(1974年 アメリカ)
パニック映画の代表作ですが、映画の出来はかなり悪いと思います。特にアーウィン・アレンが手掛けたアクションパートの演出がひどく、これだけの金をかけて、よくこんなに面白くない見せ場が撮れたもんだと感心しました。
1916年生まれ。コロンビア大学とニューヨーク市立大学卒業後にジャーナリストとなり、ラジオ番組のプロデューサーを経て、テレビ界へと転身。『宇宙家族ロビンソン』(1965-196年)、『原子力潜水艦シービュー号』(1964-1968年)、『タイムトンネル』(1966-1967年)、『巨人の惑星』(1968—1970年)を製作し、SF番組のパイオニアとなりました。
またSF映画監督として主に20世紀フォックスで活動しており、『失われた世界』(1960年)、『地球の危機』(1961年)、『気球船探検』(1962年)などを手掛けています。
従前は大規模な映画を手掛けてこなかったアレンにとって初の大作となる『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年)はアメリカだけで8,400万ドルを売り上げる大ヒットとなり、ディザスター映画(当時の呼称だとパニック映画)というジャンルを作り上げました。
1925年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大出身でイギリス空軍に勤務した後にフランスでドキュメンタリー映画に関わり、イギリスに戻って劇場用映画となりました。
大金のかかった現場を仕切る能力と、かけた大金を画面にきっちりと反映する能力。それが認められて70年代には超大作の代名詞的存在となり、本作『タワーリング・インフェルノ』(1974年)、『キングコング』(1976年)、『ナイル殺人事件』(1978年)を連続して手掛けました。
ただし、その低偏差値な作風はものすごい勢いで飽きられていって80年代には大作に関わる機会が減り、最後の劇場用作品は『キングコング2』(1986年)でした。
ポール・ニューマンは1925年生まれ、スティーブ・マックイーンは1930年と5歳の年の差がありましたが、両者は同じ時代によく似たキャリアを歩んでおり、特にマックイーンはニューマンをライバル視していたとも言われています。
二人の最初の接点は、ジェームズ・ディーンの急逝により主演ポストが空白になっていた『傷だらけの栄光』(1956年)であり、同作はニューマンがディーンの代役を務め、マックイーンが端役で出演し、これが映画デビュー作となりました。
マックイーンはニューマンを一種のメルクマールとして考えていたようで、ニューマンがギャンブル映画『ハスラー』(1961年)に出演すれば『シンシナティ・キッド』(1965年)、刑務所映画『暴力脱獄』(1967年)に出演すれば『パピヨン』(1973年)、犯罪映画『動く標的』(1966年)に出演すれば『ゲッタウェイ』(1972年)、カーレース映画『レーサー』(1969年)に出演すれば『栄光のル・マン』(1971年)と、ニューマンの後に似たような映画に出演しています。
本作のクレジットを巡ってはひと悶着あって、ニューマンを意識していたマックイーンは一般的に格上とされる左側をとったのですが、ニューマンはマックイーンよりも一段上とされたために、結果どちらが格上なのかは分からない形となりました。
サンフランシスコに地上550メートル、138階建ての世界最大の高層ビルが建設された。そのゴージャスな見た目とは裏腹に、建設途中の資金難から配電素材に安物が使われていたことから安全面で問題を抱えており、落成式の日に火災が発生した。
豪華キャストによる群像劇を描き、観客が好感を抱いた人物が危機に瀕することで緊張感を高めるということがパニック映画の基本的な手法でしたが、本作には感情移入可能な人物が少ないように感じました。加えてキャラクターの動かし方もまずく、丁寧な人物描写の延長に感動的な場面を迎えるのではなく、観客が感動しそうな場面だけが雑然と並んでいるような状態なので、ちょっとあざとく感じました。
例えば、女性を優先的に逃がすという決定からカップルが離れ離れになるという場面で、それまでまったくハイライトの当たっていなかった市長夫妻が突如フィーチャーされて「子供に愛してることを伝えたかった」などという感傷的な会話をするのですが、この場面に至るまでのドラマがまったくないので、非常にどうでもいいことになっていました。
そこら中で火災が発生していることの弊害で、人のいるフロアに刻一刻と炎が迫っているというサスペンスが放棄されています。クライマックスでは「あと15分ほどで火の手がどちらに及ぶ」という会話があるのですが、いつの間にそんなところにまで来てたのと呆気にとられました。もっと丁寧に構成していればスリリングこの上ない展開になったかもしれないのに、勿体ない限りです。
プロデューサーのアーウィン・アレンが本作のアクション演出を担当したということなのですが、どおりで見せ場の出来が酷いことになっています。アクション場面はひたすらにミドルショットで起こっていることを捉えているのみで、アップと俯瞰の組み合わせによって臨場感を生み出すという当たり前の演出ができていません。
本作はアカデミー賞撮影賞と編集賞を受賞しているのですが、この凡庸な見せ場でよくも受賞出来たものだと思いました。フォックスとワーナーの共同製作だっただけに、多大な忖度が伺えます。
加えてセットが嘘臭く、細部にまったく説得力がありませんでした。エレベーターの扉が軽くてどうやっても本物に見えない、ビルの階段の手すりや消防署の滑り棒などがグラグラ動いている、爆破の際に飛び散る破片がどう見ても発泡スチロール製など、細部の詰めの甘さが作品全体のリアリティや臨場感を著しく毀損していました。
≪アーウィン・アレン関連作品≫
ポセイドン・アドベンチャー【凡作】作劇に古さを感じる
ポセイドン・アドベンチャー2【駄作】緊張感ゼロ
タワーリング・インフェルノ【凡作】アクション演出が悪すぎる