ランボー/怒りの脱出【駄作】アクションとテーマが打ち消し合っている(ネタバレあり・感想・解説)

(1985年 アメリカ)
天下のキャメロンが脚本に入っているだけあって、味方に裏切られたりヒロインを亡くしたりと結構いろいろある話なんですが、勧善懲悪の単純な構図と単調なアクションがそれらをすべて消し去っています。加えて、テーマがテーマなので『コマンドー』のように笑って盛り上がれるような突き抜け方もしておらず、アクションとドラマがお互いを打ち消し合っているという、なんとも残念な状態になっています。

© Tri-Star Pictures, Inc.,

あらすじ

服役中のランボー(シルベスター・スタローン)の元にトラウトマン大佐(リチャード・クレンナ)が訪れ、ベトナムで行方不明の米兵を探す計画への参加を打診される。社会から隔絶された刑務所という環境に馴染んでいたランボーは最初渋るが、ベトナム戦争を共に戦った兵士の救出という作戦の主旨に賛同して、参加を決意する。

スタッフ

監督は『カサンドラ・クロス』のジョージ・P・コスマトス

ジョルジ・パン・コスマトスと表記されることもあるギリシア出身の映画監督。オットー・プレミンジャー監督の『栄光への脱出』(1960年)、マイケル・カコヤニス監督でアカデミー賞三部門を受賞した『その男ゾルバ』(1964年)などの助監督を務めた後に、1973年に監督デビュー。イタリアの大プロデューサー カルロ・ポンティ製作の『カサンドラ・クロス』(1976年)の脚本・監督で有名になりました。

『ランボー』の続編にコスマトスが起用された意図とは、知的背景を持った娯楽作を従前より得意としてきた点にあったものと推測されるのですが、完成した作品からは、その知的背景というものがまったく無くなってしまっています。

とはいえ、本作は当時としてはアクション映画史上最高レベルの大ヒット作となったのだから(全世界で3億ドルを荒稼ぎ)、スタローンとの黄金コンビをスタジオが放っとくはずもなく、スタローンの次回作である『コブラ』でも引き続き監督を務めています。そちらはより偏差値の低くなった作品でしたが。

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息子のパノス・コスマトスも映画監督であり、ニコラス・ケイジの振り切れた怪演で話題となった『マンディ 地獄のロード・ウォリアー』(2018年)を監督しています。

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脚本はジェームズ・キャメロン

本作の脚本家としてクレジットされているのは3名。モーリス・ジャールの義理の息子で、後に『グローリー』(1989年)なども手掛けるケヴィン・ジャールが原案、そしてスタローンと”世界の王”ジェームズ・キャメロンが脚色を行っています。

キャメロンは『ターミネーター』(1984年)の撮影が一時的に止まった際、生活費のために2本の脚本の執筆をアルバイト感覚で引き受けました。一本は『エイリアン』(1979年)の続編、もう一本は『ランボー』(1982年)の続編です。

第一作の路線をまったく引き継がない開き直ったかのような大作路線や、ミリタリー要素を全開にした作風が両作で共通しているのは、キャメロンにとって双子のような存在だったからです。

ただし、後に監督に抜擢されてキャメロンの作家性が完成作品にまで反映された『エイリアン2』とは対照的に、本作はスタローンによって大幅に書き換えられたと言われています。

完成版との最大の違いは、キャメロン版にはブリューワーというサイドキックがいたことであり、軽口の止まらない若い兵士という設定でジョン・トラボルタがキャスティング候補に挙げられていたのですが、スタローンにより全面削除。さらに、キャメロンがこだわった軍事用語の数々も、スタローンによってほぼ削除されたようです。

製作は前作に引き続きマリオ・カサール

1951年ベイルート出身。コロンビア・ピクチャーズやトライスター・ピクチャーズの下で働き、1976年にカロルコ・ピクチャーズを設立。大手が手を出さなかった『ランボー』(1982年)を大ヒットさせたことでカロルコは軌道に乗り、更なる成功を目指して作られたのが本作でした。

