【良作】ポストマン(1997年)_まがい物vsまがい物(ネタバレあり・感想・解説)

SF・ファンタジー
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(1997年 アメリカ)
世間的には失敗作として認識されているが、実際見た人の評価はさほど悪くないという不思議な映画。しがない男のホラ話が独り歩きし、やがて世界を変えるという物語は面白いと思う。

関係者みんなが辛い思いをした

前回投稿の『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』から2か月以上のご無沙汰だが、久しぶりの記事が28年も前の失敗作『ポストマン』(1997年)。我ながら狂ったチョイスだと思う。

1985年に出版されたデヴィッド・ブリンの終末ものSF小説が原作であり、小説の方はジョン・W・キャンベル記念賞とローカス賞SF小説部門を受賞、ネビュラ賞長篇小説部門でノミネートという高評価を獲得した。

出版直後にワーナーブラザーズが映画化権を取得し、1990年代初頭に企画がスタート。監督:ロン・ハワード、脚本:エリック・ロス、主演:トム・ハンクスが当初布陣だった。

が、企画段階でケビン・コスナーが関心を持ち、ワーナーはコスナー起用の方針を固めた。

現在の我々からすると「なんて狂った決断なんだ」と思うところだが、当時のコスナーは『ロビン・フッド』(1991年)や『ボディガード』(1992年)の大ヒットでワーナーを大儲けさせ、また私財を投じて製作した『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990年)でアカデミー賞受賞という、世界最強の映画人だったのだ。

加えて、原作者デヴィッド・ブリン夫妻が『フィールド・オブ・ドリームス』(1989年)でのコスナーの演技に感銘を受けており、彼こそがポストマンの核となる特徴をすべて体現していると評価したこともキャスティングの追い風となった。

かくして出演契約にサインしたコスナーはエリック・ロスの脚本を破棄し、当時気鋭の脚本家だったブライアン・ヘルゲランドを雇って新しい脚本を書かせた。

後にアカデミー賞6回ノミネート、1回受賞することとなる大脚本家ロスの脚本を捨てるとは凄い判断だが、ロスの脚本は原作の道徳的テーマの真逆をいく内容だったらしく、原作のメッセージを温存したいコスナーの方針とは根本から合わなかった。

他方、解雇されたエリック・ロス、トム・ハンクスは、ワーナーが映画化権を取得したっきり持て余していた『フォレスト・ガンプ 一期一会』(1994年)の企画と共にパラマウントへと移っていった。

『フォレスト・ガンプ』は、当初パラマウントが持っていたエグゼクティブ・デシジョン』(1996年)とのトレードだったと言われている。

1994年に公開された『フォレスト・ガンプ 一期一会』は歴代3位の興行成績(当時)と、アカデミー賞6部門に輝く特大ホームランとなった。

ある時点でその企画とメンバーをすべて手中にしていたにも関わらず、まるっとパラマウントに譲ってしまったワーナーは泣くに泣けなかったことだろう。

そしてコスナーも巨大な機会損失を被った。

ソニー配給のアクション大作『エアフォース・ワン』(1997年)の主演は、当初コスナーにオファーされていたのだが、本作のスケジュールを優先したためにそちらは断らざるを得なかった。

ハリソン・フォード主演で製作された同作は全米で年間3位という猛烈な興行成績を上げたが、スターとしての地位低下に悩んでいたコスナーからすれば、この特大ホームランを逃したのはかなりの痛手だったと思う。

実際、本作以降は大作に関われなくなっており、『エアフォース・ワン』の主演を逃したことでコスナーのスター生命がより縮まったという可能性は否めない。

この通り関係者が多くのものを失いながら製作された本作であるが、その努力は報われなかった。

製作費8千万ドルに対して興行成績は3千万ドル。これはアメリカ国内のみならず全世界の合計数字なので、見紛う事なき大赤字映画だと言える。

コスナーの失敗作と言えば『ウォーターワールド』(1995年)が有名だが、期待値にこそ届かなかったものの興行的にはさほど悪くなかった同作と比較すると、金を払って見た人間が地球上にほとんどいないと言える本作の方が傷は深い。

また作品評も芳しいものではなく、『スピード2』(1997年)『バットマン&ロビン Mr.フリーズの逆襲』(1997年)『沈黙の断崖』(1997年)といった錚々たるメンツを押しのけてゴールデンラズベリー賞を5部門で受賞(俳優、監督、作品、脚本、オリジナルソング)、その年を代表する駄作認定を受けたのだった。

