【良作】交渉人(1998年)_理想的なサスペンスアクション(ネタバレあり・感想・解説)

クライムアクション
クライムアクション

(1998年 アメリカ)
本作ほどサスペンスとアクションが調和した作品は珍しいのではないでしょうか。スリル溢れるサスペンスがしっかりと存在感を示しており、アクションは従たるものというバランスが良く、また演技のできる俳優を大勢配置したことでキャラクター間のやりとりにも緊迫感があり、多くの面で成功した娯楽作だと言えます。

あらすじ

シカゴ東分署の刑事ダニー・ローマン((サミュエル・L・ジャクソン)は凄腕の交渉人である。ある日、相棒のネイサンから警察の年金基金が横領されているという話を聞かされるが、その後、ネイサンは何者かに殺され、ローマンは身に覚えのない横領と殺人の罪で逮捕される。

家宅捜索の結果証拠が発見され、窮地に追い込まれたローマンは、事情を知っているであろう内務調査局長のニーバウム(J・T・ウォルシュ)を人質にとり、市庁舎に籠城する。

市庁舎を取り囲むシカゴ東分署の警官隊に対して、ローマンは西分署の交渉人クリス・セイビアン(ケヴィン・スペイシー)を交渉相手として指名する。

スタッフ・キャスト

監督は『ストレイト・アウタ・コンプトン』のF・ゲイリー・グレイ

1969年出身。本作製作時点でまだ20代だったという早熟の監督です。

元はMTV監督でアイス・キューブやホイットニー・ヒューストンらのMTVを手掛けており、アイス・キューブとクリス・タッカーが共演したコメディ『Friday』(1995年)で映画監督デビュー。

初の大作である本作が評価された後にはマーク・ウォルバーグ主演の『ミニミニ大作戦』(2003年)、ユニバーサルの名物シリーズ第8弾『ワイルド・スピード ICE BREAK』(2017年)、大ヒット作のリブート『メン・イン・ブラック:インターナショナル』(2019年)など娯楽作を卒なくこなす監督へと成長しました。

そんなフィルモグラフィ中で異彩を放っているのが『ストレイト・アウタ・コンプトン』(2015年)で、これは伝説のヒップホップグループN.W.Aを描いた作品であり、音楽映画として破格の完成度だっただけでなく、伝記映画としても、人種差別への反発を描いた社会派作品としても優れた作品でした。

脚本は『パージ』シリーズのジェームズ・デモナコ

1969年ブルックリン出身。本作製作時点ではまだ駆け出しの脚本家で、フランシス・フォード・コッポラ監督の『ジャック』(1996年)でようやくクレジットを得たばかりでした。

本作後にはジョン・カーペンター監督作品のリメイク企画『アサルト13 要塞警察』(2005年)、『ニューヨーク、狼たちの野望』(2009年)と犯罪映画をメインに執筆し、2013年から始まり4本が製作された(そして5本目が製作中)人気シリーズ『パージ』の脚本・監督として評価を獲得しました。

主演はサミュエル・L・ジャクソン

1948年テネシー州出身。長い下積みの末、『星の王子 ニューヨークへ行く』(1988年)、『パトリオット・ゲーム』(1992年)、『ジュラシック・パーク』(1993年)などへの出演でちょいちょい見かける顔になり、『パルプ・フィクション』(1994年)で大ブレイク。

その後は出演作が途切れることがなく、ついには『アベンジャーズ』(2012年)でSHIELD長官ニック・フューリーにまで登り詰めました。

共演はアカデミー賞受賞者ケヴィン・スペイシー

1959年ニュージャージー州出身。名門ジュリアード学院に入学するも2年で中退し、以降は舞台俳優として活躍しました。演技も歌も踊りもすべてこなせる俳優として重宝されていたようです。

メリル・ストリープとジャック・ニコルソンが共演した『心みだれて』(1986年)の端役で映画デビューし、デヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』(1995年)とブライアン・シンガー監督の『ユージュアル・サスペクツ』(1995年)でブレイク。後者ではアカデミー助演女優賞を受賞しました。

アカデミー作品賞を受賞した『アメリカン・ビューティ』(1999年)で自身もアカデミー主演男優賞を受賞、Netflixの連続ドラマ『ハウス・オブ・カード』(2013-2018年)も大好評とアメリカを代表する名優となっていましたが、2017年に発覚した男性への強制わいせつ事件で引退を余儀なくされました。

もともと本作はシルベスター・スタローンとケヴィン・スペイシーの共演作として書かれており、スペイシーが人質をとるダニー・ローマン役、スタローンが交渉人クリス・セイビアン役だったようです。

