【駄作】アイガー・サンクション_イーストウッド最低作(ネタバレなし・感想・解説)

軍隊・エージェント
軍隊・エージェント

(1975年 アメリカ)
登山場面でイーストウッドが全精力を使い果たしたのか、話が全然面白くないというか支離滅裂というか出鱈目というか、とにかく酷いことになっています。イーストウッドの作品中でもワースト作品だと思います。

© Universal Pictures

あらすじ

かつて凄腕の殺し屋であり、現在は大学で美術を教えているヘムロックが、古巣の諜報機関のトップであるドラゴンに呼び出された。諜報員が殺され機密情報が奪われたため、殺害犯を始末して欲しいとの要望であり、ヘムロックはいったんこの依頼を断ったものの、ドラゴンからの脅しと懐柔の結果、引き受けることにする。

スタッフ・キャスト

監督・主演はクリント・イーストウッド

1930年生まれ。1954年頃から俳優業を開始してユニバーサルとの契約を結んだのですが、当初鳴かず飛ばずで、1955年にはユニバーサルを解雇されました。このことでイーストウッドはユニバーサルへの悪感情を抱くようになり、売れっ子になった後の1966年に自分の製作会社であるマルパソ・プロダクションを設立した際、入社を求めてきたユニバーサルを門前払いにしています。

本作は、そんな過去の軋轢を経てイーストウッドとユニバーサルが共同で製作した作品なのですが、両者の足並みは揃っていなかったようで作品の出来が悪く、しかもイーストウッドは不出来の責任はユニバーサルにあると主張したことから、両者は再度の絶縁状態に突入しました。再び仕事をするのは、33年後の『チェンジリング』(2008年)となります。

製作は『スティング』『ジョーズ』のリチャード・D・ザナック

1934年生まれ。20世紀フォックスのトップだったダリル・F・ザナックの息子であり、その強力なコネクションから大学在学中より映画製作に関わっていました。キャリアのスタートは父の威光の強い20世紀フォックスであり、『サウンド・オブ・ミュージック』(1962年)などを手掛けて制作部門のトップに立ったのですが、『ドクター・ドリトル』(1967年)と『スター!』(1968年)の興行的・批評的失敗の責任で1970年に解雇されました。

しかしそこからの巻き返しが物凄く、拠点をユニバーサルに移すや『スティング』(1973年)、『ジョーズ』(1975年)と記録破りの大ヒット作を連打しました。

後年にはティム・バートンとの関係が深くなり、『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001年)、『ビッグ・フィッシュ』(2003年)、『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007年)、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)、『ダーク・シャドウ』(2012年)をプロデュースしています。

小説家による脚色

  • ロッド・ウィテカー:本作の原作小説『アイガー・サンクション』(1972年)を執筆したトレヴェニアンの変名。1931年生まれの小説家兼映画学者で、小説分野では覆面作家として活躍し、複数のペンネームを持っていました。学者としてはダナ大学での演劇の准教授、テキサス大学オースティン校でのラジオ・テレビ・映画学科准教授、エマーソン大学でのマス・コミュニケーション学科主任などを歴任し、本名で映画学に関する著作も出版しています。
  • ウォーレン・B・マーフィ:1933年生まれ。『デストロイヤー』シリーズ(リチャード・サピアとの共著)、『保険調査員トレース』シリーズで知られる小説家であり、1985年には『豚は太るか死ぬしかない』でエドガー賞受賞。映画の脚本家としても活動しており、『デストロイヤー』の実写化『レモ/第一の挑戦』(1985年)、『リーサル・ウェポン2』の脚色を行っています。
    ただし『リーサル・ウェポン2』はジョエル・シルバーとリチャード・ドナーが難色を示すほど血生臭い内容だったようで、ジェフリー・ボームによって別物と言えるレベルにまで書き換えられたようです。
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登場人物

諜報組織

  • ジョナサン・ヘムロック(クリント・イーストウッド):元は凄腕の殺し屋だったが、現在は大学で美術を教え、登山が趣味という堅気の生活を送っている。諜報員が殺されたことから諜報組織のトップであるドラゴンに呼び戻されて、犯人の始末を依頼される。当初は依頼を断ったが、ブラックマーケットで高価な美術品を入手していることを国税庁にタレ込むと脅しをかけられ、高額報酬と引き換えに依頼を受けた。
  • ドラゴン(セイヤー・デイヴィッド):色素異常という特異体質のために明るい光の下に出ることができず、安全な赤い照明のみに照らされた薄暗い指令室にいる。諜報員殺害の報復として元部下のヘムロックを呼び戻したが、ヘムロックとの間に信頼関係があるわけでもなく、彼を騙すような場面もある。
  • ジェマイマ・ブラウン(ヴォネッタ・マッギー):飛行機に乗っていたヘムロックを逆ナンした客室乗務員。実はドラゴンの部下で、報酬としてヘムロックに渡していた金と国税庁の念書を奪ってドラゴンとの再度の交渉に引き戻した。当初はハニートラップ要員に近かったが、その後ヘムロックに肩入れするようになる。
  • ポープ(グレゴリー・ウォルコット):ドラゴンの組織の現役諜報員だが、腕のなさがドラゴンとヘムロックの間でネタになるほど使えない奴。

登山パーティ

  • カール・フレイタッグ(ライナー・ショーン):パーティのリーダー格で、悪天候が心配される中でも登山に出ることにしたり、新ルートを提案したり、撤退プランに否定的だったりと、無謀な態度が目立つ。
  • アンドレ・マイヤー(マイケル・グリム):若い登山家で、カールに同調することが多い。
  • ジャン=ポール・モンテーニュ(ジャン=ピエール・ベルナルド):フランス人のベテラン登山家で、かつては優秀だったが登山家としてのピークは過ぎており、パーティ内でも軽んじられている。奥さんが綺麗。

