【凡作】マトリックス リローデッド_下品なロマンス部分(ネタバレあり・感想・解説)

異世界

(2003年 アメリカ)
コストを度外視して作られたアクションは見ていて楽しかったのですが、ストーリーとアクションが見事に遊離した歪な作りや、ザイオンの平凡さ、ネオとトリニティのロマンスのウザさなど、はっきりとした欠点も存在しているので、トータルでは良い出来ではありませんでした。

作品解説

『マトリックス』(1999年)の続編

前作『マトリックス』(1999年)は全世界で4億6351万ドルを稼ぐ大ヒットになったのみならず、文化的な影響力も強かったために監督したウォシャウスキー兄弟への注目も集まり、「マトリックスの続編を見たい」「ウォシャウスキー兄弟の新作を見たい」という要望が公開直後より上がっていました。

一時期はプリクェルになるという噂もあったのですが、結局は続編2部作が同時製作されることになり、2001年3月1日から2002年8月21日という長期にわたって撮影が行われました。

R指定作品で当時最大のヒット

本作は2003年5月15日に全米公開され、週末だけで1億3576万ドルも稼ぐという大ヒットとなりました。これは『スパイダーマン』(2002年)の持つ初動記録を塗り替え、公開時は歴代No.1の記録でした。

全米トータルグロスは2億8100万ドルで、R指定作品として当時最大のヒット作だった『ターミネーター2』(1991年)の2億588万ドルを上回りました。

全世界トータルグロスは7億3500万ドルで、2003年の年間第3位という大ヒットとなりました(1位は『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』、2位は『ファインディング・ニモ』)

感想

見所はコスト度外視のアクション

6300万ドルという大作としては控えめな予算で製作された前作からは打って変わって、本作の製作費は1億5000万ドルと約2.4倍に増加。これだけ金をかけた映画なので、アクションは質・量ともにはっきりと向上しています。

また、二作目ともなると俳優たちもマーシャルアーツの殺陣に馴染んできており、あまり上手ではなかった前作とは打って変わって、かなり良い身のこなしを披露してくれます。

公開当時話題になった100人スミスvsネオの大乱闘は映像のすごさも然ることながら、よくこんな荒唐無稽な発想に流れをつけて具体化したものだと感動したし、メロヴィンジアンの古城での武器を用いた戦闘も様式美と激しさが同居しており、なかなかの見応えでした。

そして白眉は人間vsエージェントvsエグザイル(消去を逃れた古いプログラム)の三つ巴のカーチェイスであり、この撮影のためだけに2.5kmもの道路を造成したという尋常ではない気合の入り方もあって、壮絶な見せ場として目を楽しませてくれます。

ストーリーとアクションの統一感のなさ

ただし、こうした素晴らしいアクションが存在しているにもかかわらず映画全体は退屈。

なぜなら前作では混然一体のものとして流れていたストーリーとアクションが今回は見事なまでに遊離しており、ストーリーはもっぱら長々としたセリフのみで進んでいき、アクションが始まると話の進行がピタっと止まってしまうのです。

例えばネオと預言者(グロリア・フォスター)が公園で会見する場面。その直前には預言者のボディガードであるセラフ(コリン・チョウ)とネオが手合わせを行って達人同士のカンフーバトルを見せてくれるのですが、預言者が出てくると画面の動きがピタっと止まって会話劇のみとなります。

この会話が半分くらい何言ってるのか分からないので聞いていて苦痛なのですが、ようやくこれが終わってくれるとすかさずエージェント・スミスが現れ、前作からの因縁であるネオとのリターンマッチが開始されます。

全編とにかくこんな感じで、話している場面と動いている場面が互い違いに並んでいるだけという状態となっています。これではストーリーの大きなうねりというものを生み出せません。

拡張された世界・キャラクターに魅力がない

前作ではセリフのみで語られていた人類最後の砦であるザイオンがついに描かれ、それに伴ってキャラクターも大幅に増加しているのですが、これら拡張部分にことごとく魅力がないこともマイナスでした。

ザイオンの見てくれはかなり凡庸なもので驚きがありません。サブカルからのサンプリングに素晴らしいセンスを見せた前作とは打って変わって、SF映画でよくある未来像でしかないので拍子抜けでした。評議会があって、軍隊があってというザイオンの組織体も『スタートレック』っぽくて意外性がなかったし。

増員されたキャラクターも皆一様に魅力を欠いており、前作にてサイファー(ジョー・パントリアーノ)に惨殺されたネブカドネザル号クルーの穴を埋められる新キャラが一人もいなかったのも辛かったです。

結果、世界観は大幅に拡張されたにもかかわらず、ネオ、トリニティ、モーフィアスの3人だけで話を回すという妙にこじんまりとした映画になっています。

ネオとトリニティのロマンスが下品

本作ではネオとトリニティのロマンスがかなり重要な部分を担っており、クライマックスでの決断にまで影響を及ぼすのですが、ウォシャウスキー兄弟がはっきりとその描写を苦手としていたために変な感じになっています。

エレベーターで二人っきりになるや濃厚なキスを始めたり、露出度高めの服を着てきたトリニティにネオが欲情したりと、いちいち下品なのです。二人の関係性はもっと上品かつ神聖なものとして描いて欲しかったのですが、ただお盛んなだけという。

加えて、二人のラブシーンとザイオンのレイヴシーンが編集で組み合わされており、これを人間性の象徴として扱っているようなのですが、ただただダサかったのでやめて欲しかったですね。

意外性の連続なのに驚きが少ない

そんなわけであまりうまく流れてはいなかったものの、それでもストーリー自体はなかなか興味深いものでした。

機械側はかつてない規模でのザイオン攻撃に向けて動き出しており、攻撃部隊が到着するのがなんと72時間後。ザイオンの司令部はリアルな世界での防衛体制を固めようとするのですが、一方でネオとモーフィアスはバーチャル世界で解決の糸口を探そうとします。

で、マトリックスの設計者と会見したネオは、救世主やザイオンといった抵抗勢力すら、マトリックスという支配のシステムの外郭部分を為す「企画された」部位であることを知らされます。

機械にとって不合理性を孕んだ人間のメンタルのコントロールは難しく、どうしてもコントロールできない部分の行きつく先をザイオンという受け皿に流していた。そしてコントロール不能部分があまりに大きくなってくると救世主という不合理の塊が生まれる仕組みにしており、これが表れると設計者はマトリックスをリセットしてきたというわけです。

ザイオンが認識しているよりもマトリックスの歴史は遥かに古く、ネオが6代目の救世主であることも明かされます。前作にてモーフィアスが「現在は2199年頃」と発言していたのですが、過去にマトリックスが5度もリセットされてきたと考えると、現在は3199年頃と推測されます。

前作の希望に溢れたラストを根底から覆すこうした新設定は興味深かったのですが、問題はやはり語り口のまずさであり、結構すごいことを言っているのに全然ピンとこないわけです。

監督が照れてしまっているのか小難しいセリフで胡麻化そうとするのですが、面白いアイデアだし、ストーリーの起伏にも貢献する意外性もあるのだからもっと分かりやすく説明すればよかったのに。