【凡作】ガントレット_インパクトはあるが大味すぎる(ネタバレあり・感想・解説)

クライムアクション

(1977年 アメリカ)
シンプルだが力強いドラマとインパクトのある見せ場があって、見応えは十分でした。ただしあまりにも細部の詰めが甘く、かと言ってバカ映画として割り切って見られるような愛嬌もなく、不満も結構残ります。

©Warner Bros.

あらすじ

フェニックス市警の刑事ショックリーは、ラスベガスからマリーという証人の護送を命じられる。「自分は命を狙われている」というマリーの言葉通りに襲撃者が次々と現れ、ショックリーとマリーは孤立無援状態に陥る。

スタッフ・キャスト

監督・主演はクリント・イーストウッド

1930年生まれ。学生時代には運動能力と音楽の才能を評価されていた一方で、学業の方は全然ダメだったらしく、高校を卒業できたのかどうかは定かではありません(伝記作家が調査したものの、守秘義務の壁に阻まれて解明できなかったようです)。当時の友人たちによると、彼は学校にもまともに来ておらず、恐らく卒業はしていないとのことです。1949年から工場勤めを開始し、1951年より2年間の兵役を務めました。『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』(1988年)、『グラン・トリノ』(2008年)、『運び屋』(2018年)などで朝鮮戦争に従軍した老人役を演じるのは彼自身のこの履歴によるものですが、彼の勤務地はカリフォルニア州のフォート・オード基地であり、戦場に出たことはありません。

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従軍中に映画関係者とのコネができ、特にアーサー・ルビンという映画監督が長身イケメンのイーストウッドを買っていたことから、1954年にユニバーサルとの契約を結びました。ただしオーディションを受けても落ちまくり、来る仕事はアーサー・ルビン関係のものばかりだったことから、1955年にはユニバーサルを解雇されました。

1958年からスタートしたテレビドラマ『ローハイド』の主演で人気を博し、1964年には当時ほぼ無名だったイタリアの映画監督セルジオ・レオーネからの依頼を受け出演した『荒野の用心棒』が大ヒット。続く『夕陽のガンマン』(1965年)、『続・夕陽のガンマン』(1966年)も世界的にヒットし、イーストウッドは俳優としての地位と豊富な資金を得ました。そこで設立したのが自身の製作会社・マルパソ・プロダクションであり、2019年現在に至るまでイーストウッドはこのプロダクションを活動拠点としています。

ストーカーという言葉もなかった時代に作られた先進的なストーカー映画『恐怖のメロディ』(1971年)より監督業にも進出。ただし大作や賞レースに絡むような目立った作品を手掛けることはなく、どちらかと言えばB級と言えるレベルの作品群でマイペースに実績を積み上げていきました。

流れが変わったのが『許されざる者』(1992年)であり、同作でアカデミー作品賞と監督賞を受賞し、以降は文芸性の高い映画も手掛けるようになりました。『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)で再びアカデミー作品賞と監督賞を受賞。同作では74歳という史上最年長受賞の記録も出しました。その他、『ミスティック・リバー』(2003年)、『硫黄島からの手紙』(2006年)、『アメリカン・スナイパー』(2014年)の3作品で作品賞・監督賞にノミネートされています。

相手役はイーストウッドの愛人ソンドラ・ロック

1944年生まれ。映画初出演作の『愛すれど心さびしく』(1968年)でいきなりアカデミー助演女優賞にノミネートされたという実力派女優なのですが、世間的にはクリント・イーストウッドの愛人として知られています。

イーストウッド監督作品『愛のそよ風』(1973年)の主演候補の一人だったことから知り合いになり(設定年齢と実年齢が合わなかったため出演は逃した)、イーストウッドが監督・主演した『アウトロー』(1976年)への出演をきっかけに交際を開始。イーストウッドは妻帯者だったので不倫でしたが、不倫を隠しもしないのがイーストウッドの凄いところで、ロックとイーストウッドは12年間に渡り一緒に暮らし、仕事上のパートナー関係にありました。本作はコンビ2作目となります。本作でのロックの熱演をイーストウッドは大変評価しており、アカデミー賞を受賞するのではないかと思っていたようです。結果は、当時のイーストウッドがハリウッド界隈での敬意を受けていなかったこともあって、ノミネートすらされず終いでしたが。

余談ですが、イーストウッドは不倫相手のロックと交際中にもまた別の女性とも関係を持っており、現在俳優として活躍中のスコット・イーストウッドは、ロックと交際中に別の不倫女性との間にできた婚外子でした。

脚本は『ペイルライダー』のコンビ

本作の脚本を書いたのはマイケル・バトラーとデニス・シュリアックという人物です。

マイケル・バトラーは刑事アクションを得意とする脚本家であり、ジョン・ウェイン刑事が英国で大暴れする痛快アクション『ブラニガン』(1975年)を手掛けています。デニス・シュリアックも同じく刑事アクションの脚本家で、バート・レイノルズ主演の『レンタ・コップ』(1988年)、トム・ハンクス主演の『ターナー&フーチ/すてきな相棒』(1989年)などを手掛けています。

