【良作】羊たちの沈黙_クラリスとバッファロー・ビルは似た者同士(ネタバレあり・感想・解説)

サスペンス

(1991年 アメリカ)
レクター博士のインパクトが凄すぎて画面に目が釘付けになること必至のサスペンス。ただしその他の要素は意外と平凡な作りであり、レクターのインパクトを差し引くと余り大したものは残りません。

あらすじ

若い女性が皮を剥がれて殺されるという猟奇的な事件が連続して発生し、正体不明の犯人は「バッファロー・ビル」と呼ばれた。捜査に行き詰ったFBI行動科学課のクロフォード主任捜査官(スコット・グレン)は、凶悪殺人犯として収監されている元精神科医のハンニバル・レクター博士(アンソニー・ホプキンス)の助言を得るために、FBIのアカデミー実習生クラリス・スターリング(ジョディ・フォスター)を送り込む。

当初、レクターはクラリスに対して冷淡な態度をとったが、クラリスの人格に興味を示すようになると、彼女自身に過去を語らせることと引き換えに捜査のヒントを与えることを約束する。

スタッフ・キャスト

監督はジョナサン・デミ

1944年ニューヨーク州出身。フロリダ大学中退後に映画会社の宣伝マンになり、仕事を通じてB級映画の帝王ことロジャー・コーマンと知り合いました。

コーマンの下で製作や脚本を行った後に監督となり、デビュー作は『女囚刑務所・白昼の暴動』(1974年)でした。アカデミー脚本賞と助演女優賞を受賞した『メルビンとハワード』(1980年)は出世作となり、本作でアカデミー監督賞を受賞しました。

脚色はテッド・タリー

1952年ノースカロライナ州出身。最初は劇作家として出てきた人物であり、『テラ・ノヴァ』は1983-1984年のオビー賞を受賞しました。その後に映画の脚本も手掛けるようになり、本作でアカデミー脚本賞を受賞しました。

他に、「ハンニバル・レクター」シリーズ第一作の再映画化企画『レッド・ドラゴン』(2002年)や、ジェリー・ブラッカイマー製作の実話もの戦争アクション『ホース・ソルジャー』などを手掛けています。

レクター博士役はアンソニー・ホプキンス

1937年ウェールズ出身。元は舞台俳優で60年代後半より映画界に進出。本作でアカデミー主演男優賞を受賞し、『日の名残り』(1993年)、『ニクソン』(1995年)、『アミスタッド』(1997年)と、90年代にはアカデミー賞ノミネートの常連でした。

クラリス捜査官役はジョディ・フォスター

1962年ロサンゼルス生まれ。3歳から子役として活動し、12歳にして『タクシードライバー』(1976年)でアカデミー助演女優賞にノミネート。幼い頃から芸能活動で忙しい身でありながら学業も疎かにせず、名門イェール大学を優秀な成績で卒業。

成人後には『告発の行方』(1988年)と本作『羊たちの沈黙』(1991年)でアカデミー賞主演女優賞を2度受賞し、ハリウッドきっての演技派女優となりましたが、21世紀に入るとプライベート重視で出演作が減っています。

作品概要

原作は「ハンニバル・レクター」シリーズ第2弾

「ハンニバル・レクター」シリーズはトマス・ハリス原作のサスペンス小説シリーズであり、『レッド・ドラゴン』(1981年刊)を皮切りに、『羊たちの沈黙』(1988年刊)、『ハンニバル』(1999年刊)、『ハンニバル・ライジング』(2006年刊)とシリーズ化されていきました。

『レッド・ドラゴン』ではハンニバル・レクターは脇役に過ぎなかったのですが、サイコを操るサイコという特性から名物キャラクターとなり、徐々にその扱いが大きくなっていきました。

『レッド・ドラゴン』はマイケル・マン監督の『刑事グラハム/凍りついた欲望』(1986年)として映画化されているのですが、『刑事グラハム』と本作との間には関連性がなく、映画化企画では本作『羊たちの沈黙』(1991年)が第一作となっています。

後に、本作との直接的な関係をもった作品として『レッド・ドラゴン』(2002年)は再映画化されましたが、制作順の関係で同作は第3作目扱いとされています。

アカデミー賞で主要5部門を制覇

本作を配給したオライオン・ピクチャーズはその完成度の高さに自信を持っており、作品は1990年に完成していたものの、同年の自信作『ダンス・ウィズ・ウルブス』(1990年)との競合を避けて1991年1月に公開日を変更。そして、その戦略通りに本作もアカデミー賞を受賞しました。

