミングでの再鑑賞となった。
で、ホームメディアで見ると思ってたほど面白くない。
「こんなだったっけ?」と自分の記憶を疑ったほどで、元は良作だと認識していたのだが、ありふれた凡作止まりだろうと評価を改めた。
主人公はCIA工作員イブリン・ソルト(アンジェリーナ・ジョリー)。
2年前には北朝鮮に拘束されて拷問を受けるなど酷い目にも遭ったソルトだが、現在では第一線を退いてワシントンD.C.でのデスクワークに勤しみ、昆虫学者である夫マイクとの小さくも幸せな生活を謳歌していた。
そんなある日、オルロフというロシアからの亡命者がCIAに出頭してきて、ロシア潜入工作員による要人暗殺作戦が近く実行に移されるとの情報がもたらされる。
事情聴取を担当したソルトは「またまた~」といって半笑いで対応するのだが、「その工作員とはお前だ!イブリン・ソルト!」とオルロフに名指しされたことで事態は一変。
二重スパイ疑惑をかけられたソルトは、連絡の取れない夫マイクの安否を確かめるべくCIAを脱出し、そのまま追われる身となる。
これが第一幕であり、主人公が身の潔白を証明するありふれたアクション・スリラーを連想するところ、実際には見る側の予測をどんどん裏切ってくるのが本作の面白いところ。
オルロフの言う通りソルトはロシアの潜入工作員であり、訪米中のロシア大統領暗殺作戦を実行に移す。
先ほどは「凡作止まり」と書いたが、ここまでは抜群に面白い。意表を突く展開にキレッキレのアクションと、実に充実しているのだ。
ただし第2幕以降で作品は失速する。説明不足すぎて疑問符の嵐となるのだ。
暗殺を成功させた上に、警察の手からも逃れたソルトは、潜入工作員の隠れ家に合流する。
そこにいたのはオルロフで、彼はソルトの訓練教官だったことが分かる。
お互いに知った仲ならば個人的にソルトに接触すればいいものを、わざわざCIAに出頭してソルトにミッションを伝えた理由は何だったんだろう。
隠れ家には他の潜入工作員もいて、ソルトの戦果をみんなで祝福するのだが、直後、捕らえておいた夫マイクを殺されたことからソルトは激怒。その場にいた工作員たちを皆殺しにする。
まぁそんなことすれば怒るに決まってるわけで、こいつら阿呆なんちゃうと思ったと同時に、ソルトの翻意も急すぎるなぁと思ったりで。
彼女は幼少期から洗脳を受けており、それはアメリカで数十年生活しても、北朝鮮で酷い拷問を受けても解けないほど強力なものだったのに、夫を殺された瞬間に切り替えが効くのはさすがに早すぎるなんじゃないか。
そしてソルトは核のスイッチを奪うという第二派攻撃の阻止に走るんだけど、彼女がここまで頑張る理由はもっとわからない。
夫の弔い合戦が彼女の動機であるとするならば、手を下した隠れ家の奴らを全滅させた時点で目的は達成されている。
残された潜入工作員たちが何をしようとソルトには直接関係のない話で、そのままどこかへ逃亡してしまえばいいのに、なぜ彼女は昔の仲間たちへの干渉をやめないのか。
脚本改訂がまずかったか
一応映画をフォローすると、最後まで見ると、これらの疑問への回答はちゃんと準備されている。
暗殺されたはずのロシア大統領は、蜘蛛の毒で仮死状態にされていただけで実は生きていた。
そんなご都合主義の塊みたいな毒なんてあるのか?殺された大統領の検死はめちゃくちゃ入念だろってツッコミはいったん飲み込んで、まぁそういうことだとする。
となるとソルトの洗脳はかなり前に解けており(おそらくは北朝鮮の拷問+マイクの献身コンボの際)、そもそも彼女は仲間を裏切るつもりでいたのだろうけど、誰が潜入なんだか工作員同士でも知らされていなかったので、忠実なフリをして面を剥がす必要があったというわけ。
おそらく彼女の計算外だったのはマイクを殺されたことで、ここで「マイクの安全を確保しつつ脱出」から「全員ぶっ殺す」に切り替わったと思われる。
