(2001年 アメリカ)
見せ場の連続なのに手に汗握らない娯楽作の末期症状。主演のアンジェリーナ・ジョリーは体を張っているのにこの出来は不味いだろう。

11人の脚本家が入り乱れた製作現場
大味な作風を考えると簡単に作られた映画のようにも思えるが、実のところ、制作はかなり難航したようだ。
1996年に大ヒットしたゲーム『トゥームレイダー』にはハリウッド中のスタジオが注目。
激しい争奪戦の末、インディ・ジョーンズやスタートレックなど長期シリーズものに定評のあるパラマウントが映画化権を獲得し、『ダイ・ハード』(1988年)のローレンス・ゴードンと『イベント・ホライゾン』(1997年)のロイド・レヴィンがプロデューサーに就任した。
1998年3月にスタートした企画に最初に呼ばれた脚本家は『モータル・コンバット2』(1997年)をヒットさせたブレント・フリードマン。
彼の初期稿はパラマウントから支持されたが、製作費がかかりすぎるとの懸念からプロデューサーのローレンス・ゴードンはこれを却下し、両者の板挟み状態となった。
フリードマンが双方の意見を採り入れる形で書き上げた第2稿はどちらからもそっぽを向かれたと同時に、権利切れを懸念したパラマウントは『Dr.HOUSE』のサラ・B・クーパーにも並行して脚本を書かせていたが、こちらはゲーム会社から却下された。
その後、『48時間』(1982年)や『ダイ・ハード』(1988年)などで知られるアクション映画界の重鎮にして、『ストリート・ファイター』(1994年)でゲームの映画化企画にも挑んだ経験のあるベテラン脚本家スティーヴン・E・デ・スーザが雇われた。
アレキサンダー大王をモチーフにしたデ・スーザ版の脚本は好評で、このバージョンを映画化すべく『三銃士』(1993年)のスティーヴン・へレク監督が雇われた。
が、へレクはプロデューサー達とも懇意にしているデ・スーザのクリエイティブ面での意見が強くなりすぎることを懸念し、新たな脚本家として新人のパトリック・マセットとジョン・ジンマンを雇うことにした。
前任者とは打って変わって映画界における実績らしい実績のない二人だったが、脚本をどう改変されても文句を言わないという条件付きで起用されたらしい。
デ・スーザ版のアレキサンダー大王にアキレスの盾の要素も加えた二人の脚本は大いに評価されたが、決定稿とするにはあと一歩との判断から、パラマウントとは『フェイス/オフ』(1997年)で仕事をしたマイク・ワーブとマイケル・コラーリーが雇われた。
ワーブとコラーリーは見せ場の強化を図ったが、待ちくたびれた監督のへレクは、マーク・ウォルバーグ主演のドラマ『ロック・スター』(2001年)に乗り換えた。
あわやゲームオーバーと思われた矢先に現れたのは、『コン・エアー』(1997年)と『将軍の娘』(1999年)で監督デビュー後2作連続して興行成績1億ドル突破のヒットを記録していたサイモン・ウエスト。
ウエストは『ブラックホーク・ダウン』(2001年)の監督を蹴ってこちらにやってきた(あちらではリドリー・スコットが後任に)。
やる気満々のウエストはタイトルとキャラクター以外全部変えると言い出し、監督のアイデアを文章化すべくパトリック・マセットとジョン・ジンマンが呼び戻されたが、数週間の作業の後、再びお払い箱に。
こうした脚本のゴタゴタから上映日は2000年夏から2001年夏に延期された。
その後、ブラノン・ブラガ(『M:i-2』)、レータ・カログリディス(『シャッター・アイランド』)、ポール・アナスタシオ(『フェイク』)の3人が、撮影終了まで脚本に手を入れた。
最終的に原案としてクレジットされたのはサラ・B・クーパー、マイク・ワーブ、マイケル・コラーリー、脚色としてクレジットされたのはパトリック・マセットとジョン・ジンマンだった。
デ・スーザの脚本は本作では使用されなかったが、その一部が『トゥームレイダー2』(2003年)に再利用されたことから、続編ではクレジットを獲得している。
撮影終了後にも混乱は続く。
サイモン・ウエストが仕上げてきたのは130分の映画だったが、ポストプロダクションの最中にパラマウントはウエストを解任し、『ネメシス/S.T.X』(2002年)の監督を任せることと引き換えにスチュアート・ベアードを本作に投入した。
『エグゼクティブ・デシジョン』(1996年)や『追跡者』(1998年)の監督でもあるスチュアート・ベアードの本職は編集技師であり、問題を抱えた作品に投下され、スタジオの意向どおりに編集し直す修理屋として知られる人物だ。
