【凡作】ザ・ファーム/法律事務所_後半分かりづらい(ネタバレあり・感想・解説)

サスペンス・ホラー
サスペンス・ホラー

(1993年 アメリカ)
全盛期のトム・クルーズが眩しくて仕方ないサスペンスだが、主人公の取る作戦がとにかく分かりづらく、大逆転の興奮などは味わえなかった。原作はもっとシンプルだったのに、どうしてここまで複雑怪奇にしてしまったのか。

感想

良くも悪くもトム・クルーズだね

2020年代に入っても依然としてトム・クルーズは大スターであるが、80年代後半から90年代にかけてのトム・クルーズはそんなもんじゃないレベルだった。

その名前が書いてあるだけで映画館には人が入り、すべり知らずとはトムのことだった。

例に漏れず本作も、シドニー・ポラックが監督しジーン・ハックマンが出演という、おじさんたちからは支持されるだろうが若い人達にはちょっとという内容ながら、全米では圧倒的な興行成績を収めた。

3週連続全米No.1ヒットを記録し、全米興行成績は1億5834万ドルで年間3位。その年の1位は『ジュラシック・パーク』、2位は『逃亡者』で、どちらにも目の覚めるような見せ場があったのだが、一方本作には目立ったアクションもないのにそれだけの収益をあげた。

その原動力は何だったのかというとやはりトム・クルーズであり、全盛期の彼の観客動員力には凄まじいものがあったのである。

本作でトムが演じるのは名門ハーバードロースクールの学生ミッチ。

貧しい出身で苦労しながら学業に励んでいるのだが、成績は優秀で上位5名しか入れないゼミに所属している。後に弁護士事務所に就職し、司法試験にもストレートで合格して弁護士になる。

まさに完全無欠のヒーローぶりで、当時のトム・クルーズにうってつけの役柄だったわけだ。本作のトムもキラキラしていて眩しいほどなのであるが、そうは言ってもあまりに隙がなさ過ぎて面白みに欠けるきらいはあるが。

その後も、忙しい仕事の中でも奥さん(ジーン・トリプルホーン)のメンタルを気遣ったり、刑務所に服役中の兄を恥じるでもなくその身を案じたりと、ミッチの良い人ぶりが止まらない。

中盤にて事務所の仕掛けたハニートラップに引っかかったことが唯一の汚点ではあるのだが、それにしても暴力を振るわれてケガをした女性をほっとけなかったという導入部分があって、その善意の隙を突かれたという面が大きいので、彼の人格のダークサイドというわけでもなかろう。

しかも秘密をバラされる前に素直に奥さんに告白し、罪の許しの乞うているのだから、事後対応も良心的である。

ただし、ここまで良い人過ぎると逆に嫌らしい。かえってミッチというキャラクターに魅力を感じなくなった。

トムが演じることを念頭に人間らしさが取り除かれたのだろうか。ここまで真っ白な人間にする必要などなく、どこかに欠陥なり欲望なりを秘めた人物にした方が面白かったと思うのだが。

なお、原作ではミッチが不貞行為を奥さんに告白するというくだりはなく、それがバレないよう取り繕うことがサスペンスの一つとして機能している。

前門の虎、後門の狼

そんなミッチであるが、ある日、FBI捜査官(エド・ハリス)からの接触を受ける。

勤務する弁護士事務所はマフィアのマネーロンダリングを行っており、近くアゲられる予定とのこと。

そうなればミッチも協力者として裁かれる身になるのであるが、かといって過去に事務所を辞めようとした弁護士はことごとくマフィアに消されているので、逃げるという選択肢もない。ミッチ君、君は完全につんでるよと言われる。

唯一生き延びる道はFBIに捜査協力することで、そうすれば司法当局からの心象も良くなり訴追対象から外され、証人保護プログラムで身の安全も図られる。

だから事務所の書類をコピーして我々のところに持ってきなさいというのが、FBIが接触してきた趣旨である。

ただし問題なのは、FBIも正義の執行者という感じではなく、ミッチをあくまで駒の一つとしてしか見ていないということ。

彼らにとってはミッチも悪徳弁護士事務所の一員であり、用が済んだ後はどうなろうが知ったこっちゃないという魂胆が見え見えなので、彼らの口車に乗せられても安心ではない。

またクライアント情報を含む文書をFBIに流したとなれば守秘義務違反に問われて弁護士資格は剥奪だし、証人保護プログラムでひっそりと生きるとなれば、これまで懸命に築いてきたキャリアは崩壊する。

