シャイニング(1980年)_原作改変の詰めの甘さが惜しい【6点/10点満点中】(ネタバレあり・感想・解説)

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得体の知れない脅威
得体の知れない脅威

(1980年 アメリカ)
売れない小説家のジャック・トランスは、高額な報酬と静かな執筆環境を得られる真冬のホテルの管理人職を引き受け、家族と共に冬をそのホテルで過ごすことになった。そこは「出る」と評判のホテルだった。

©Warner Bros.

リテイク地獄

本作で語り草になっているのがリテイク地獄であり、キューブリックはワンシーンを100回以上撮り直させるという異常な行動に出ており、DVDなどに収録されているメイキングを見ると、シェリー・デュバルがストレスによる体調の異変を訴える様や、スキャットマン・クローザーがインタビュー中によく分からんタイミングで突然こみあげて来て泣き出す様などから、現場の荒れ具合が垣間見えてきます。

特に、撮影時に69歳だったスキャットマン・クローザーへのリテイク地獄は傍からも見るに堪えなかったようで、これを俳優虐待だと捉えたジャック・ニコルソンは、キューブリックの作品には二度と出演しないと心に決めたのだとか。

リテイクの意義とは

従前からキューブリックは完璧主義者として知られていたものの、現場においてここまでのリテイクを課した作品は前例がなく、本作のみなぜここまでやる必要があったのだろうかと思うのですが、まず一つには、現実と妄想が入り乱れる物語だからこそ、すべての場面に人工美を出したかったという理由が考えられます。例えばジャックがボール遊びをする場面には数日を要したと言いますが、あの場面はただのボール遊びではなく、ホテルとジャックがキャッチボールをしているようにも見えなければならなかった。だからこそボールが思い通りの動きをしてくれるまでキューブリックはOKを出さなかったのではないかと思います。セッティングに9日を要する血のエレベーターの場面を3回も撮り直させたのも同様であり、あの場面は妄想なのだから、そこに邪悪な意思が垣間見えるまでキューブリックは妥協しなかったのだろうと思います。

次に、後述する通り本作にはキューブリックのパーソナルな感情が込められていることから、自分自身と同じレベルの苦しみを表現できるまで俳優達を追い込んだのではないかと思います。その効果は素晴らしく、登場人物は全員疲れきった顔をしており、ウェンディ役のシェリー・デュバルに至っては、あらゆるものにオドオドする被害者演技が完全に板についています。ニコルソンも同様で、本作のキービジュアルとなっている斧で扉を破る場面ではたった数秒のために2週間が費やされ、197回のリテイクというギネス記録を叩き出しているのですが、確かにあの場面ではニコルソンは完全にイっちゃってます。キューブリックによる俳優虐待は、作品の一要素としてきちんと機能しているのです。

ジャックの苦悩はキューブリックの苦悩

原作者のスティーヴン・キングを激怒させた点として、ジャックを豹変させた要因がキューブリック版では明確に描写されてはおらず、気持ちの悪いホテルに来たことはきっかけであり、ジャックに内在していたストレスが主要因であったようにも見えることが挙げられます。

では、なぜキューブリックがこのような改変を加えたのかを考えると、キングはジャックを家庭人として捉えていたのに対して、キューブリックは職業人として捉えており、職業人としての行き詰まりという文脈で物語全体を再構築したためではないかと思います。

仕事に打ち込む旦那の姿に感心感心と思っていた奥さんがふと原稿を盗み見ると、「仕事ばかりで遊ばない、ジャックは今に気が狂う」という短い文章のみが何百ページにも渡って繰り返しタイピングされていたという本作最大の恐怖場面が象徴的なのですが、ジャックは作家として完全に出涸らし状態となっており、環境を変えればアイデアも浮かぶだろうと思って冬のホテルにやってきたが一向に何も浮かばない。原作にはないこの場面をキングは批判しましたが、確かにこれでは悪魔憑きは関係なく、ジャックはそもそも狂っていたということになります。しかし、恐らくキューブリックは作品全体をその方向で変えようとしていたのです。

キューブリックの遺品や関係者へのインタビューからキューブリックの実像に迫った”Stanley Kubrick’s Boxes”というドキュメンタリーが2008年に製作されましたが(過去にリリースされたDVDボックス、もしくは、「『フルメタル・ジャケット』日本語吹替音声追加収録版Blu-ray」にて鑑賞可能)、これによると新作のリリース頻度が落ちた時期のキューブリックはスランプ状態にあったようです。意外なことに、不遜な天才監督として知られていたキューブリックも実は作りたい作品をうまくまとめられずに落ち込んでいたらしく、家族に対しては「仕事中だ」と言いながら実は原稿が一文字も進んでいないジャックの状態には、何年も新作をリリースできていないキューブリック自身の姿が反映されているように思いました。同時に、こっちゃ必死でものを考えているのに、女房子供はうるさくて足手まとい。そんなキューブリック自身の抱えるストレスを吐き出した内容であるようにも思いました。

原作改変の成果

かくして家族を愛する作家が悪霊に憑かれる物語は、スランプ状態のストレスから家族を殺そうとする作家の物語に改変されたのですが、どちらの話の方が面白かったかと言われると、私はキューブリックのアプローチの方が好みでした。

目の前の仕事に手がつかない時の焦りであったり、そういう時には24時間仕事に張り付いていたいのに、家庭に煩わされて仕事に全力投球できないというストレスには大いに共感できる部分があったし、家庭を愛する男というキング版の凡庸なアプローチよりも新鮮味がありました。

ただし、ただ主人公がイカれただけの話にしてしまったがために『シャイニング』というタイトルに意味がなくなり、作品内での存在意義を失ったハローランがホテルに駆け付けたところでいきなり殺されるという不自然な展開を迎えた点など、改変が徹底されておらず、一部に不整合が見られた点は残念でしたが。

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