しかも作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、主演女優賞と主要5部門を完全制覇した歴史上3作目の映画となったという快挙まで成し遂げました。

感想

レクター博士の圧倒的な魅力

本作最大の見どころは何と言ってもレクター博士。

演じるアンソニー・ホプキンスはアカデミー主演男優賞を受賞し、AFIが発表した「アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100」でダースベイダーやノーマン・ベイツといった強敵を下して堂々1位を獲得。悪役として比類なき地位を築いています。

言っていることの半分以上は訳が分からないのだが、何か意味ありげなことを言ってるっぽい圧倒的インテリ感。そして次にどんな反応に出るか分からない異常者でありながら、彼なりの正義や礼節はあるようだという独特の筋の通し方が魅力となっています。

この役柄を演じるに当たっては、アンソニー・ホプキンスの演技法が生きています。

製作当時ハリウッドを席捲していたのはメソッド演技法で、これを平たく言うと脚本に書かれていない背景までを推測して俳優がキャラクターになりきるという手法であり、ダスティン・ホフマン、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロらがその代表格です。

ただし人肉を喰うことが趣味のIQ200の天才など、メソッド演技法で掘り下げようがありません。

そこでアンソニー・ホプキンスの出番というわけです。ホプキンスはメソッド演技法の否定論者であり、脚本に書いてあることをそのまま演じるという手法をとる俳優なので、「レクターとは一体何者なのか」「なぜこんな人格になったのか」などと言ったしちめんどくさいことには首を突っ込んでいきません。

ただ獄中で突っ立って、表情も抑揚も殺して難解なセリフを吐いているだけ。きわめてシンプルな演技でありながら、原作や脚本に本来備わっていた言葉の力強さと、舞台出身のホプキンスの存在感で何とかなっているわけです。

そして後半、鎖に繋がれていた猛獣がついに野に放たれる場面の躍動感とのコントラストも鮮やかであり、静から動への転換にはダイナミックな解放感がありました。

男社会で生きるクラリス捜査官

このレクターの向こうを張るのはジョディ・フォスター扮するクラリス捜査官。

彼女はFBIのアカデミーに在籍中の学生でありながら、目を引くほどの美貌で特例的に行動科学課のクロフォード主任捜査官(スコット・グレン)の側近となっており、捜査が行き詰ったバッファロー・ビル事件のヒントを得るために、犯罪者の心理に精通しまくっているレクター博士の元に送り込まれます。

彼女はFBIという男社会の中で常に性的対象として品評を受けるような視線を向けられ、何か発言しようとしても「まぁまぁお嬢ちゃん」みたいな扱いを受けて、なかなか捜査官として扱ってもらえません。

彼女は仕事場では気丈に振る舞い、自分の車に戻って一人で泣きます。

クラリス捜査官の物語は社会進出した女性の苦悩を象徴しており、女性達の生き辛さがよく伝わってきます。

ただしジョディ・フォスターが本当にクラリス役に適任だったのかには疑問符がつきますが。彼女には知性や気品が漂っており、FBIのアカデミー生ですと言われてもさほどの違和感がないのです。

本来クラリスは背伸びしてFBIに入った元ホワイトトラッシュであり、「なんでこんなお姉ちゃんが殺人現場にいるんだ」みたいな違和感を周囲に与え続けている存在です。

誰を送り込んでも真剣に相手されなかったレクター博士を振り向かせたのもその違和感ゆえなので、クラリスには本人が隠そうとしても隠し切れないギャルっぽさやイモっぽさが必要だったのだろうと思います。

現代で言えばマーゴット・ロビーのような女優さんが演じるべき役柄であり、90年代初頭ならばジュリア・ロバーツやジェニファー・ジェイソン・リー辺りになるのでしょうか。

彼女らと同系統であるメグ・ライアンにはクラリス役のオファーが行っていたようなのですが、断られたようです。

バッファロー・ビル事件に魅力がない

そしてメインであるバッファロー・ビルと、彼が起こした連続殺人事件に魅力がなかったことが作品のボトルネックとなっています。

バッファロー・ビルは自分自身を性的マイノリティだと信じているが、実際には普通の男。自分と似たようながっしりとした体格の女性の皮を剥ぎ、その皮で服を作って変身願望を充たそうとしているという、分かったような分からんような設定となっています。