その他

  • ベン・ボウマン(ジョージ・ケネディ):ヘムロックの登山仲間で、現在はリゾートホテルを経営している。アイガー北壁登頂のためのヘムロックのトレーニングと、登山時のベースキャンプでのバックアップを担当する。
  • ジョージ(ブレンダ・ヴィーナス):ネイティブアメリカンの女性で、ベンのホテルのスタッフ。ヘムロックのトレーニングを担当したが、彼女もハニートラップ要員で、ヘムロックの寝室で彼に麻酔を打った。
  • マイルズ・メロウ(ジャック・キャシディ):元は味方だったが、敵方に寝返ってヘムロックを売った過去を持つ。口ひげを生やしたおっさんだが、オネエ系のファッションと話し方をする。また、ガチムチ系のボディガードを常に引き連れている。

アイガー北壁とは

本作の舞台はアイガー北壁。「死の壁」の異名を持ち、現在までに70人以上の登山家がここで死亡したと言われています。グランドジョラス北壁、マッターホルン北壁と並んで、登頂が困難な3大北壁のひとつに数えられていますが、その困難性の原因は劇中でも描かれている通り天気と落石であり、高さ1800メートルの壁では風や嵐を真正面から受けてしまいます。

なお、2016年に『世界の果てまでイッテQ!』でイモトアヤコがアイガー登頂に成功しましたが、それはもっとも成功率の高い東山稜ルートであり、北壁ではありません。

感想

007の出来損ない

女性からモテまくるスパイに、上司との軽妙なやりとりと、本作からは明らかな007の影響が見て取れるのですが、007のような洗練さは感じられませんでした。女性に逆ナンされても相手の素性を察知できず危うく殺されそうになったり、熟睡しているうちにモノを盗まれたりと、本作のヘムロックは尋常ではない勘の悪さと学習能力のなさを露呈します。この点、ジェームズ・ボンドの場合は、ハニートラップに引っかかったフリをして、女性が本性を表した瞬間に「そんなこと知っとったわい」と反撃したり、敵方の女性を寝返らせたりと、相手よりもうわ手の切り返しをしていたんですけどね。

話の繋がりが悪い

本作の構成は、ヘムロックがボウマンの元でアイガー登頂に向けたトレーニングをする前半と、いよいよアイガー登頂を開始する後半に分割されるのですが、両パートがうまく連携していないので、活劇としての力強い流れを生み出せていません。

前半パートの敵はマイルズ。彼は同陣営にいながら敵にヘムロックを売った過去があり、そんな奴がヘムロックの前にのうのうと姿を現します。過去に因縁を持つ男が大事な作戦中に現れるということは、そこに何か重要な目的があるはずなのですが、マイルズの行動原理や背景が一切説明されないままに、彼はヘムロックによって砂漠に置き去りにされて死亡します。

マイルズの関わる前半パートのモヤモヤ感には物凄いものがあり、残された彼の謎が後半パートに影響を及ぼすものと思って見ていたのですが、驚いたことに、マイルズのエピソードが丸ごとなくなっても成立するほど後半パートは独自の展開を迎えます。

スパイものと登山もののブレンドに失敗した後半

後半パートは、ヘムロックを含む4人の登山パーティで難関アイガー北壁の登頂を目指すが、ヘムロック以外の3名のうち、いずれか一人がアメリカ工作員の殺害に関与しているので、その正体が分かり次第、アイガーで制裁(=sanction)を加えよという話になります。だからタイトルが『アイガー・サンクション』なんですね。

この基本設定から考えると、只でさえ困難なアイガー登頂に、パーティの一人が敵方の工作員でいつ背中を刺されるか分からないという緊張感も加味されるという展開が期待され、さらには登山という場特有の連帯感を共有したからこそ、敵の正体が分かっても殺しづらくなるというドラマも最後にはあるのかななんて思っていたのですが、実際にはそんな気の利いた展開はまったくありませんでした。なんと後半ではスパイものであることが完全に忘れ去られ、ただの登山映画になってしまいます。これはちょっと無茶苦茶すぎますね。

登山が終了した後に、真の黒幕からセリフによってすべての説明がなされるといういい加減な処理で映画は終了しますが、そこには何の面白みもありませんでした。

登山シーンは見応えあり

上記の通り、お話の方は全然面白くなかったのですが、救いは登山シーンに見応えがあったことです。最初に監督を依頼されたドン・シーゲルから、こんな複雑な現場は仕切れないと言って断られたというエピソードが示す通り、本作の見せ場は物凄いことになっています。

CGなどなく本当にやるしかなかった時代の作品であり、しかもクリント・イーストウッドはノースタントでこなしており、本物の迫力がビンビンに伝わってきます。これはトム・クルーズのデスウィッシュスタントがどんどん過激になっていく『ミッション:インポッシブル』シリーズにも言えるのですが、スタントマンの顔が映っちゃいけないという制約条件から解き放たれたアクション映画はアングル等の自由度が格段に上がり、「えらいものを見た」と観客に感じさせるだけの独特の臨場感が出ます。

登山の場面は、撮影も壮絶なものでした。撮影準備にあたってプロから「本当にアイガーで撮る必要はない」と警告されていたものの、イーストウッドはこれを無視して危険なアイガーでの撮影を敢行。しかも、イーストウッドはしっかりとした準備もせずに撮影に臨んだようで、撮影スタッフは多くの事故に見舞われました。結果、登山の指導をしたデヴィッド・ノウルズが死亡し、カメラマンのフランク・スタンレーは滑落事故で負傷し、撮影の後半は車椅子でこなすこととなりました。

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