コンビを組んでの仕事も多く、ホラー映画『ザ・カー』(1977年)、チャック・ノリス主演×アンドリュー・デイヴィス監督の刑事アクション『野獣捜査線』(1985年)などを手掛けています。そして、コンビとしての最大の成功作は、本作と同じくクリント・イーストウッドが監督・主演を務めた西部劇『ペイルライダー』(1985年)でした。

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登場人物

  • ベン・ショックリー(クリント・イーストウッド):アリゾナ州フェニックス市警の刑事だが、バーで朝まで飲んだ足で出勤するほどやる気がない。ブレークロックより、ラスベガスで拘留中のマリーの護送を命じられる。
  • ガス・マリー(ソンドラ・ロック):ラスベガスで拘留中の娼婦。フェニックスで警察側の証人として証言するため、ショックリーによる護送対象となるが、命を狙われているから拘置所を出たくないと主張する。
  • ジョセフィン(パット・ヒングル):フェニックス署の刑事で、署内で浮きがちなショックリーの数少ない友人。
  • ブレークロック(ウィリアム・プリンス):フェニックスの市警察委員長。マリーの護送をショックリーに命じる。実はマフィアとずぶずぶの関係にあり、その一端を垣間見たマリーを裁判所での証言前に暗殺しようとしている。
  • フェンダースピール(マイケル・カヴァナー):フェニックスの検事。あまり腕は良くないようで、ショックリーから「また負けたのか?」などと嫌味を言われる。

感想

今回のイーストウッドはダメ男

『ダーティハリー』(1971年~1988年)の看板をすでに持っていたイーストウッドが、ダーティハリーの続編ではない形で製作した刑事もの。本作では、男としても刑事としてもダメな男が、守るべき相手ができたことで成長する物語という新機軸が打ち出されており、神秘性すら漂わせていたマカロニ・ウエスタンやダーティハリーとは180度異なるキャラ設定は新鮮です。

夜明けにバーから千鳥足で出てきて、ヒゲも剃らずに出勤するショックリーの姿から作品はスタートし、署内の誰からも敬意を受けていない様が描かれます。マリーの護送任務に選ばれたのも、能力が低いのでマリー暗殺の障害になる可能性が低く、かつ、人望がないため巻き込まれて死んでも問題がないと見做されたためだと考えられます。

いざマリーの護送任務に入っても、刑事としての勘が鈍いためか、明らかに普通ではない様子でマリーが騒いでも聞く耳を持たず、さっさと仕事を終わらせたいんだけどという態度を崩しません。襲撃を受けても狼狽しているだけで、冷静に状況判断しているのはマリーの方という有様です。

中盤でのマリーとの会話。もともと不良少年だったショックリーは一念発起して刑事になったが、納得できる仕事ができない中で情熱を失い、この歳になってしまったという背景が明かされます。しかし、マリーを守るという目標が彼の本能に火を点け、自分を甘く見た上に捨て石に使ったブレークロックに目にモノ見せてやるのだという復讐心と相俟って、後半では強い男へと生まれ変わります。

負け犬が自分を踏みつけにした権力へと歯向かっていく物語。定番だが燃えますね。

前代未聞の破壊のド迫力

タイトルのガントレットとは主に軍隊で見られる刑罰であり、二列に並んだ兵士の間を罰を受ける者が通り抜け、その際に両側の兵士が棍棒や鞭で殴っていくというものです。古代ローマにおいてすでに存在しており、ヨーロッパで広く見られたようです。

この物騒なタイトルが示すとおり、本作ではショックリーとマリーが徹底的な暴力にさらされます。戦闘の場に現れるのは数十人、時には数百人単位の警官隊であり、二人を目掛けておびただしい量の銃弾が発射されます。それは家を崩し、パトカーをスクラップにするほどの激しいものであり、その前代未聞の破壊は現在の目で見ても迫力満点です。

白眉は、まさにガントレット状態のクライマックスであり、ショックリーとマリーの乗ったバスが通りにズラっと並んだ警官隊の間をゆっくりと走行し、容赦のない銃弾の雨が降り注ぎます。ここまで激しい銃撃は現在に至るまで他に見たことがありません。

論理的に穴だらけの脚本がマイナス

ただし、ガントレットという様式にこだわりすぎたためか、お話がまったく論理的ではないのでツッコミどころ満載という状態となっています。

逃走を開始した当初のショックリーとマリーは、行く当てがなくなってマリーの家にいったん避難するのですが、追う側が真っ先に来るであろうマリーの家に戻るなんて馬鹿なのかと思いました。案の定、警官隊に囲まれて、家が倒れるほどの銃撃を受けることとなります。

クライマックスのバスの場面にしても、あんなにノロノロ走らずに目的地の裁判所にまで猛スピードで突っ切ればよかった話だし、受けて立つ警官隊は警官隊で、バスのタイヤを狙う奴は一人もいないんかいという、なんとも残念な状態となっています。

そもそもの問題として、隠蔽が目的の話なのに、あんなに派手な騒ぎを各地で起こしたら、元の隠したかった事件どころの話ではない新しい問題が発生すると思うのですが。