(1979年 カナダ)
Amazonプライムにあがっていたのを初鑑賞したが、クローネンバーグらしいグログロ作品で怖かった。相変わらず物語はしっかりと作りこまれているし、比喩なども込められていて、そんじょそこらのホラー映画とは違うインテリな空気を纏っている。ショックシーンの出来もよくて、個人的にはかなり楽しめた。

感想
おかしなものにハマった妻
ブルード”brood”とはヒナという意味らしいが、なぜそんなタイトルなのかは追い追いわかる。
カナダ映画界を代表する変態デヴィッド・クローネンバーグが脚本・監督を手掛けた本作は、彼自身が妻との泥沼の親権訴訟を繰り広げていた最中に製作されたものであり、その内容をダイレクトに反映した作品として、その筋では有名。
クローネンバーグが思いの丈をぶつけた作品とあっては、何を言ってるのか分からない作品も多い彼のフィルモグラフィ中でも、かなり分かりやすい部類に入る。
主人公フランク(アート・ヒンドル)は妻ノーラ(サマンサ・エッガー)との離婚調停中なのだが、妻との面会から帰ってきた娘キャンディスの体に傷跡があったことから、ノーラによる虐待を疑う。
早速弁護士に相談し、母子の面会をやめさせようとするわけだが、「法は母親に有利ですよ」と言われる。それどころか、面会を止めようとすればあちらから訴えられる恐れもあるとのことで、娘を守るためには妻の状態が普通ではないことを証明しなければならなくなる。
これが本作の導入部分なのだが、この時点で女性に対する恐怖心や不信感がMAX状態。女性が見ると不快になるのではなかろうか。
問題となる妻ノーラであるが、幼少期に実母から受けた虐待の影響で情緒的に不安定な人であり、現在はラグレン博士(オリヴァー・リード)による治療を受けている。
で、ラグレン博士というのが物凄く怪しい。これもまた、離婚調停中の妻におかしなことを吹き込むあちら側の人を反映したものと思われる。
ラグレン博士が実行しているのはサイコ・プラズミック療法という、聞くからに怪しい治療法であり、心にトラウマを抱える患者と博士とがロールプレイングを行って、心の膿を吐き出させるというのが、その方法。
よくよく考えてみれば、患者の父や母という会ったこともない人物の役をラグレンがどうやって演じているのかがよく分からないが、とりあえずそういうことらしい。
冒頭ではエディプスコンプレックスを抱える禿げたおっさんが、実父に見立てたラグレン博士と公開実技を行っている。当事者たちは真剣そのものなのだが、見ている側としては笑ってしまいそうになる、そんなおかしな空気が現場に漂う。
こんなことをまじめにやってるものだから、ラグレン博士というのもだいぶおかしい人だという印象だし、博士に心酔している患者たちとの関係性にも異様なものを感じる。オ〇ム真理教的な。
であるから、主人公フランクはラグレンの治療にこそ問題があると考えている。
怖い子供が大暴れ
しかし、中盤で事態が一変する。
妻ノーラの母が何者かに殺されるのである。
この場面はホラーを得意とするクローネンバーグの真骨頂で、かなり怖かった。被害者が襲われるまでの間の取り方、いざ襲われた際に繰り広げられる阿鼻叫喚の図、チラっと映る犯人がどうやら子供のようであるという状況の異様さなど、実によく出来たショックシーンだった。
その後、フランクによって発見された犯人は畸形の子供で、発見時には絶命していたのだが、そのデザインも秀逸でしたな。
シルエットは普通の幼い子供でしかないのに、顔だちは明らかに人間ではないものであるという。
スチール写真などでまざまざと見ると作り物丸出しのチープな顔面なのだが、映画では見せ方が抜群によくて、滅茶苦茶不気味。この辺りもクローネンバーグのうまいところなのだろう。
その後、フランクはラグレン博士の元患者と会い、治療の際に喉できたというでっかい腫瘍を見せられる。どうやら、サイコ・プラズミック療法は身体に大きな影響を及ぼすらしい。
そういえば序盤に出てきたエディプスコンプレックスの禿げの体にも、変なぶつぶつができてたし。
そんなことをしているうちに娘キャンディスは何者かによって誘拐されるのだが、本件にラグレン博士が関与していると確信したフランクは、妻ノーラも身を寄せているラグレンの自宅兼療養所へと向かう。
イっちゃった妻の大暴れ ※ネタバレあり
なのだが、実はラグレンはノーラを抑え込もうと必死になっており、フランクに対しても協力的な態度をとる。
サイコ・プラズミック療法の結果、ノーラには子宮外子宮という分かったような分からんような謎の器官ができてしまい、そこから無性生殖で畸形の子供をポコポコと生み出すようになったとのこと。
そしてノーラが怒ると畸形の子供達が反応し、彼女の怒りの対象物を殺しに行こうとするので、とにかくノーラを怒らせないことが肝要であると説明される。
そこで、フランクはノーラに復縁をお願いして彼女をハッピーな気持ちにさせ、その間にラグレン博士がキャンディスを救出するという作戦を立て、実行に移される。
しかしフランクのパフォーマンスが三文芝居以下で、早々に本心ではないことを見抜くローラ。
そしてノーラは「これでも私のことが好きなの?」と言ってジュディ・オングばりに上着をまくりあげ、腹にできた子宮外子宮と、新しい子供の出産の様子をフランクに見せつける。
本作最大のショックシーンであるが、よくこんな突拍子もない見せ場を思いついたものだと、クローネンバーグの想像力には相変わらず恐れ入る。
ご丁寧なことに、ノーラは生まれてきた血だらけの胎児を舐め回すのだが、これは演じるサマンサ・エッガーの発案らしい。演じる側もノリノリである。
ちなみに、サマンサ・エッガーとラグレン博士役のオリヴァー・リードはロンドンの同じ地域の出身で、年齢も近く、幼少期からの知り合いだったらしい。作品内容の割には和気あいあいとしたアットホームな現場だったのかとも思えてくる。
なのだが、映画の内容はどんどん陰惨になっていく。
夫の不誠実な嘘に怒り狂うノーラと、その怒りに呼応して暴れ狂う幼児軍団。ラグレン博士は子供に向かっても容赦なく銃の引き金を引く。まさに阿鼻叫喚の様である。
キャンディスは扉越しに幼児軍団に襲われるのだが、この場面は翌年の『シャイニング』(1980年)に影響を与えてるよね。多分だけど。
最後は何とか一件落着するのであるが、そうは言ってもキャンディスの実母であるノーラを絞め殺すという形で終わるので、今後の親子関係が心配になる。
最後の最後まで陰惨という、ホラー映画としては正しすぎる作品だった。