【良作】ミザリー_狂気vs知性の攻防戦(ネタバレあり・感想・解説)

サスペンス

(1990年 アメリカ)
いつキレるか分からない上に、キレ出すと手に負えなくなるおばさんとの同居という、幽霊や悪魔よりもはるかに怖いシチュエーションの映画でした。キャシー・ベイツの顔芸も光っており、終始イヤな汗をかかされます。

©Twentieth Century Fox

あらすじ

人気作家ポール・シェルダン(ジェームズ・カーン)は、代表作『ミザリー』シリーズの最新作を書き上げた直後に、冬の田舎道で交通事故を起こす。大怪我を負ったシェルダンは元看護士のアニー・ウィルクス(キャシー・ベイツ)に救助され、その家で看病を受けるが、アニーはミザリーの大ファンだという。看病の恩義もあってシェルダンはアニーに最新作を読ませるが、ミザリーを死なせるという結末にアニーは激怒。新作の原稿を灰にされ、自身は部屋に監禁された上で、ミザリーを生かす新たな物語の執筆を強要される。

スタッフ・キャスト

監督は『スタンド・バイ・ミー』(1986年)のロブ・ライナー

1947年ニューヨーク出身。子役としてデビュー、テレビの演出家として活動した後に、『スパイナル・タップ』(1984年)で監督デビュー。

スティーヴン・キング原作の『スタンド・バイ・ミー』(1986年)を興行的にも批評的にも大成功させたことから本作の監督にも繋がったのですが、サスペンスやホラーを手掛けたことのない自分がこの企画を扱えるのかという不安もあったようです。

脚色は『大統領の陰謀』のウィリアム・ゴールドマン

1931年シカゴ出身。小説と戯曲を書いた後に脚本家となり、『明日に向かって撃て!』(1969年)と『大統領の陰謀』(1976年)でアカデミー脚本賞を受賞しました。本作と同じくスティーヴン・キング原作の『ドリームキャッチャー』(2003年)の脚色も行っています。

本作の製作にあたっては当初からキャシー・ベイツを念頭に置いて脚色したらしく、彼女が唯一のキャスティング候補だったようです。

主演のキャシー・ベイツがアカデミー賞受賞

1948年メンフィス出身。1971年に映画デビューしたものの、当初の活動の中心は舞台でした。本作の撮影においては舞台女優であるベイツが入念なリハーサルを要求したのに対して、ジェームズ・カーンが即興演技を重視したために、二人は衝突したようです。

本作の演技でアカデミー主演女優賞受賞。他に『パーフェクト・カップル』(1998年)、『アバウト・シュミット』(2002年)、『リチャード・ジュエル』(2019年)でアカデミー助演女優賞にノミネートされています。

その後、同じくスティーヴン・キング原作の『ザ・スタンド』(1994年)、『黙秘』(1995年)にも立て続けに出演しました。

作品概要

原作はスティーヴン・キング著『ミザリー』(1987年)

原作出版にあたり、当初キングはリチャード・バックマン名義で出版しようとしていたのですが、バックマンがキングの変名であることがその時点で世間にバレバレになっていたため諦めました。なお、リチャード・バックマンはアーノルド・シュワルツェネッガー主演の『バトルランナー』(1987年)の原作等で知られています。

キングは自身の小説の映画化企画が軒並み失敗していたことから(80年代の時点では『シャイニング』も失敗作と見做されていた)本作の映画化企画を躊躇しており、『スタンド・バイ・ミー』(1986年)を成功させたロブ・ライナーが関わるという条件付きで承諾しました。

完成作はキングを満足させる出来であり、特にキャシー・ベイツの演技には感銘を受けたようで、その後ベイツを念頭に置いて小説『ドロレス・クレイボーン』(1992年)を執筆しました。同作はすぐにキャシー・ベイツ主演の『黙秘』(1995年)として映画化されたのでした。

感想

気の狂った人間と密室で過ごす恐怖

キャシー・ベイツ扮するアニーの恐怖、本作はほぼこの要素のみで成り立っています。そして作家、雪山、密閉空間と、本作に置かれた構図からは否応なしに『シャイニング』(1980年)を連想させられます。

