【良作】恐怖の報酬(1977年)_地べたを這いつくばる男達(ネタバレあり・感想・解説)

サスペンス・ホラー
サスペンス・ホラー

(1977年 アメリカ)
世界の果てで這いつくばる男たちが浮上しようと必死になってもがく様が圧巻の作品でした。どんな悪路に遭遇しても歩みを止めない男達の妄執はフリードキン印であり、そこに立派ではない男たちの連帯というウォロン・グリーン脚本の要素が加わって、男のドラマとして掛け値なしの作品に仕上がっています。

作品解説

オスカー受賞者ウィリアム・フリードキン監督

本作の監督はウィリアム・フリードキン。

映画史上唯一、クライムアクションでアカデミー作品賞を受賞した傑作『フレンチ・コネクション』(1971年)で一躍有名監督となり、ホラー映画でありながら記録破りの興行成績を叩き出すという、これまた規格外の作品『エクソシスト』(1973年)を生み出した御大です。

これらの偉大な功績を30代のうちに成し遂げた後、40代に入って初めて製作したのが本作『恐怖の報酬』(1977年)だったのですが、公開当時は失敗作と見做されたことから以降のキャリアも下り坂に。

とはいえ、苦しいからと言って安易に売れ筋ジャンルを狙いに行くことはただの一度もなかったのがこの人の凄いところで、興行的成功とは無縁の世界で『L.A.大捜査線/狼たちの街』(1985年)『ハンテッド』(2003年)『BUG/バグ』(2006年)などブレーキの壊れた映画を撮り続けています。

『ワイルド・バンチ』のウォロン・グリーンとの共同脚本

ウィリアム・フリードキンがフランス映画『恐怖の報酬』(1953年)をドキュメンタリータッチでリメイクすることを思いついた当初、彼が考えていたのは製作費250万ドル程度の中規模作品でした。

国際色豊かな作品にするつもりだったようで、フランス語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語に堪能なウォロン・グリーンを共同脚本家に指名。グリーンが脚本を書いた西部劇『ワイルドバンチ』(1969年)がフリードキンのお気に入りだったことも決め手でした。

二人は4か月で脚本を仕上げたのですが、どうもこの辺りからフリードキンは自身の最高傑作になる可能性を感じ始めたらしく、国際スター共演の大作に変更します。

スティーヴ・マックィーン主演を逃す

フリードキンは米映画界のスター スティーヴ・マックィーン、伊映画界のスター マルチェロ・マストロヤンニ、仏映画界のスター リノ・ヴァンチュラに出演オファーし、うちマックィーンからは「今まで読んだ中で最高の脚本」との反応を受け取りました。

ただし海外ロケで妻アリ・マッグローから離れたくないマックィーンより、妻の出演場面を書き加えるか、共同プロデューサーとして使って欲しいとの要望を受け、これを断ったことからマックィーンの話はなくなりました。

またマックィーン主演ではなくなったことでマストロヤンニ、ヴァンチュラからも断られます。

次にクリント・イーストウッドとジャック・ニコルソンにオファーしたのですが、海外ロケに難色を示されました。

そんな折、ユニバーサル社長シド・シャインバーグから大ヒット作『ジョーズ』(1975年)に主演したロイ・シャイダーを使ってはどうかとの提案を受けます。

フリードキンとシャイダーは『フレンチ・コネクション』(1971年)で仕事をしているのですが、監督の次回作『エクソシスト』(1973年)のカラス神父役でシャイダー起用を断ったことから、二人の仲は険悪になっていました。

ただし名だたるスターから断られているので他に選択肢もなく、フリードキンはこの提案を受け入れます。後にフリードキンは、集客力のないシャイダーを起用しなきゃよかったと後悔の弁を述べることになるのですが。

ロケ地が干ばつ、地元民からの脅迫

パリ、エルサレムと世界各地で撮影を行い、ハイライトの吊り橋の場面はドミニカ共和国で撮影する予定でした。

この撮影で使用する橋は油圧式で動く大掛かりなもので、設置に100万ドルもかかったのですが、なんとロケ地が干ばつに見舞われ、川が完全に干上がるという歴史上初めての事態が発生。

