(1983年 アメリカ)
マイケル・マン監督の長編第2作にして、唯一のホラー映画。編集が粗く、ストーリーもつじつまが合っていない、主人公が何者だか分からないなど、いろいろ問題を抱えた作品ではあるけれど、一部に光る部分もあるので一見の価値はある。

感想
『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(1981年)でデビューしたマイケル・マン監督の第二作。
今でこそクライムアクションに特化した監督として広く認知されているマイケル・マンだが、当時はどんな引き出しを持つ監督なのかがまだ分かっていなかったようで、まさかまさかのホラーに挑戦している。
あまりに意外な組み合わせすぎて映画ファンとしては気になる作品ではあるけれど、当時は大コケして関係者一同傷ついたものだから、現在ではほぼ封印状態となっている。
高名な監督がメジャースタジオで製作した作品であるにも関わらず、本国アメリカでは2020年までDVDでのリリースはなかったし、リリースされたらされたで製作元のパラマウントからではなく、オーストラリアの独立系Via Vision社からだったので、本作がいかに忌避された映画であるかが分かる。
残念ながら日本語字幕付きのメディアは1986年にリリースされたVHSとレーザーディスクで止まっており、本作をどうしても見たければこれらのメディアの視聴環境を整えたうえで、当時ものの中古ソフトを探すしか道がない。
幸いにも、私は数年をかけてVHSやLDの設備を導入していた上に、ハードオフの通販サイトにて本作のLDを発見できたものだから、有難く購入させていただいた。
【落札額1万5千円】レーザーディスクプレーヤーを買ってみた【CLD-07G】
購入金額は7,000円で、ガビガビのSD画質の大コケ映画だと考えると高い買い物ではあったが、本邦でリリースされる目途がまったく立っていない作品という骨董的価値を考えると、まぁこんなもんかとも思う。


ジャケットとディスクの状態は素晴らしい。40年近く前のソフトとは思えないほどの美品で感激した。ただし画質は残念だった。当時ものだから仕方ないけどね。
あとマイケル・マンが初めてシネスコサイズで撮影した作品であるにも関わらずソフトはスタンダードサイズで、約半分の情報がトリミングされているのもガッカリだった。映画がオリジナルサイズでリリースされないことが普通だった当時の記録として考えれば、これはこれで貴重ともいえるけど。
医師免許を持つアメリカ人作家F・ポール・ウィルソン著のベストセラー『城塞』(1981年)の映画化で、実に347ページもの大長編をマイケル・マンが脚色している。
この要約作業には相当苦戦したらしく、マンのファーストカット版は210分にも及んだらしい。そもそも無理のある企画だったような気もするが、そうはいっても劇場公開できるサイズのものを納品しなかったマンもマンである。
その後、マンは120分にまで尺を詰めたもののパラマウントは依然として難色を示し、最終的には作品を取り上げられて96分にまで短縮された。
それが現在見ることのできる唯一のバージョンであるが、ここでのマンとパラマウントの行き違いが、その後の本作の扱いの悪さに影響しているように感じる。
時は第二次世界大戦真っ只中。カルパチア山脈の山道を占拠すべくドイツ軍がルーマニアの山村に進駐してくるのだが、単に「砦 “keep”」と呼ばれる建造物には、古代の魔物が封印されていたというのが、ざっくりとしたあらすじ。
『レイダース/失われたアーク』(1981年)のラスト30分を引き延ばして超シリアスに味付けした作品と考えていただれば、当たらずとも遠からずと言ったところ。
デビュー作『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(1981年)でも細部へのこだわりを炸裂させたマンだけあって、舞台となるキープや山間の村のセットの完成度が桁違い。もはやセットにすら見えないほどの作り込みである。
また進駐してくるドイツ軍の車両をスローモーションで捉えたファーストショットも抜群にかっこよく、ドイツ軍vs古代の魔物という、一歩間違えるとイロモノになりかねなかった企画を、実に上品かつリアリスティックに仕上げてきている。
序盤部分ではとんでもない傑作にしか見えないのだから、後の巨匠の面目躍如といえよう。
代々キープに常駐して来た僧侶からは「ここの十字架は魔物を封印しているものだから、絶対に傷つけないでくださいよ」とお願いされるのだが、ホラー映画における「絶対に触るな」は、ダチョウ俱楽部の「押すなよ押すなよ」と同じようなもの。
案の定、阿呆なドイツ兵が「これは純銀製だ!」と言って十字架を取り外して持ち帰ろうとしてしまい、魔物の封印は呆気なく解かれてしまう。
ただし数百年ぶりの娑婆でいきなり本調子というわけにもいかず、肉体の回復を待たねばならないのが超間抜けだったりする。この魔物が暴れるとどんな悪いことが起こるのかの説明もないので、僧侶たちが何に焦っているのかもよく分からないし。
その頃、ギリシアの港町ではスコット・グレンが魔物の復活を察知し、バイクに乗ってキープを目指すのだけれど、こいつが一体何者なんだかさっぱり分からない(笑)
検問所では憲兵を意のままに操るなど、まんまオビワンな技も披露するスコット・グレン。魔物に対抗する超常的な存在なんだなってことは伝わってきたけど、結局何者なのかは最後まで説明されなかった。
と、こんな感じで主人公らしき男と魔物に係る説明がバッサリいかれているので、話の肝心の部分がフワフワしたままだったりする。
なので決して出来の良い映画とは言えないのだが、それ以外の部分が割としっかりめの作りで、切って捨てられない魅力があるのもまた確か。
キープの壁に浮かび上がった古代文字を誰も読むことができないので、ドイツ軍は仕方なくユダヤ人の言語学者を連れてくる。その学者に扮するのが若い頃のイアン・マッケランで、マグニートーに扮する20年近く前に、すでにナチスからの迫害を受ける役柄を演じていることには感慨深いものがあった。
で、マッケランは「俺を復活させればナチスを倒してやる」という魔物の言葉を信じて、その復活の手助けをしてしまう。
またドイツ軍はドイツ軍で、心根の優しいドイツ国防軍のユルゲン・プロホノフと、ゴリゴリの排他思想の持ち主であるSS隊長ガブリエル・バーンが対立している。
舞台における善悪は混濁としており、誰が何をすればよかったのだろうかと観客にも問いかけるような内容となっているのだ。
この作り自体は素晴らしいと思ったのだが、90分程度に収めるにはさすがに無理があった。善悪を巡る個々の葛藤なり論争なりは熟す前に打ち切られ、物語はラストバトルへと突入する。
結局のところ正体不明のままであるスコット・グレンが「ピカーン!ドカーン!」という感じで魔物を葬るのだけれど、なんのこっちゃ分からんまま勝敗がつくので、どちらが勝つか手に汗握るなんてレベルではなかった。
この体たらくについては「映画秘宝2024年8月号」の記事で詳しく触れられているのだけれど、マンの当初ビジョンではド派手なバトルで締めくくられるはずだったところ、視覚効果担当が作業の途中で急死し、引継ぎ不能な状況のみが残された。
それでも映画を完成させるため、マンは追加の撮影費を要求したのだが、すでに予算もスケジュールも大幅に超過した状態だったのでパラマウントはこれを拒否。
かくして金も人材もない中で無理やり仕上げたのがこのクライマックスだったということで、なるべくしてなったともいえる尻すぼみ加減なのである。
この通り、決して出来の良い作品ではないのだが、そうはいっても後の巨匠の作品なので一部に光る部分もあり、一見の価値はある。問題は、見る手段が相当に限られているということだが。