かと言って捜査協力を断って事務所に仕え続けても、後先はない。

まさに前門の虎、後門の狼という状況であり、どちらにせよお先真っ暗で海よりも深く落ち込むミッチなのであった。

この通り主人公の追い込み方が実に良く、前半部分はかなり楽しめた。

後半が分かりづらいったらありゃしない ※ネタバレあり

これに対してミッチは思いもよらぬ反撃を思いつく。

ここから映画はさらに面白くなっていくべきなのだが、実際には説明がうまくないので何が何だか分からず失速する。

とりあえずミッチの作戦の概略をまとめるとこんな感じである。

  1. FBIには捜査協力を申し出て、マフィアのターゲットにされるであろう収監中の兄レイの保釈と、捜査協力への対価の支払を求める
  2. 事務所に対してはFBIからの接触を受けたと報告し、こちら側の人間であることをアピールする
  3. しかしミッチはFBIと事務所のどちら側にもつかず、マネーロンダリングとは別途、郵便詐欺で事務所を潰す作戦をとる。

特に3.が分かりづらく、見ている間は私も混乱した。1993年当時に映画館で本作を見た観客は、この最後の展開を理解できたのだろうか。はなはだ疑問である。これをさらに噛み砕くと、こういうことになるようだ。

  • 事務所はほぼすべてのクライアントに対して、タイムチャージの水増し請求をしていた
  • これは詐欺であり、詐欺的文書を送付することは郵便法違反に当たるため、同法で事務所を裁くことが可能となる
  • 郵便法違反の罰金は一件1万ドルであり、全件でこれを請求されれば事務所の破産は確実である
  • 本件での告発はクライアントの利益を守ることが目的なので守秘義務違反に該当せず、ミッチが弁護士資格を失うことはない
  • 加えて事務所の背後にいるマフィアからの恨みを買うこともない

要はミッチはFBIが考えるのとは全く違う線で事務所を潰し、自分は無傷の形ですべてを処理しようとしているわけである。

なかなかクレバーな作戦ではあるのだが、とにかく語り口が酷すぎて何が何だかわからなかった。

加えて、マフィアに恨みを持つ探偵秘書(ホリー・ハンター)と、ミッチの奥さん(ジーン・トリプルホーン)も参戦するのだが、彼女らの動きが混乱をさらに助長した。

探偵秘書は事務所の近くにオフィスを借りて、そこでミッチが持ち込む事務所資料のコピーをとる役割を担っている。

オフィスを借りてコピー機を調達する金は一体どこから出ているのかは分からない。いくら高給取りの弁護士でも賄いきれる金額ではないと思うのだが、とにかくそういう動きをしているのである。

当初、探偵秘書はFBIが欲しているマネーロンダリングの証拠をコピーしているのだが、その後にミッチの作戦が変わったことから、水増し請求の証拠、すなわち事務所内の勤務記録とクライアント宛の請求書控のコピーに切り替える。

で、ケイマン諸島に保管されている文書も必要ってことになるのだが、その管理をしているのがジーン・ハックマンであり、ハックマンはミッチの奥さんに色目を使ってきたので、これを利用してケイマンの文書も入手しようとする。

それでまたすったもんだがあるわけだが、書いていて嫌になってくるほど分かりづらい話であり、この脚本はちょっと酷すぎると思った。もっとシンプルにできないものかと。

また、探偵秘書が恨みを抱く相手はマフィアのはずなんだが、郵便詐欺の線だと潰されるのは弁護士事務所だけでマフィアは無傷でいられる。そんな結末で彼女が納得できるのかという点も疑問だった。

なお探偵秘書を演じたホリー・ハンターは本作でアカデミー助演女優賞にノミネートされたのだが、本編への出演時間僅か5分でのノミネートは過去最短記録だった。

彼女は惜しくも受賞を逃したのだが、では一体誰が受賞したのかというと、『ピアノ・レッスン』(1993年)のアンナ・パキンだった。

『ピアノ・レッスン』はホリー・ハンターが主演を務めた作品であり、主演作が評価されるのは喜ばしいことではあるが、そのことで自分が受賞を逃すことになるという、何とも微妙な気分を味わったことになる。

話を映画に戻すが、原作の顛末は全く異なる。

郵便詐欺関係のくだりは存在せず、ミッチは事務所から大金を騙し取ったうえでFBIの証人保護プログラムに入るという、実にシンプルな話だった。

トム・クルーズが演じるということで主人公にあくどい手段を取らせるわけにもいかなくなり、『チャイナタウン』(1974年)のロバート・タウンを雇って後半部分を丸々書き換えさせたらしい。

ともかくこの改変はよろしくないと感じた。

なおロバート・タウンは『ミッション:インポッシブル』(1996年)にも関与し、またしても複雑怪奇な話にして、今度は否定的なレビューを受けることとなる。

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