【良作】ラスト・アウトロー_ワイルドバンチ×ヒッチャー(ネタバレあり・感想・解説)

その他
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(1993年 アメリカ)
西部劇とスリラーを組み合わせた脚本家エリック・レッドの発想力と構成力、ヒール役のミッキー・ロークの怪演等、短い上映時間ながら見るべき点の多い作品として仕上がっている。一般的な知名度は低いが、なかなかの良作だと思う。

作品概要

TVMだが日本では劇場公開された

本作はHBOが製作したTVMだったが、ミッキー・ローク人気の高かった日本では劇場公開された。

洋画に客が入らないと嘆き節になっている現在では信じられないことだが、90年代当時の日本では洋画の興行が絶好調であり、かつ、ミッキー・ロークやドルフ・ラングレンといった後のエクスペンダブルズが根強い人気を博しており、本国では冷遇を受けた作品でも、日本では劇場公開されるということが頻繁に起こっていた。

意外と豪華なキャスト

公開当時はミッキー・ロークの一枚看板のような作品だったが、現在の目で見ると脇役も意外と豪華で、キャストという切り口でも見応えのある作品となっている。

  • ミッキー・ローク/グラフ
  • ダーモット・マローニー/ユースティス
  • スティーヴ・ブシェミ/フィロ
  • キース・デイヴィッド/ラブクラフト
  • テッド・レヴィン/ポッツ
  • ジョン・C・マッギンリー/ウィルズ

未ディスク化という冷遇ぶり

なのだが、本作はソフト化には恵まれなかった。

劇場公開後にレンタルビデオがリリースされたのみで、その後のディスク化はなし。

なかなかのキャストが揃っている上に、一部に熱い支持層を持つエリック・レッドが脚本を書いているにも関わらず、20年以上に渡って鑑賞手段がほぼないという、絶望的な状況が続いているのである。

当時、ビデオをリリースしていたのは東宝ビデオだったが、東宝ビデオ関連の作品にはこのような冷遇作品が多いように感じる(『ボクシング・ヘレナ』『冷たい月を抱く女』『ジャングル・ブック』etc…)。

同社には、せっかく持っているソフトを腐らせないよう努力していただきたいと切に願う。

感想

90年代西部劇の最大の収穫

『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990年)、『許されざる者』(1992年)が高評価&大ヒットしたことの影響か、90年代前半には西部劇のプチブームが訪れていた。

ただしこのブームの特徴は王道をアレンジした企画主体の作品が多かったことで、OK牧場の決闘を史実通りに作り上げた『トゥームストーン』(1993年)、3時間超という異常な長尺の『ワイアット・アープ』(1994年)、女性を主人公にした『バッド・ガールズ』(1994年)に『クィック&デッド』(1995年)などが製作された。

本作もそんなトレンドの中にいたのだが、『ヒッチャー』『ニアダーク』のエリック・レッドが脚本を執筆したとあっては、当然のことながら普通の映画ではなかった。

サイコパス気味のミッキー・ロークが異常な執念でかつての仲間達を追い込んでくるというサスペンス風味であり、追う者と追われる者の奇妙な関係性も描かれており、この時期に製作された西部劇の中では、もっとも異彩を放っていた。

私が本作を見たのは地上波での深夜映画枠だったが、高校の中間だか期末だかの試験勉強をしていた際の休憩に何気なく見始めたところ途中でやめられなくなり、結局最後まで見てしまったという記憶がある。

見終わった後のやっちまった感は凄かったが、仮にあの2時間を勉強に充てていたところでその後の人生には何の影響もなかっただろうし、思いがけず面白い映画を見られたことの方が、結果的には良かったと思う。

上述の通りソフト化に恵まれなかったこともあって、その後20年以上に渡って本作を再見する機会はなかったのだが、妙に印象に残る作品だったので本作を忘れることはなかった。

そして今回、ネットオークションで当時のVHSを入手できたので久方ぶりの鑑賞となったが、やはり面白かった。

そもそもミッキー・ロークに対しては甘い評価をする傾向のある私だが、そんな贔屓目を差し引いても、90年代の西部劇の中では一番面白いと言えるかもしれない。

ワイルドバンチ×ヒッチャー

内容はと言うと、元南軍兵士たちが銀行強盗をして追跡隊から逃げている最中なのだが、そのリーダーのグラフ(ミッキー・ローク)という男がとにかく凶暴な奴で、傷ついて足手まといになりそうな部下の一人を殺そうとしている。