これでは撮影にならないため、急遽メキシコにロケ地を移したのですが、橋の再設置にはもう100万ドルかかりました。

で、この橋を架けた途端に川の水位が下がり始めたので、地元民たちが「撮影隊が祟りを連れてきた」と騒ぎ出し、橋を爆破するとの脅迫も受けたために、24時間体制での警備も必要に。

撮影そのものも難航を極め、俳優を乗せたままトラックが落下するという事故が起こること5回。結局シークェンス全体の撮影には3か月を要し、コストは300万ドルもかかってしまいました。

こんな感じで費用はどんどん嵩んでいき、最終的な製作費は2200万ドルにまで膨れ上がっていました。同年の『007 私を愛したスパイ』(1977年)が1400万ドル、『スター・ウォーズ』(1977年)が1100万ドルだったことから、この金額の異常性が分かりますね。

『スター・ウォーズ』とぶつかって大コケ

難産の末に誕生した本作は1977年6月24日に全米公開されたのですが、前月に公開されて歴史的な勢いでのヒットをしていた『スター・ウォーズ』(1977年)という大波に飲まれ、全米トータルグロスは590万ドルという壊滅的な結果に終わりました。

敗因は『スター・ウォーズ』との競合以外にも、”Sorcerer”(魔術師)というタイトルと『エクソシスト』(1973年)を撮ったフリードキンという組み合わせから、オカルト映画を連想する客が多数いたとか、冒頭数十分に渡って外国語の場面が続くため、字幕嫌いの観客が出て行ってしまったとか、複数あげられています。

動員力のないロイ・シャイダーの起用も敗因の一つですね。マックィーン主演ならまた結果は違っていたことでしょう。

ズタズタにカットされた国際版

そんなアメリカでの失敗を受けて海外マーケットではタイトルが”Wages of Fear(恐怖の報酬)”に変更され、フリードキンの許可なく30分も短縮されました。

版権の都合か当該バージョンは現在視聴できないため詳細な比較はできないのですが、以下の通り作品の本質を歪めかねない大胆なものだったようです。

  • 主人公4人の母国での場面がカットされ、いきなり南米から始まる
  • それぞれの過去はフラッシュバックで描かれる
  • ラストがカットされてハッピーエンドに変更

これはこれで見てみたい気もしますが、フリードキン非公認バージョンなので将来的なリリースの可能性は限りなく低いでしょう。

感想

引き受けざるを得ない仕事

舞台は南米某国。国際司法の及ばないこの地には世界各国から訳アリの犯罪者たちが流れ着いていました。

  • ドミンゲス(ロイ・シャイダー):アメリカ人ギャング。賭場強盗をした際にマフィア幹部の弟に重傷を負わせた。
  • セラーノ(ブリュノ・クレメール):フランス人銀行家。不正融資で大量の焦げ付きを出した。
  • マルティネス(アミドウ):パレスチナ人爆弾犯。エルサレムで市民を巻き込む爆破事件を起こし指名手配中。
  • ニーロ(フランシスコ・ラバル):ナチス残党狩りを行う殺し屋

それぞれ異国の地で息をひそめて暮らしていたのですが、もうそろそろ限界というところで大きな仕事が舞い込んできます。

油田火災鎮火のため取扱い厳重注意のニトログリセリンを運ばなければならないのだが、産業らしい産業のない土地柄、地元民でこれをやりきれそうな人材がおらず、外国人である彼らに白羽の矢が立てられます。

こんな土地で日銭を稼ぐ毎日に限界を感じていた彼ら犯罪者はこの話に飛びつくのですが、「死ぬ確率が異常に高い任務。しかしやる以外の選択肢は見当たらない」ということが直感的に理解できるこの脚本は見事でした。

実を言うと、殺し屋ニーロがこのミッションに参加した理由を私はいまだに理解できていないのですが、そんな細けぇことはどうでもよくなる程、他3名の物語が際立っていたので、この問いは心の奥底に沈めておきました。

なお短縮版では各自の祖国でのドラマがすっ飛ばされ南米から始まるようなのですが、それぞれのバックグラウンドの描写なしで、この導入部を理解することはなかなか厳しいのではないしょうか。