海外マーケットを知り尽くしていることと、金の流れの作り方がうまいことが彼の特徴であり、中東出身の独立系プロデューサーという点でメナハム・ゴーラン(イスラエル出身)と共通しているのですが、ゴーラン率いるキャノン・フィルムズの作品には常にB級臭さが付き纏っていたのとは対照的に、監督や主演にビッグネームを起用するカサールの作品には大手が製作する大作に似た雰囲気が漂い、安っぽさがない点が特徴となっています。

カロルコとマリオ・カサールの功績を振り返る

登場人物

  • ジョン・ランボー(シルヴェスター・スタローン):元グリーンベレーで、ベトナム戦争中には暗殺を専門にしていた。現在は前作で起こした騒動で服役中だが、大統領直轄で進められているベトナム戦争時行方不明者(MIA)の捜索活動への参加をトラウトマン大佐より求められた。戦場に戻ることには多少の躊躇があったものの、特典として恩赦も与えられたことから、これに参加することにした。
  • サミュエル・トラウトマン大佐(リチャード・クレンナ):ランボーの元上官。MIA捜索活動の対象地域が戦時中にランボーが活動していた地域だったことから、そのスキルの高さと併せてランボーこそが最適任者であると考えて、参加を要請した。まずランボーに捕虜収容所の写真を撮って来させ、偵察の結果、MIAの存在を確認した場合には、トラウトマンがデルタフォースを指揮して捕虜たちの救出に向かうという作戦になっていた。
ランボーとトラウトマンはこんなに仲良し
  • コー・パオ(ジュリア・ニクソン):ベトナムの堀北真希。作戦におけるランボーの現地協力者で、収容所への道案内を担当した。マードックに見捨てられてベトナム軍に捕まったランボーの脱出の手引きをしたが、その直後に「私もアメリカに連れて行って」と死亡フラグのぶっ刺さる発言をし、アクション映画のセオリーに則って敵に殺された。
こんな美人と両想いになるランボー
  • ポドフスキー中佐(スティーヴン・バーコフ):ベトナムに非公式に派遣されているソ連の軍事顧問。ベトナム軍に捕らえられたランボーに電気ショックの拷問を行った。
  • マードック(チャールズ・ネイピア):MIA捜索活動の指揮のためにワシントンから派遣されたCIA職員。今回のミッションではMIAが生存しない証拠が出てくることを願っており、ランボーが捕虜を連れていたことからランボーの救出を中止させた。スタローンが意図的にやっているのか、前作のティーズル保安官に見た目が似ている。
第一作のティーズル保安官

本作のマードック司令官

感想

ランボーの悪いイメージを形作った続編

原作『一人だけの軍隊』では、ランボーはトラウトマン大佐に頭をショットガンで吹っ飛ばされて死亡したのですが、映画版の『ランボー』(1982年)では生き残り、逮捕されました。

その続編である本作より、ランボーは原作を離れて映画独自のキャラクターへと進化を始めるのですが、上半身裸で走り回り、ウォーっと叫びながらマシンガンを乱射して一山なんぼの敵兵を殺しまくるというランボーのイメージは、本作が出発点となっています。

これは、『ランボー』の話をする時の悲しいほどの認識のズレを生じさせた原因ともなっています。

映画ファンにとって『ランボー』とは尽くした祖国から厄介者扱いされた兵士の悲しいドラマであるのに対して、一般の人からはバカバカしいアクションでしょと一刀両断にされてしまう。

それほど第一作の印象は薄く、本作の印象が突出しているということなのですが、ランボーというキャラにとってバカバカしいマッチョヒーローとしてしか認識されていないことは不幸のような気がします。

第一作でランボーは人命を重視して一人も人を殺していないことなど(安全ベルトを外したためにヘリから転落死したガルトはノーカウントとして)、多くの人は知りません。

うぉ~!は本作から

派手だがメリハリのないアクション

ラストで破壊するための町を建設するなど第一作も決して安い映画ではありませんでしたが、続編の本作では製作費が3倍の4400万ドルに爆上げされています。

これがどれだけ異常な金額かと言うと、シュワルツェネッガーが破壊の限りを尽くした『コマンドー』(1985年)が1000万ドル、リプリーが宇宙のランボーと化した『エイリアン2』(1986年)が1850万ドル、世界的な大ヒット作『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』(1983年)が3250万ドルですから、当時の標準的な娯楽作を軽く凌ぐ金額となっています。

