(1994年 アメリカ)
チャーリー・シーン主演の娯楽アクション。スカイダイビング場面はなかなかの迫力だし、テンポが良いのでサクサク見られるが、それ以上のものにもなっていない、ごくごく標準的な90年代アクション映画。ナスターシャ・キンスキーは相変わらず綺麗だった。
感想
10代の頃に日曜洋画劇場でやってるのを見たけど、パっとしなかったので、その後は一切見返してこなかった映画。
この度、我らが午後のロードショーで放送してくれたので、およそ四半世紀ぶりの鑑賞となった。
しかも本邦では20年以上前にリリースされたDVDでパッケージ化が止まっている本作を、フルHD画質で放送してくださった。毎度、午後ローさんには感謝しかない。
で、あらためて見た感想だけど、相変わらずパっとしなかった。
アリゾナ州ツーソンでスカイダイビング教室を営むディッチ(チャーリー・シーン)の前に、クリス(ナスターシャ・キンスキー)と名乗る超絶美人の客が現れる。
一目でクリスに惚れたディッチは、「今日飛びたい」というクリスの無茶なお願いを聞き入れ、練習もそこそこに飛行機で上空に上がるんだけど、一瞬目を離した隙にクリスがいなくなっているではないか。
誤って落下したであろうクリスを追ってディッチも飛び降りるが、救うことができず彼女は地面に激突。業務上過失致死を問われたスカイダイビング教室はあえなく閉鎖される。
が、どうしても落下事故だとは思えないディッチはクリスの身辺を洗い始め、死を偽装するために教室が利用されたこと、クリスはKGBの陰謀を暴こうとしていることを突き止めるというのが、ザックリとしたあらすじ。
タイトルの『ターミナルベロシティ』を直訳すると「終端速度」となるが、これは落下スピードと空気抵抗が均衡して変化しなくなった時の速度ってことらしい(wikiの受け売り)。
こうして振り返ってみると、全体の残念な印象とは裏腹に話は意外とよく考えられているということに気づく。
脚本を書いたのは『逃亡者』(1993年)、『ピッチブラック』(2000年)のデヴィッド・トゥーヒーで、サスペンスアクションとしてはなかなか凝った作りになっているのだ。
チャーリー・シーンとはよほど気が合ったのか、続く監督作『アライバル-侵略者-』(1996年)でも組んでいる。
また撮影は『ダイ・ハード2』(1990年)、『フェイス/オフ』(1997年)のオリヴァー・ウッド、編集は『ロボコップ』(1987年)、『ダイ・ハード』(1988年)のフランク・J・ユリオステと、80-90年代に活躍したアクション映画の手練れたちが揃っている。
それでも妙につまらないのは、ひとえに監督の演出力不足ゆえだろう。
監督はデラン・サラフィアンで、アメリカンニューシネマの佳作『バニシング・ポイント』(1971年)のリチャード・C・サラフィアンを父に持つ二世監督だが、当人の代表作はヴァンダム主演の『ブルージーン・コップ』(1991年)という、いたって凡庸な監督である。
なぜか本作ではレニー・ハーリンを意識した見せ場が多い。
レスキューに失敗する序盤は『クリフハンガー』(1993年)だし、中盤の脱出場面にて衝突寸前で脱出装置を起動する場面は『ダイ・ハード2』(1990年)のようだった。
ただしハーリンとの演出力の差には歴然としたものがあって、これらの場面でまったく手に汗握らないのだから困ったものである。
またサスペンスアクションとしての緩急の付け方や、ネタバラシのタイミングもうまくないし、かつてモスクワ五輪ボイコットに巻き込まれて体操選手生命を失ったディッチの、国家という枠組みに対する複雑な心境も表現できていない。
終盤「私たちで世界を救わなきゃ」と訴えるクリスを、「俺には関係ない」と言って切り捨てるディッチ。しかしなんやかんやでクリスの元に戻ってくる辺りがドラマのピークだったと思うんだけど、これが全然盛り上がらないのだ。
脚本レベルでは存在していたであろう仕掛けがことごとく機能しておらず、ただテンポがいいだけの消費娯楽作に終わっているのだから、やはり監督が悪すぎたとしか言いようがない。
なお、本作の企画開始当初にはトム・クルーズが主演予定で、その時の監督候補は『ロビン・フッド』(1991年)のケヴィン・レイノルズだったが、流れ流れてチャーリー・シーン&デラン・サラフィアン コンビに落ち着いたとのこと。
タイトな戦車映画『レッド・アフガン』(1988年)で素晴らしい手腕を見せたレイノルズが監督していれば、本作は見違えるほど面白かったんじゃないかと思うのだけど、彼は身の丈に合わない超大作『ウォーターワールド』(1995年)に行って地獄を見た(そちらの脚本家もデヴィッド・トゥーヒー)。
世の中、うまくいかないものである。