脚本レベルにまで紐解いていけば「そういうことか」と理解はできるんだけど、アクション映画を見ている観客が感じ取れるレベルでの提示ではなかったかな。
観客が視線を重ね合わせるべき主人公の行動原理が途中からまったくの謎で、一見すると不可解な行動を繰り返すというのは、アクション映画としては致命傷ではないだろうか。
彼女を追うキウェテル・イジョフォーを主人公にすれば、あるいはスッキリしたのかもしれないが、追いかけていた容疑者が実は善玉だったというアクションスリラーはありふれているので(ネタバレになるので具体名は自粛)、これだと企画が埋没してしまう。主人公をソルトにすることがこの脚本のキモだったのだろう。
アクションの連続で観客の目を釘付けにしつつ、何となく引っかかっていた些細な違和感が、最後のネタ明かしで一気に氷解するという、割と繊細な作りの映画だったのかもしれない。
編集にスチュアート・ベアードとジョン・ギルロイというその筋の大物2名が召喚されていることからも、プロダクションにおける力点がどこにあったのかが何となく窺い知れる。
スチュアート・ベアードは『リーサル・ウェポン』(1987年)や『ダイ・ハード2』(1990年)などを手掛けて80-90年代にかけて編集の神と呼ばれた人物であり、またジョン・ギルロイは『パシフィック・リム』(2013年)や『ナイトクローラー』(2015年)を手掛けた当時気鋭の編集者。
編集界の新旧名手が揃ったことで、確かに流れるようなアクション映画にはなっているが、主人公の行動原理がよく分からないことへの目くらましは不十分かな。作り手の意図した通りの仕上がりにはなっていないだろう。
あとアメリカ政府は潜入工作員に上がり込まれすぎじゃない?
大統領に直接接触できるポジションに複数人の潜入工作員がいるとか、ロシアが悪いというよりアメリカ政府の身元チェックがユルすぎるだけとしか言いようがない。
そして外国の官公庁の上位クラスに出世できる人材を多数輩出するノーハウをロシア諜報部が持っているのならば、こいつらを潜入工作員として浪費せず、ロシア軍や諜報機関のエリートとして育成すれば有意義じゃないかと思ったりで。
先述の通り、第三幕は大幅に書き換えられたのだが、それによって諸々の歪みが生じたのかもしれない。ブラックリスト入りしたカート・ウィマーのオリジナル脚本のままの方が良かったんじゃないだろうか。
製作されなかった続編
映画は、ソルトがいまだ潜伏中の工作員狩りに出るという、続編を作る気満々の終わり方をする。
本作が全世界で3億ドル近くを売り上げるヒットになったことから、上映終了後さっそくコロンビアは続編の製作にとりかかったのだが、カート・ウィマーが書いた脚本はアンジェリーナ・ジョリーによってボツにされ、その後は『セブン・イヤーズ・イン・チベット』(1997年)のベッキー・ジョンストンが雇われたという報道もあったが、以降の進展はない。
どうやらこの企画は完全に終わったらしい。
ソルトのキャラはこれ以上掘り下げようもないので、続編を作らなくて正解だったと思う。
なお『セブン・イヤーズ・イン・チベット』は当時のアンジーのパートナーだったブラッド・ピットが若い頃に主演した作品である。
また夫マイク役のアウグスト・ディールは、『イングロリアス・バスターズ』(2009年)で共演したブラピからの推薦で本作にキャスティングされたらしい。
この通り蜜月状態だったアンジー&ブラピが、後年には泥沼の離婚劇を繰り広げることになるとは、この頃には予想だにしなかった。
最後は完全に映画の話題から逸れてしまったが、映画の企画も夫婦関係も一寸先は闇ですねということで、本作のレビューは終了したい。
ってどんな終わり方だ(笑)