脚本家のブライアン・ヘルゲランドは、ラジー賞とアカデミー賞(そちらは『L.A.コンフィデンシャル』にて)を同年に受賞するという史上初の珍事を巻き起こした。

まがい物vsまがい物

と、コスナーのキャリアのとどめとなった作品として認識されている本作だが、実際に見たという人からの評判はさほど悪くない。

周囲の映画好き達に聞いても「意外と悪くない」「てか面白いだろ」という評判しか聞こえてこないし、私自身も20年ほど前にDVDを購入し、最近購入したBlu-rayで見返しても、悪くない映画だと感じた。傑作の類ではないにせよ、これより酷いヒット作はいくらでもあるだろう。

態度が相当悪かったと言われているコスナーへの人物評が、公開当時の本作の悪評を生み出し、広まった悪評のために鑑賞を取りやめた人達が、見てもいない作品の悪口を言っていただけではないか。

「SNSでテレビ番組を炎上させるのは見ていない人達」という分析もあるが、映画の悪評もまた、見ていない人達が広めるものなのだ。

舞台は核戦争後の未来。

文化も文明も中世レベルにまで退行し、人々は小さなコミュニティを営みつつ細々と生活している世界で、主人公(ケビン・コスナー)はしがない旅芸人として点在するコミュニティを回っては、その日の晩飯にありついていた。

なんやかんやあってホルニストという民兵組織に捕まり、身ぐるみ剥がされ相棒兼移動手段でもあったラバまでを失った主人公は、偶然見つけた制服を着て郵便配達人になりすまし、あるコミュニティに入り込む。

晩飯と寝床確保のための口から出まかせではあったが、「新政権が樹立した」「郵便制度が復活した」という話は想定外にウケまくり、これはいい飯のタネだとして主人公が郵便配達のフリをし続ける中で、本当に情報網が構築されていくというのが、ザックリとしたあらすじ。

希望を求める人々の思いが、まがい物を本物にするという物語であり、ホラ話が独り歩きする寓話的な面白さと、情報を求める人々という深い文明考が、このドラマの醍醐味だと言える。

監督兼主演のコスナーはその本質を的確に捉えていたらしく、『ウォーターワールド』(1995年)のようなヒロイズムは控えめに、主人公を情けない男として描く。

物語の中盤、主人公は敵の銃弾を受けて倒れるのだが、死にはしない程度の傷であるにも拘らず痛い痛いと冬中騒ぎまくり、小屋にずっと引きこもっては気丈なヒロイン(オリヴィア・ウィリアムズ)のご厄介になる。

完全なダメ男なのだ。

そんな主人公と対峙することとなるのは、ホルニストと呼ばれる民兵組織を率いるベスレヘム将軍。

将軍とは言うものの軍隊経験があるわけでもなく、核戦争前にはコピー機のセールスマンをしていた人物らしい。こちらもまた、デタラメな世界でいつの間にか祭り上げられていたまがい物なのである。

ベスレヘム将軍に扮するのは、個人的にはサスペンスの傑作だと思っている『追いつめられて』(1987年)でもコスナーと共演したウィル・パットン。

そしてウィル・パットンと言えば、翌年の『アルマゲドン』(1998年)においてブルース・ウィリスと共に宇宙に飛び立つ石油掘りを演じた人物。

命がけのミッションを前に、長年疎遠にしてきた妻子に会いに行くも「あの人はセールスマンよ」と言われ玄関先で塩撒き追い返される。

が、後日テレビに映っているところを見られると「あのセールスマンはあなたのパパよ」という元妻の豪快な手のひら返しを喰らった御仁である。

2年連続でセールスマンと言われるキャラクターに扮したところを見るにつけ、アメリカ人にとってウィル・パットンという人物は実に凡庸な見た目をしているのであろう。

そんな俳優を起用しているあたりにコスナーのキャスティング意図が見えてくる。

嘘で成り上がってきた男二人が殴り合うクライマックスの盛り上がりのなさはどうだろう。戦闘のプロではないおっさん二人のどつきあいは、まぁグダグダ。

ここを劇的に描かなかったことが、コスナー監督の覚悟だったのだろう。

『SF核戦争後の未来スレッズ』からの影響

ネットワークの回復によって国家という枠組みがよみがえるという本作の物語を見ていると、核戦争後のネットワークの寸断によって文明が退行するという『SF核戦争後の世界スレッズ』(1984年)を思い出した。

『スレッズ』はBBC制作のテレビドラマだったが、そのディレクターであるミック・ジャクソンは、後にハリウッドに渡って『ボディガード』(1992年)『ボルケーノ』(1997年)を監督している。

『ボディガード』繋がりでコスナーはミック・ジャクソンの知見を本作に取り入れたような気がしないでもない。

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