(1998年 アメリカ)
豪華スター共演によるシミュレーション映画で、後のアメリカ同時多発テロを予見する内容には驚かされるが、ポリティカルスリラーとしてはさほど盛り上がらない。エドワード・ズウィック監督はハイテクを描くことに不慣れだし、戒厳令(マーシャル・ロー)の急先鋒がブルース・ウィリスでは締まりがない。
感想
90年代後半のハリウッドは、民主党クリントン政権の影響か厭戦ムードにあり、『ザ・ロック』(1996年)、『ピースメーカー』(1997年)、『スリー・キングス』(1999年)といった、アメリカが掲げてきた正義に対して疑問を投げかけるような娯楽作が多数製作されていた。
ゴリゴリの共和党支持者のシュワルツェネッガーすら、軍産複合体を悪役にした『イレイザー』(1996年)に主演したほどなのだから、当時の空気がいかに民主党寄りだったかがご理解いただけるだろう。
『イレイザー』は米軍事企業がロシアの武器商人に最新型の銃を売ろうとしており、その陰謀に気付いた連邦保安官のシュワルツェネッガーが地場のマフィアと組んで力づくで取引を阻止するというぶっ飛んだ内容で、21世紀の今こそあらためて見返したい一作である。
さらに余談だが、80年代に共和党系アクション映画で人気を博したスタローンがこの時期に低迷したのも必然だったと言える。
そんな潮流の中で生み出されたのが本作『マーシャル・ロー』(1998年)で、1995年4月に起こったオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件にインスパイアされたシミュレーション映画である。
米軍の極秘作戦で中東のシークが拉致されたことから、イスラム系組織によるテロ事件がNYで頻発するというのがざっくりとしたあらすじ。
事件を担当するのはFBI捜査官のアンソニー・ハバード(デンゼル・ワシントン)だが、本来は国内での活動を許されていないはずのCIAエージェント エリース(アネット・ベニング)や、米陸軍将軍デヴロー(ブルース・ウィリス)が絡んできて事態はより混沌としていく。
製作・脚本・監督を担当したのは『ラスト・サムライ』(2003年)、『ブラッド・ダイヤモンド』(2006年)など硬派な社会派ドラマと娯楽アクションの折衷を得意とするエドワード・ズウィックで、主演のデンゼル・ワシントンとは『グローリー』(1989年)、『戦火の勇気』(1996年)に続く三度目のコンビとなる。
先ほどは「オクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件にインスパイアされた」と書いたが、むしろ2001年9月のアメリカ同時多発テロ事件を予見したかのような内容の作品として知られており、公開時には興行的に失敗した一方、911後に脚光を浴びて全米でのビデオレンタルが大いに伸びたそうだ。
アメリカが中東の工作員を使い捨てにしたこと、入国管理がユルユルでテロリストが入り放題であったこと等、911の要因のいくつかを正確に言い当てている。
加えて、アラブ系住民に疑惑の目が向けられることや、捕虜への虐待、捜査機関の権限拡大など、事件後の反応も鋭く予見している。
ただし社会派映画としての分析眼の鋭さと、娯楽作としての面白さは必ずしも比例しないもので、これがあまり面白くない。
最初はペンキ爆弾程度だったテロ事件は、やがて連邦ビル爆破にまでエスカレートしていくのだが、これを受けた社会の反応が不十分なので、パニックが連鎖し、やがて事態が収拾不可能に陥っていく過程がスリリングに描かれていない。
またエドワード・ズウィックは時代劇でこそ生きる監督のようで、当時最先端の情報戦を描くことにはどうにも不慣れだったこともマイナス要因。
ついに戒厳令(マーシャル・ロー)が発出されるに至り、マンハッタン島に米陸軍が進駐してくる場面は圧巻のスペクタクルなのだが、これを指揮するのがブルース・ウィリスでは何とも締まりがない。
「俺が法律だ」と宣言する場面は失笑もので、本作と『アルマゲドン』(1998年)、『マーキュリー・ライジング』(1998年)の併せ技により、ブルースはゴールデンラズベリー最低主演男優賞を受賞した。
ブルースの単調すぎる演技ゆえか、彼の演じるデヴロー将軍は単純な悪人のように映っているのだが、実のところなかなか味わい深い人物である。
上司である参謀総長に対しては、国内で軍隊を展開することは下策であると進言するのだが、いざ命令が下れば躊躇せず職責を全うする。
その姿勢を責めるハバード捜査官に対しては、自分はあくまで大統領命令に従っているのであり、これが国益にかなっているかどうかは分からないし、それを判断すべき立場にもないと言い返す。
聞きようによっては無責任発言とも捉えられるが、これは文民統制というものの核心を突く会話でもある。
この通り、デヴロー将軍は興味深い人物ではあるのだが、ブルースが演じたためにそのキャラクター性のほとんどが埋没している。
デンゼルとブルースの役柄を入れ替えた方が良かったのではなかろうか。