【凡作】エクソシスト ビギニング_ゴア描写に特化した前日譚(ネタバレなし・感想・解説)

サスペンス・ホラー
サスペンス・ホラー

(2005年 アメリカ)
ホラーの名作『エクソシスト』(1973年)の前日譚だけど、ゴア描写に特化してドラマ部分はかなり置き去りになっている。見て損をするレベルではないが、見なかったからと言って損もしない。そういう凡作。

作品解説

いろいろ大変だったエクソシスト第四弾

『エクソシスト』の映画化権を持つモーガン・クリーク・プロダクションは、1997年に前日譚の製作に着手し、『ターミネーター2』(1991年)のウィリアム・ウィッシャーに脚本を書かせた。

1999年、『13日の金曜日 PART6 ジェイソンは生きていた!』(1986年)のトム・マクローリン監督が製作に入ったが、脚本の問題で降板。

2001年10月、『D.N.A./ドクター・モローの島』(1996年)のジョン・フランケンハイマーが監督に就任し、軍事史家で作家のケイレブ・カーが脚本を改訂。メリン神父役にはリーアム・ニーソンがキャスティングされた。

しかしフランケンハイマーは健康状態の悪化により降板し(2002年7月に逝去)、代わりに『キャット・ピープル』(1981年)のポール・シュレイダーが監督に就任。

リーアム・ニーソンは時間切れで降板し、スウェーデン人のステラン・スカルスガルドが代役を引き受けた。当初予算のほぼ2倍の大作となって2002年11月に撮影を開始。

2003年初旬にシュレイダーがファーストカットを製作してスタジオで上映したが、ホラーなのに怖くない内容にスタジオは不満を持ち、再撮影の指示を出した。

しかしシュレイダーがこの判断に不服だったために両者の対立は激しいものとなり、2003年8月、スタジオはシュレイダーの解雇と製作途中の映画の破棄を決定。

2003年10月、『ディープ・ブルー』(1999年)のレニー・ハーリンが新監督に就任。『ソードフィッシュ』(2001年)のスキップ・ウッズに新たな脚本を書かせ、それをテレビ界で活躍するアレクシ・ホーリーにリライトさせた。

2003年の冬から再撮影が開始されたが、主演のスカルスガルド以外の俳優は総入れ替えという凄まじいことになっていた。この撮り直しにかかった費用は3500万ドルで、新作を一本撮っているようなものだった。

こうして大変な思いをして製作された作品だったが、興行的にも批評的にも散々で、大赤字垂れ流しの映画となった。

少しでも回収したいモーガン・クリークは、一度はボツにしたポール・シュレイダー版を復活させて劇場公開するという決定を下す。ってどんなんやねん笑(『ドミニオン』(2005年)の記事へと続く)

感想

『ドミニオン』との見比べ

作品自体の存在は劇場公開時から知っていたのだが、あまりの作品評の悪さから今まで見てこなかった。

そんなものをなぜ今になって見たのかというと、本作の兄にあたる『ドミニオン』(2005年)の配信がNetflixで始まったから。

本作と『ドミニオン』の関係は上記「作品解説」をご確認いただくこととして、同一素材に対して二人の監督が別々のアプローチで製作した作品にはかねてより興味があった。

しかし日本において『ドミニオン』は劇場公開どころかソフト化すらされてこなかったので、両作を見比べる機会がなかった。それがついに動画配信に乗ったということで、見比べができるようになったのである。

同日に2作品を鑑賞したが、同じ題材、同じセットを用いた作品であるにも関わらず、ここまで違う作品になるのかと驚いた。ほぼ別モノである。

『ドミニオン』の悪魔は人間の疑心暗鬼に漬け込んで集団を崩壊させる知能犯であるのに対して、本作の悪魔は直接的に怪奇現象を引き起こし、その度に血生臭い光景が広がるというわんぱく系。

オリジナルの『エクソシスト』(1973年)は、信仰を失いかけているカラス神父の内面の物語と、悪魔に憑りつかれた少女リーガンの派手なゴア描写が組み合わされた作品だったが、そのうち前者の要素を引き継いだのが『ドミニオン』、後者の要素を引き継いだのが本作『ビギニング』だと言える。

そういった意味ではどちらも『エクソシスト』の前日譚足りえており、世評ほど悪い作品だとは感じなかった。

同時にどちらも欠けた作品であるとも言えるので、めちゃくちゃ良いというわけでもなかったが。

ゴア描写のみを楽しむべし

舞台は1949年のケニア。

第二次世界大戦中に受けた心の傷が原因で信仰心を失い、現在は考古学者として活動するランカスター・メリン(ステラン・スカルスガルド)は、ビザンツ帝国時代の教会の発掘隊に参加する。

みなさんお察しの通り、その教会とは悪魔を封じ込めていたものであり、発掘作業によって解き放たれた悪魔との戦いが始まるというのが、ざっくりとしたあらすじ。

見せ場の連続で観客を盛り上げることを得意とするレニー・ハーリン監督は、次々とショックシーンを繰り出すことでホラー映画としてのテンポを作り上げる。

口から蝶が這い出したり、カラスがカラスの目をつついたり、少年がハイエナに嚙み殺されたり、死産した赤ん坊に蛆が群がっていたりと、なかなか容赦がない。

大手であるワーナー配給の作品でよくここまでゴア描写に振り切ったものだと感心した。

なんだけど、一本の映画としてのまとまりの悪さには如何ともしがたいものがある。

植民地の骨とう品収奪を常套手段にする英国政府、バチカンから送り込まれた若い修道士、白人を警戒する現地人など、様々な思惑が交錯する複線化された物語でありながら、各グループの行動原理などを分かりやすく提示できていない。

そのために植民地軍と地元部族との一触即発の事態も思ったほど盛り上がらず、状況がただ流れていくだけという感覚を覚えた。

また信仰を失っていたメリンが再び信仰を取り戻す過程の整理もできていないので、ドラマには大きな山場がない。

予算的にも期日的にも厳しい状態で企画を引き取ったレニー・ハーリン監督には同情するが、彼の限界が露呈した作品となっている。

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