ベアードは作品を大幅に刈り込み100分のタイトなアクションとして再構成した。
この大ナタのせいで、主人公ララ・クロフトと、どうやら彼女とは因縁浅からぬ関係にあるらしいダニエル・クレイグ扮するアレックス・ウエストとの仲は、どういうものだかサッパリ分からなくなってしまったが。
まぁあってもなくてもどっちでもいいようなものだったんだろう。
作品全体のトーンの変更に伴い、『ダイ・ハード』(1988年)、『X-MEN』(2000年)のマイケル・ケイメンが作曲した劇判も全没となり、かわって『パワーレンジャー』(1995年)や『スポーン』(1997年)などキャラクターものの経験豊富なグレーム・レヴェルが起用された。
レヴェルに与えられた時間はわずか10日間だったが、何とか乗り切って合計60分の劇判を作曲した。
もはや誰の作品なんだか分からない程いろんな手の入りまくった映画で、案の定、作品評は振るわなかったが、興行的には成功し全世界で2億7400万ドルを稼ぎ出した。
本作を大ヒットさせたにも関わらず続編に起用されなかったばかりか、メジャースタジオでの大型企画全般にパタっと起用されなくなったサイモン・ウエストは、本作の現場でよほど何かやらかしたのだろうかと心配になってくるが。
感想
公開時に劇場で見たものの、全然面白くなくて以降は見返してこなかった。
アマプラに上がっているのを発見して何気なく見てみたが、やはり面白くなかった。
超古代の2片の遺物を巡り、邪悪な組織と金持ちの冒険家がデッドヒートを繰り広げるというストーリー自体は実にシンプルなのだが、プロットは妙に込み入っている。
主人公ララ・クロフト(アンジェリーナ・ジョリー)は、同じく冒険家だった亡き父(ジョン・ヴォイト)の残した古時計から、光のトライアングルを探す鍵を発見する。
さっそく馴染みのアンティーク商にこの鍵を見せに行くララだったが、アンティーク商は光のトライアングルを探しているイルミナティに脅されており、彼女が鍵を持っていることを喋ってしまう。
イルミナティの襲撃を受け鍵を奪われたことから、ララもこの争奪戦に参加することとなるのだが、イルミナティ側には旧知の考古学者であるアレックス・ウェスト(ダニエル・クレイグ)も居たもんだから心穏やかではいられなくなるというのが、ざっくりとしたあらすじ。
こうして文字にしてみてようやく、裏切りに次ぐ裏切りのスリリングなサスペンス要素が織り込まれているということに気付いたんだけど、見ている間には二転三転するドラマのダイナミズムみたいなものはまったく感じられなかった。
この記事を書くにあたりwikiを読んで、ダニエル・クレイグはララの元カレ設定だったことがようやく分かったんだけど、劇中にそれらしき説明はなかったし。
全裸のアレックスを目の当たりにしても動じないララの様子からお察しくださいということだったのかもしれないが、ララは男の裸を見たくらいで動じるようなタマでもないしなぁ。
こうした説明不足のために、アレックスを救うためクライマックスでララが下す決断がよく分からないことになっている。
また鍵を持つイルミナティと、一方の欠片を持つララが対立状態のままでは光のトライアングルの発動はできないというわけで、後半に両者が共闘する展開はもっと盛り上がらないといけないと思うんだけど、これが全然面白くない。
脚本に埋め込まれた仕掛けが、どうにも見ている側に伝わってこないもどかしさがあった。サイモン・ウエスト監督がドヘタすぎたんじゃないだろうか。
監督デビュー作『コン・エアー』(1997年)を見るに、そもそもウエストは単純な話を過剰なまでの見せ場で押し切るタイプの監督であり、二転三転するプロットを興味深く語る企画は向いていなかったのかもしれない。
さらに肝心の見せ場にしても、もはや生身の人間が戦っているという感覚が残っていない(『コン・エアー』の時にはギリギリあった)。
撮影現場において、アンジェリーナ・ジョリーは相当体を張っていたにも関わらずである。
運動神経抜群のジョリーは難しいスタントも自らこなし、撮影現場にやってきた実父ジョン・ヴォイトから心配されるほど生傷も絶えなかった。
主演俳優がそこまで頑張っているにも関わらず、ライブアクションの説得力を画面に刻み込めなかったサイモン・ウエストの演出は大いに問題ありだろう。