増額した製作費はすべて火薬代とガソリン代に使ったんじゃないのというほどの爆破の連続となっており、本作ではかつてないほどド派手なアクションが繰り広げられるのですが、そこら中で景気よく火柱が上がっているだけで、アクションに必要なスリルや興奮は宿っていません。

ただ派手なだけのアクションなら『コマンドー』(1985年)と同じじゃないかと思うし、実際、『コマンドー』の監督マーク・L・レスターは公開前の本作のフッテージを見て、「うちも負けてらんねぇ」と言ってアクションをより大規模にしていったという逸話もあります。

ただし、『コマンドー』はシュワルツェネッガーが離陸中の旅客機から生身で飛び降りたり、中に居る人ごと電話ボックスを投げ飛ばしたりといった前代未聞の見せ場があって、その先に銃撃と爆破があるという構成になっていたので、あれはあれで異なった見せ場を組み合わせて単調な印象を与えないという工夫ができていました。

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一方、本作は製作費に物を言わせて最初から最後までド派手な見せ場しかないので、メリハリというものがありません。せっかくの資本を間違った使い方をしてしまった悪しき例と言えるのではないでしょうか。

ロン毛の方がランボー

角刈りの方がコマンドー
©20th Century Fox

社会的意義のなさ

テーマと娯楽が見事なバランスで一致していた前作では、ランボーとティーズル保安官双方に理解可能な背景があり、一応の悪役とされているティーズル側にも街の治安を守るという大義があって、どちらが悪いわけでもなく戦闘が始まってしまったという構図自体に深い意義がありました。

他方、本作はMIA問題という当時としてはかなり重い社会的テーマを扱いながらも、冷戦構造に当てはめて勧善懲悪の構図を作ってしまったために、掲げたテーマと実際にやっていることが乖離したような印象を受けました。

敵方には何の背景も思想もなく、純粋悪でしかないソ連人将校と、人格すら持たされていないその他大勢のベトナム兵がわらわらと押し寄せて来て、ランボーはそれを捌くのみという戦闘の不毛さ。

加えて、ランボーほど強い兵士がいるんなら、MIA問題なんて簡単に解決しちゃうんじゃないの。それどころか、ベトナム戦争には勝てたはずなんじゃないのと、遠い世界での絵空事を見せられているような気分にさせられました。

中盤での転調がうまくいっていない

本作はミッションものとしてスタートするのですが、捕虜を連れていたためにランボーはCIAに見捨てられてベトナム軍に拘束され、さらにはベトナムと影で繋がっているソ連軍までが現れて、ランボーはベトナム軍、ソ連軍、身内の3つの敵と戦わねばならなくなります。

ただし、このドラマティックな展開がまったくうまく機能していません。

まずCIAの裏切りについては、トラウトマンをはじめとしてランボーが捕虜を連れている様を目撃した兵士が大勢いる中で、今更事態の隠蔽なんてできないだろというシチュエーションなので、マードックの判断に説得力なさすぎでした。

また、ランボーを見捨てたことをトラウトマンに詰め寄られたマードックが言う、MIAを取り戻すためにはベトナム政府に大金を支払うか、もう一度戦争をするかしかないが、どちらにしても国益が傷つくという理屈も何だか的を射ていなくて、大義と大義のぶつかり合いという前作のような構図を作り損ねていました。

次にソ連軍ですが、これは完全に演出上の見せ方をミスっています。

彼らが初登場する場面は「なぜベトナムにソ連軍が」と観客にとってのサプライズとして機能するような見せ方であるべきだったのに、思いのほかサラっと見せてしまうので本来あるべき感情が伴っていませんでした。

いざランボーとの戦闘が始まった後にも、ベトナム兵との装備や能力の違いというものを的確に設定できていないために、ランボーがより厄介な敵に攻撃されているという緊張感の醸成に失敗しています。

≪ランボーシリーズ≫
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