これに加えて原作では、ビルの母親は結婚前にモデルをしていた程の美人だったが、生まれてきたビルは醜い見た目であり、そのことを祖父母からなじられて育ったために、美しい母のようになりたいという変身願望を持った人物との説明が付加されています。

変身願望から女性を殺害して皮を剥いでいたのは実在のシリアルキラー・エド・ゲインであり、ゲインはアルフレッド・ヒッチコック監督の『サイコ』(1960年)やトビー・フーパー監督の『悪魔のいけにえ』(1974年)のモチーフにもなりました。

バッファロー・ビルとノーマン・ベイツ、レザーフェイスは兄弟のような関係にあるというわけです。

ただし映画版では彼のトラウマ設定がカットされているために記号的な猟奇殺人犯に終始しており、そのキャラ造形には何の面白みもありませんでした。

印象的なサイコキラーはレクター博士一人で良いという判断があったのかもしれませんが、本筋にあたるのはバッファロー・ビルだけに、こちらにも注力すべきでした。

クラリスとバッファロー・ビルは似た者同士

そして原作におけるバッファロー・ビルの設定は、【実親以外に育てられた、生育環境に起因するトラウマを抱えている、生まれ育った姿とは別の存在に変わりたいと願っている、異性の実親の影を追い続けている】ということで、クラリスと共通しています。

クラリスにはFBI捜査官になるという願望を叶えるだけの知性と、周囲の男達がほっとけなくなるほどの美貌がたまたま備わっていたのに対して、バッファロー・ビルには何の特技も才能もなく、生育環境から脱出することができなかった。

両者にあるのは先天的な能力を持つ者か持たざる者かという違いのみであり、根底では繋がった存在なのです。

レクター博士がクラリスに興味を持ったのも、ただ彼女が美人の頑張り屋さんだっただけではなく、一目見た瞬間にバッファロー・ビルと同じ変身願望を持っていることを見抜いたためという推測も成り立ちます。

そしてレクターがしつこくクラリスの過去について尋ねるのも個人的な関心だけではなく、クラリスの内面にこそ犯人像に繋がるヒントがあるからこそ反復していたとも考えられます。

ただし映画化にあたってはビルの設定が大幅にカットされたためにクラリスとの有機的な繋がりが断たれており、犯人と捜査官という何の変哲もない関係性に終始したことはドラマ性を毀損しているように感じました。

犯罪者プロファイリングが深掘りされていない

犯罪者プロファイリングとは、物的証拠が少ない場合に心理学や統計学に基づいて「現場の状況から考えて犯人の人物像はこうだろう」→「こういう人物は次にこう動くはずだ」という仮説を立てながら犯人像の絞り込みや次の被害者の特定を行う手法であり、捜査官の精神に過度な負荷をかけるという副作用を秘めています。

そして、もし担当捜査官が犯罪者と自己の人格との間に共通項を見出し、犯行に共感してしまうと、自分自身も闇に堕ちかねないという恐ろしさもあります。

スコット・グレン扮するクロフォード捜査官のモデルになった実在のFBI捜査官ロバート・K・レスラーは「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。汝が長く深淵を覗き込む時、深淵もまた等しく汝を覗き込んでいる」というニーチェの言葉を座右の銘としており、それほど犯罪者プロファイリングがギリギリの手法であることが分かります。

そんな手法を、まだアカデミー所属で現場経験のないクラリスがいきなり実行しようとすることの危なっかしさ。

特に原作設定上はバッファロー・ビルとクラリスには共通点が多くあり、クラリスが犯罪者と同一化してしまうかもしれないというサスペンスこそが本作のテーマの一つだったように感じるのですが、両者の関係性や犯罪者プロファイリングという手法がクローズアップされていないので、この要素はほぼ死んでいます。

≪ハンニバル・レクターシリーズ≫
刑事グラハム/凍りついた欲望【凡作】レクター博士は脇役
羊たちの沈黙【良作】クラリスとバッファロー・ビルは似た者同士
ハンニバル【凡作】史上最も豪勢なゲテモノ映画
レッド・ドラゴン(2002年)【凡作】面白いが薄味
ハンニバル・ライジング【凡作】レクター博士の魅力半減