これに対しサブリーダー格で人格者のユースティス(ダーモット・マローニー)がグラフを先に撃ち、残された仲間を連れて逃亡を続けるのだが、どっこいグラフは生きており、拾われた追跡隊に協力することとなる。

強盗団の元メンバーが追跡隊に加わるという展開からは、『ワイルドバンチ』(1968年)でロバート・ライアンが演じたソーントンを思い出すのだが、依然として古巣に対する愛着や友情を感じ続け、追跡には嫌々参加しているソーントンに対し、本作のグラフはノリノリで仲間を追いかけ始める。

グラフは追跡隊のリーダー格である保安官や、雇い主である銀行主をどさくさ紛れに殺害して隊を乗っ取り、最終的には追跡隊を自分の手駒として使ってまで強盗団を追い込もうとする。

まさに狂気なのであるが、そこからは『ヒッチャー』(1986年)のジョン・ライダーを彷彿とさせられた。

肉食獣のような鋭い勘、ターゲットに対する異常な執着、演じる俳優のカリスマ性など、ジョン・ライダーとグラフには共通点が多い。

そして西部劇でスリラーをやったという点が本作の独自性であり、エリック・レッドの真骨頂と言えるだろう。

ミッキー・ロークの怪演が素晴らしい

グラフを演じるミッキー・ロークは相変わらずの怪演で、ターゲットとなる強盗団や観客を翻弄する。

もともとグラフは南部の裕福な農場主で家族にも恵まれていたのだが、南北戦争で北軍に妻子を殺害されたことから人としての感情を失い、南軍の兵士となったらしい。

終戦後にも居場所がなく、南部の亡霊の如く北部資本の銀行を襲っていた。

そんな悲しきモンスターであるから、敵に回すと本当に怖い。

金が欲しいとか、安住の地を目指しているというわけでもなく、ただただ破壊と殺戮の中に生きている男であるため、どこにも落としどころがない。スイッチが入ったら最後、自分とターゲットのどちらかが倒れるまでやめないのである。

この超越的なキャラクターを演じるにあたって、やはり常人離れした魅力を持つミッキー・ロークはうってつけだった。

何人のアウトローが束になってかかっても通用しなさそうな、圧倒的な威圧感と神秘性を放っているのである。

また、最後の最後になぜグラフがそこまで強盗団の追跡に執着していたのかの理由も明かされるのだが、その瞬間に判明するもうひとつの彼の悲しい背景にも、物の憐れが宿っている。

そして一切のセリフを使わず、断末魔の表情のみですべてを語ったミッキー・ロークの演技には、やはり素晴らしいものがあった。

リーダーシップを失った組織

もう一つの見どころは、崩壊していく強盗団のマネジメントである。

従前、強盗団内部ではグラフによる恐怖政治が敷かれていたのだが、メンバーたちは内心でグラフへの反発を秘めており、ユースティスが彼に向けて引き金を引いた瞬間、全員が「よくやってくれた」と安堵の表情を浮かべる。

一方、新リーダーのユースティスは仲間を平等に扱う人格者で、みんな「ユースティスが頭になってよかったぜ」という顔をしているのだが、後に組織のマネジメントとは人格だけではどうにもならないという現実を突き付けられることになる。

従前の強盗団はワンマン社長に率いられる中小企業のようなもので、リーダーに対する不満を全メンバーが抱えてはいるものの、リーダーの手腕により維持されている組織であることもまた事実だった。

そんな組織からリーダーを排除すればどうなるかというと、もう瓦解するしかないのである。

例えばユースティスは東と南、どちらに逃げるかをみんなで話し合って決めようとする。

しかしそんな決め方をした場合、後にうまくいかなくなれば「やっぱり俺の言うとおりにすべきだったじゃないか!」という不満も出てくるのである。

そして「俺の方が正しかった」と感じた部下は、今度は独断行動をとり始める。

一人一人は利己的に行動しているわけではなく、みんなのために良かれと思って先走った行動をとるのだが、そんなことをしていては組織の推進力は失われていく一方である。

また独断行動が失敗すれば、「お前のせいで滅茶苦茶じゃないか!」と言って、今度はメンバー同士の喧嘩が始まる。そうなると組織は余計に弱体化する。

こうして強盗団はどうしようもないレベルで内部崩壊を起こすのである。

その元凶はと言うと、意思決定権限をリーダーに集約しなかったユースティスにあり、彼が民主的な決定方法をとったために、この危機を乗り切れなくなったのである。

こうした組織論的なアプローチが脚本に反映されている辺りも、本作の味となっている。

短い上映時間ながら様々な楽しみ方のできるよく出来た作品だと思う。

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