(1994年 アメリカ)
あまり顧みられることのないヴァンダムのSFだが、あらためて見るとちゃんとSFしているし、タイムリープものの要はしっかり押さえられていて面白い。ヴァンダムが出ているからといって侮られているんじゃないか。

10代の思い出に残らなかったヴァンダム作品
『ビバリーヒルズ・コップ』、『ロボコップ』、『ゾンビコップ』、『エイリアン・コップ』、『地獄のマッドコップ』etc…、かつての地上波洋画劇場では『〇〇コップ』が花形だった。
そんな中、日曜洋画劇場で放送されたのが本作『タイムコップ』。
“コップ”の上に”タイム”が付く、このワクワク感は何だろう。
しかも主演はヴァンダム、もはやご祝儀のような映画だ。
テレビの前に正座で日曜夜を迎えた私だったが、なんだか弾けきらない内容に釈然としないものを覚え、本作とのお付き合いはそれっきりになっていた
時空警察ヴァンダムが様々な時代で暴力の祭典を繰り広げる話かと思いきや、狭い舞台で数人があたふたするだけの内容で、あまりにこじんまりとしすぎていたのだ。
私だけではない多くのヴァンダムファンの失望を買ったのか、日本国内における本作の扱いは他のヴァンダム作品よりも軽いもので、地上波での放送頻度は低く(私は日曜洋画劇場での初回放送しか見たことがない)、またソフトも2000年前後に出たDVDの再販が繰り返されているのみだ。
あるいは、製作会社ラルゴ・エンターテイメントが2001年に解散したため権利関係が散り散りになっているのかもしれないが、熱意をもってソフト化をしようと思う人も、それを後押しする世論もないあたりが、本作の立ち位置を物語っている。
そんなわけで何年も思い出すこともなかったのだが、最近見返した『12モンキーズ』(1995年)があまりに素晴らしくてあらためて感銘を受けたことから、「90年代」「アクションスター主演」「タイムリープもの」の連想ゲームで、ふと私の脳裏によぎったのが本作だった。
Amazonで中古DVDが700円で叩き売られており、入手は驚くほど簡単だった。
かくして1996年の日曜洋画劇場以来、実に29年ぶりの鑑賞となったのだが、覚えているよりもずっと良い出来だったので驚いた。
映画の感想とは期待値と満足度のバランスで決まるとも言われている。
要らん期待をせずに見ると、その映画本来の良さが見えてくるものだ。
今見るとSFアクションの佳作
冒頭の舞台は南北戦争下の南部。
馬で移動する南軍兵士たちの前にロングコート姿の男が立ち塞がり、ひとしきりのウザ絡み後にサブマシンガンで兵士たちを殺害。兵士たちが運んでいた金塊を奪っていく。
場面は移って1994年(公開当時の現代)のワシントンDC。
上院特別委員会に議員らが集められ、えらい早口の司法省役人より、タイムマシンが発明されてしまったので、大金をかけてタイムパトロールをしないと大変なことになるよとのブリーフィングがなされる。
『ザ・フライ』(1986年)や『インビジブル』(2000年)でも感じたことだが、物語開始時点ですでにキーテクノロジーは開発済というシナリオには燃えるものがありますな。
また行政側の反応を描くことでSFガジェットの現実味もぐっと増す。
これほど素晴らしい導入部はメジャー大作でもめったに見られない。ヴァンダム作品としては上出来すぎる完成度である。
ヴァンダム×ハイアムズのコンビ第一作目
次の場面ではようやっとヴァンダムの登場だが、ここから映画の格式は2つか3つほど下がる。
ショッピングモールで美人の奥さんと待ち合わせ、デートのついでにひったくりを撃退、そして家では昼間っから奥さんを抱き、「僕の人生は充実しまくってます」という顔をするヴァンダム。
しかしそんな幸せなど、ものの数分でぶっ壊されるのがB級アクションの常であり、謎の武装集団に襲われてヴァンダムは負傷、マイホームは木っ端みじんに吹き飛ばされ、奥さんも爆発に巻き込まれて死亡する。
10年後、さっきまでのリア充ぶりとは打って変わってやさぐれ果てたヴァンダムは、時空管理局のベテラン捜査官として活動している。
過去に遡って奥さんを救いたいという思いと、歴史の改変をやってはいけないという職業倫理の狭間で苦しんでいるのかと思いきや、その辺りは案外消化できている模様。
当時のヴァンダムの演技力に配慮したピーター・ハイアムズ監督の演出力が光る。
『サドンデス』(1995年)、『マキシマム・ソルジャー』(2013年)で3度コンビを組み、また息子のジョン・ハイアムズは『ユニバーサル・ソルジャー:リジェネレーション』(2009年)の監督を務めるなど、親子二代でのお付き合いとなるハイアムズはダテではない。
ヴァンダムがリハビリで入院した際、唯一お見舞いに来てくれたのがハイアムズだったという心温まるエピソードもあるほど、二人の関係は深いのだ。
ヴァンダムが筋肉を見せたいと言えば、パンイチで眠るヴァンダムが暴漢に襲われる場面を作り、ヴァンダムが得意の開脚を見せたいと言えば、アクションにその動きを織り込む。
「開脚なんてせんでもええやろ」と思う場面でもこれをねじ込んでくるあたりに、ヴァンダムからの熱烈な信頼を獲得した理由が透けて見えてくる。
