【良作】グレムリン2 新・種・誕・生_ネジの飛びまくったブラックコメディ(ネタバレあり・感想・解説)

クリーチャー・メカ
クリーチャー・メカ

(1990年 アメリカ)
世間的には不評とされる続編だけど、個人的には大いに楽しめた。ジョー・ダンテの悪ふざけが頂点に達した怪作で、前作をもメタ的に破壊するという高度なジョークが炸裂する。無駄にストップモーションを使った特撮魂にも恐れ入った。

感想

「午後ローさんが2週連続で放送してくださった!」というのは前作のレビューにも記載したとおりだが、爆発的ヒットを記録した前作からは一転して、批評的にも興行的にも振るわなかったのが本作。

ワーナーは前作の公開直後から続編の製作を望んだものの、ジョー・ダンテが企画に興味を持てずに引き延ばしとなり、6年後に製作された頃には、観客はすっかりグレムリンへの熱が冷めていた。

ジョー・ダンテは第一作以上に本作を気に入っているらしいのだが、制作タイミングを誤って時代にフィットしなかったために成功しなかったと分析している。

前作は脚本家のクリス・コロンバス、SFXのクリス・ウェイラスら優秀なスタッフにも支えられた作品だったが、6年も経つと二人とも売れっ子になっており、コロンバスは『ホームアローン』(1990年)で、ウェイラスは『ザ・フライ2/二世誕生』(1990年)で忙しかったので、本作にはノータッチだった。

代わりに雇われた脚本家は『火星人ゴーホーム!』(1990年)のチャーリー・ハースで、よほど気が合ったのかジョー・ダンテの次回作『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』(1993年)でも組むことになるんだけど、波長の合いまくる二人が本作では好き勝手やっている。

夜中12時以降に食べさせてはいけないというモグワイのルールが提示されると、「口に入れた時間なのか、胃袋に入った時間なのか」「歯の隙間に食べカスが詰まってたらどうなるんだ」「飛行機に乗って日付変更線を越えたらどうなるんだ」と、もっともなツッコミが入ってくる。

また前作同様にケイト(フィービー・ケイツ)が悲惨な過去の独白を始めると、「はいはい、もういいよ」と言って打ち切られる。

前作をもネタにしてメタ的な笑いを取りに来ているのである。

その究極が後半の展開で、作品内の盛り上がりが最高潮に達しようとしたその瞬間、画面が乱れて映画がストップする。

『グレムリン2』を上映していた映画館にグレムリンが侵入して映画を止めてしまったが、たまたま客として来ていたハルク・ホーガンが怒鳴ると、また映画が再開されるという、『デッドプール』を20年も先取りした演出が炸裂するのである。

しかもこの場面、劇場版とVHS版で顛末が異なるという妙な凝りようとなっている。ジョー・ダンテ、絶好調である。

挙句には、エンドクレジットでグレムリンが「いつまで見てるんだ」「もう帰れ」と言って毒づいてくる。

この悪ふざけが少年期の私には刺さりまくって、何度も何度も見るほど好きだったんだけど、どうやらやりすぎたようで世間の大半からは眉を顰められたらしい。世の中、うまくいかないものだ。

また特撮好きのジョー・ダンテの趣味が炸裂し、様々な形態のグレムリンが登場することも本作の魅力となっている。

人間と同等の知能を有し眼鏡をかけて蘊蓄を垂れるグレムリン、ドラァグクイーンのようなケバケバしいグレムリン、エネルギー体となったグレムリンと、これまたやりたい放題なんだけど、個人的には翼の生えたグレムリンがツボだった。

太陽の光にあててはならないというルールをフルシカトしてニューヨークの街に飛び立つんだけど、ストップモーションで描かれたその雄姿に、私の特撮魂は震えた。

笑いも特撮も絶好調な本作の再評価を願うばかりなんだけど、邦題だけはいただけない。「新・種・誕・生」って何だ。

『アサシン 暗・殺・者』(1993年)ってのもあったし、当時のワーナーでは副題に中黒を入れるのが流行ってたんだろうか。まったくセンスを感じないけど。

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