この点、『シャイニング』の狂気が理由のある狂気、すなわち、先の見えないキャリアの中で家族という重荷まで背負い煮詰まった売れない物書きが、「うまくいかないのは無神経な嫁と子供のせい!」と言って発狂する話でしたが、本作のアニーはただただ狂ったモンスターとして暴れ回ります。

そうなるべく背景を持ったモンスターには物の憐れも宿っていますが、特に理由もなくただ人に迷惑をかけるだけのモンスターには、どうやって制止すればいいのかが分からない怖さがあります。

そして、舞台出身のキャシー・ベイツは圧巻のパフォーマンスでその恐怖を具体化していきます。機嫌の良い時は饒舌で情の深いところもあるのですが、感情のスイッチが入ると凄まじい勢いで悪態をつき始め、相手を自分に従わせようとします。

その際には寝たきりのシェルダンの視点でアニーを仰ぎ見るカメラワークとなるのですが、ブチ切れたキャシー・ベイツを下から捉えたカットは、それはそれは恐ろしいことになっています。

会話のボルテージが上がって来たアニーは、その手に尿瓶を持っていても大袈裟な身振り手振りで中身をぶちまけそうになり、見ているこちらが冷や冷やします。カッとなると周囲のものが目に入らなくなるタイプなのです。

「あ~、こういうタイプって身の回りにもいるよなぁ」と、観客にリアルな感覚を抱かせるレベルにチューニングされた恐怖ですね。おかしなキレ方をする人、キレ出すと手に負えなくなる人って、職場に一人くらいは居ます。

そして、社会生活においてはこの手合いとはなるべく距離を置いて生きていくものなのですが、シェルダンは密閉空間の中で一緒に過ごさねばならないわけです。職場で言えば、おかしな奴と同じチームになってしまったかのような絶望感ですね。

狂気vs知性の攻防戦

このシェルダンですが、ロッジの管理人から「有名になっても控えめで良い人」と言われるほどの好人物である上に、ベストセラー作家なので人の心理にも精通しています。

狂気でシェルダンを支配しようとするアニーに対して、知性でこれをかわそうとするシェルダンの静かな攻防戦も、本作の見せ場となっています。

感情に火が点くと止めようがないアニーも、おだてには素直に乗るようだ。「君のような熱心なファンのおかげで…」とか「君の献身的な看病のおかげで…」とか言ってアニーを気分良くさせて行動を制御し、脱出の隙を作ろうとします。

まさに二人は猛獣と猛獣使いのような関係になるのですが、二人の間には檻もなければロープで繋がれてもいない。コントロールを誤ればシェルダンの死というギリギリの状況下での駆け引きには嫌な汗をかかされました。

加えて、実はアニーがバカじゃなかったという後半のプチどんでんも効いています。シェルダンの小細工はほぼ見抜かれており、知らないふりをしていただけだったことが判明した時の絶望感といったらありませんでした。

なお、シェルダン役のキャスティングは難航を極めたようで、ジャック・ニコルソン、ダスティン・ホフマン、ロバート・デ・ニーロといった、演技力が要求される役柄ではとりあえず名前が上がるメンバーにはことごとく断られ、ハリソン・フォードにウォーレン・ベイティ、果てはメル・ギブソンやブルース・ウィリスにまで声をかけていたらしいのですが全滅。

最終的に引き受けたジェームズ・カーンがどういうモチベーションでこれをやる気になったのかは分かりませんが、今となっては彼以外考えられないほど見事にシェルダン役をやり切っています。

我々も気を付けねばなりませんな

本作では、生みの親である作家以上に作品やキャラクターに愛着を持つようになったファンの怖さやワガママが描かれています。

愛着を持っていたキャラを新作で殺されると「思ってたのと違う!」と騒ぎ出し、無理矢理に生存する話に書き換えると「前作のラストと整合していない!」と怒る。

仕方がないのでファンの言いなりになって書き換えると、辻褄こそ合っているが荒唐無稽で面白みのないものになっている。

こうして映画レビューを書いている私にもそうした側面がないわけでもないので、過剰なファン心理で作家性を否定することのないよう、我がフリも直さねばと思いました。

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