ピーター・ハイアムズは1970年代から活躍するベテラン監督であり、初期には『カプリコン1』(1977年)や『アウトランド』(1981年)と言った骨太な娯楽作をものにしていた。
また映画史上の傑作『2001年宇宙の旅』(1968年)の続編『2010年』(1984年)を製作するという、誰がやってもケチが付くだろという難作にも果敢に挑み、「意外と好き」というファン層を形成した実績も持つ。
ただしどんなジャンルでもこなせる器用さが仇となり、そのうち『エンド・オブ・デイズ』(1999年)や『サウンド・オブ・サンダー』(2005年)といった難しい現場に配置され、「なんでもいいのでとりあえず完成させる」という任務に愚直に向き合っているうち、すっかりB級監督ぶりが板についてしまったが、本来は腕の良い映画監督である。
見応えあるSF陰謀劇
話を映画に戻す。
1930年代のウォール街で不正な株式取得が行われていることを掴んだヴァンダムだが、現場にいたのは時空管理局の元相棒だった。
逮捕された元相棒は、その足で時空捜査局内に設けられた簡易裁判所へと連行され、弁護士すら付けられない数十秒の超簡単な審議の後に死刑を言い渡され、そして退廷の足でそのまま死刑が執行されるという超速解決が図られる。
本作公開から二十数年後、『水曜日のダウンタウン』で芸人はどこまでダメドッキリに乗っかれるのかという検証があった。
バイキング小峠が窃盗疑惑をかけられた末に死刑判決を受けるという内容だったが、あのドッキリは本作の影響を受けたものではないかと思う。もはやコントである。
再び話を映画に戻そう。
やけくそになった元相棒の言葉から、これが組織的な犯行ではないかとの疑念を持つに至るヴァンダム。
陰謀の黒幕は時空管理局の創設メンバーであり、いまだその頂点に立つマッコム上院議員(ロン・シルヴァー)だ。
大統領の座を狙うマッコムは、過去に遡って有望企業への先行投資を行い、来る大統領選に向けた選挙資金集めをしていたのだ。
資金集めのための陰謀という辺りが妙にチマチマしているが、ド派手な不正ではなく比較的小さな陰謀という辺りに現実味も覚える。
タイムスリップができるとして、誰もが考えうる不正がベンチャー企業への先行投資だからだ。90年代に戻ってAmazonやGoogleの株式を大量取得できるとすれば、誰だってそのチャンスに乗るだろう。
実のところヴァンダムはマッコムのことなんて割とどうでもいいのであるが、一方何かを掴まれたと焦ったマッコムの標的にされて、否応なしに反撃せざるを得なくなる。
この辺りの主人公の動機付けもよくできている。
そうこうする内、10年前のマイホーム襲撃は過去に遡ってのマッコムの口封じだと分かったヴァンダムは、10年前の自分と組んでマッコム軍団を撃退しようとすることがクライマックスとなる。
どういう訳だか知らないが、90年代前半は嵐の夜にクライマックスを描くことが流行っていた(『パトリオット・ゲーム』、『ユニバーサル・ソルジャー』etc…)。
画面が見辛いったらありゃしないのでこのシチュエーションは好きではないのだが、それでも二人のヴァンダムが戦う場面にはお得感があり、またこちらには身重の妻がいるという不安定要素もあって、最後までハラハラさせられた。
無事に襲撃を跳ねのけ一家で10年後を迎えるというクライマックスは予定調和ではあるが、額面通りには感動させてくれるので、テンプレに当てはめてうまくまとめたなと感心した。
この映画、タイムリープものとしては実によくできているのである。
そしてあらためて本作を見て気付いたのは『マイノリティ・リポート』(2002年)との共通点の多さである。
ワシントンDCにSFマインド溢れる捜査機関が設置されていること、主人公は家族を失っていること、捜査機関のトップが陰謀の黒幕であること、主人公が口封じに遭うことなど、概要はほぼ共通している。
一人帰宅した主人公が暗い部屋でホームビデオを見て涙する場面なんて、まんまではないか。
その他、組織内のエンジニアはオタク気質のロン毛であったり、VR技術を用いた娯楽が登場したりと、細部も似通っている。
断言しよう。スピルバーグとトム・クルーズは本作を見て、盗めるところは盗んでいると。
タイムマシンの謎
そんなわけでよくできたと言える本作であるが、一方でサッパリだったのがタイムマシンの仕組みである。
それは中盤になって登場するのだが、小型宇宙船を思わせる三角形のかっこいいデザインで、背部にはジェットエンジンが搭載されており、レールの上を猛スピードで滑走し、おそらく一定速度に達したところでタイムワープをする。
ここまでは何が起こってるのか何となくわかるのだが、問題はそのあとだ。
タイムワープ後に目的地に吐き出されるのは搭乗者だけで、ビークルは消えてしまう。時空の隙間のようなところで待機でもしているのだろうか?
またさっきまで座った姿勢だった搭乗者は、目的地では立った姿勢で吐き出される。どこかで降りたとした思えない。
そして搭乗者が帰還する時には、腕に付けたモジュールのスイッチを押す。
すると元の時代にビークルに乗って帰還するのだが、その際には発進時とは逆向きになってレールを滑走する。
どこで向きを変えたのだろう?
タイムマシンの構造だけはよく分からんかった。