絆とか友情なんて甘いものではない

今も油田は燃え上がっており、装備を整えると4人はすぐさま出発。

彼らは2台のトラックに分けられ、一方のコンビが失敗しても、もう一方が生き延びれば雇い主の目的が達成できるという結構シビアな条件を突き付けられるのですが、ドミンゲスなんかは「あいつらが失敗すれば俺らの取り分は倍になるぜ!」とか言っているので、こいつらはこいつらで相当ダーティ。

そんなノリなので当然のことながら仲間意識なんてものはなく、二人っきりの同乗者とも身の上話はしません。利害を共有しているから一緒にやってるのであって、お友達なんかじゃないよという。

この辺りの殺伐とした空気は良いですね。いつ殺し合いが始まってもおかしくない緊張感があって、直接的な暴力は描かれないのに十分にバイオレントでした。

そして哀愁溢れるロイ・シャイダーはリーダー格のドミンゲス役に合っており、「もしも演じるのがマックィーンだったら…」なんて雑念も途中から吹き飛んでいきました。あ、でもやっぱりマックィーンで見たかったかな。映画ファンとは欲深い生き物です。

そんな彼らにも、死線を乗り越える中で自然と連帯意識が芽生えてきます。それが絆とか友情なんていう甘い言葉で表現できるものではなく、魂レベルでの共感なんですね。これが激熱でした。

流石は『ワイルドバンチ』(1968年)の脚本家だけあって、男の描写を実によく心得ています。

手に汗握る危機また危機

そして道中の見せ場では、ウィリアム・フリードキン監督の手腕が炸裂します。

ただトラックがジャングルを走っているだけでも緊張感が張り詰めており、ちょっとした揺れでもドキっとさせられます。ドキュメンタリー出身のフリードキンはジャングルの「悪路ぶり」をしっかりとフィルムに収めており、「こんな道ではいつ爆発してもおかしくない」という緊張感を生み出します。

大きな危機は都合3つ訪れるのですが(道を塞ぐ大木、壊れかけの吊り橋、軍人の検問)、そのうち吊り橋の場面は足が攣りそうになるほどの緊張感でした。

あの迫力、あのしつこさ、あの緊迫感、圧倒されました。

そして、常人ならばトラックを捨てて逃げ出すであろうシチュエーションなのに、「この橋を渡るんだ!」と言ってアクセルを踏む男たちの狂気も重要な要素ですね。完全にイっちゃってます。

フリードキン作品全般を貫くテーマとして「妄執」があるのですが、この吊り橋ではそれがもっとも強く出ています。そこまでしてやるんだという。

それに呼応するかのように、トラックも咆哮の如きエンジン音をあげて悪路に食らいつきます。「頑張れ!」と応援してしまいましたね。

そういえばこのトラックも味のある良いお顔をしておりました。

良い顔をしたトラック

このトラック君達、大きな危機は乗り切るのですが、しょーもない危機で失敗するという辺りも無情でした。一台は些細なコーナリングのミスでコースアウトして爆発、もう一台は普通にエンジンが止まって動かなくなるという。

この辺りの呆気なさも70年代っぽくて良かったです。

なぜこの作品が埋もれていたのか

それにしても、なぜこれだけの作品が1977年当時に評価されなかったのでしょうか。吊り橋の場面なんて今観ても大迫力なので、1977年の観客ならばのけぞったんじゃないでしょうか。

実はこの時期、後にクラシックとして認識される作品が不当な悪評を受けるということが多々発生していました。共通するのは古典のリメイクということで、信じられないことに『遊星からの物体X』(1982年)、『スカーフェイス』(1983年)なども酷評を受けていました。

まず何を作ろうが褒めることのないオリジナル至上主義者が文句を言い、実は観ていない人たちもそれに追従するという流れがあって、そんな中で「何となく出来の悪い映画である」という決め付けが走ってしまったのでしょう。

本作に関してはユニバーサルとパラマウントの共同制作だったために権利関係も複雑でホームメディアのリリースもままならず、後世の検証も捗らずに40年近く放置されたわけです。

≪ウィリアム・フリードキン監督作品≫
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