しかしスタローン降板後にスペイシーはセイビアン役を希望し、ローマン役にはサミュエル・L・ジャクソンが新しくキャスティングされました。

よく見る顔が揃った共演者

本作は脇役がなかなか充実しており、こちらも見所となっています。

  • J・T・ウォルシュ(内務局長ニーバウム):1943年サンフランシスコ出身。『アウトブレイク』(1995年)の大統領補佐官役、『エグゼクティブ・デシジョン』(1996年)の上院議員役など、悪知恵の利く偉い人を得意としており、ジャック・ニコルソンから名優として名指しされたこともあります。本作は1998年に急逝したウォルシュの遺作のひとつ。
  • ポール・ジアマッティ(タレコミ屋のルディ):1967年コネチカット州出身。『トゥルーマン・ショー』(1997年)から『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001年)まで出演作の多い俳優であり、『サイドウェイ』(2004年)でゴールデングローブ助演男優賞ノミネート。また『シンデレラマン』(2005年)でアカデミー賞及びゴールデングローブ賞助演男優賞ノミネート。
  • デヴィッド・モース(SWAT隊長ベック):1953年マサチューセッツ州出身。『ザ・ロック』(1996年)の副官役、『ロング・キス・グッドナイト』(1996年)の武器商人役、『コンタクト』(1997年)の父親役など大作への出演が多く、かつ、幅広い役柄を演じる性格俳優です。
  • ジョン・スペンサー(トラヴィス署長):1946年NY出身。『推定無罪』(1990年)での刑事役、『ザ・ロック』(1996年)のFBI長官役と公務員の役柄を得意とし、テレビドラマ『ザ・ホワイトハウス』(1999-2006年)の首席補佐官役でエミー賞助演男優賞受賞。
  • ロン・リフキン(警察幹部フロスト刑事):1939年NY出身。『L.A.コンフィデンシャル』(1997年)でも汚職に関与した地方検事を演じており、一見すると人が良さそうなんだが、腹に一物抱えた役柄がよく似合います。
  • ディーン・ノリス(SWAT隊員スコット):1963年インディアナ州出身。テレビドラマ『ブレイキング・バッド』(2008-2013年)のDEA捜査官ハンク・シュレイダー役で有名。90年代はやたらSWAT隊員の役を演じており、『グレムリン2』『ターミネーター2』でもSWATをやっていました。

感想

反撃の物語が激熱

主人公ダニー・ローマン(サミュエル・L・ジャクソン)はシカゴ東分署の腕利きの交渉人であり、仲間からの信頼も厚い理想的な人物です。そんな彼が何者かによる年金基金の横領と、口封じ目的の殺人の濡れ衣を着せられることが作品の骨子となります。

無実のローマンが罪を着せられ、反論の機会もロクに与えられないまま、事前に用意されていた有罪シナリオに乗せられていく様には、観客もかなりのストレスを感じます。

組織ぐるみの隠ぺいがなされており普通のやり方では勝てないと踏んだローマンは、事実を知っていると思われる内務調査局長のニーバウム(J・T・ウォルシュ)と、その場に偶然居合わせた数人を人質にとって、市庁舎に立てこもります。

あえて劇場型犯罪の構図を作り、マスコミや市民をオーディエンスとして置くことで、直接対決では絶対に勝てない組織との戦いに第三者的な視点を持ち込んだというわけです。この辺りの構図は面白いなぁと思ったし、観客をグイグイ引き込んでいくような熱さがありました。

本編に入ると、取り囲む警察側の反応を読みきったローマンの戦術が炸裂し、なかなか燃えさせます。それまで受けてきたストレスが大きかった分、ローマンが場を掌握し、警官隊を圧倒する様に燃えさせられるのです。

交渉人という素材を活かしきっている

さらに本作特有の捻りが加わってきます。

ローマンは、同業者であるクリス・セイビアン(ケヴィン・スペイシー)の介入を要求してくるのです。なぜ交渉人の介入を要求したのか。それは交渉人ならば周囲のノイズに惑わされず、真実に辿り着く可能性が高いと踏んだからです。

我々が何かを認識する時、客観的なようでいても「こうであるはずだ」もしくは「こうであるべきだ」という主観が入ってしまいます。

作品の序盤でも示されるのですが、交渉人とはこうした主観を排除し、「なぜ彼は犯罪行為に手を染めているのか」「何が変われば納得して人質を解放するのか」等、対象者と同じ視点を持つことでその思考の先回りをし、事件解決へと誘導するエキスパートです。

犯人を抑え込むことしか考えないSWATの隊長などではこの辺りは期待できないのですが、相手の立場を理解しようとする交渉人ならば、なぜ自分がこんなことをしているのか、背後で何が起こっているのかを理解するかもしれない。

そんなローマンの期待通り、セイビアンは場の異様な空気を感じ取り、ローマンではなく彼を取り囲むシカゴ東分署という組織にこそ問題があることを認識します。ここもまた痛快でしたね。「分かってくれたか、セイビアン」と言いたくなるような興奮がありました。

交渉人という珍しい素材を扱いながら、その職業の特性と本編の内容を見事にマッチさせた脚本はなかなか冴えていました。

主張しすぎないビジュアルの妙

本作が製作された90年代後半はMTV出身監督が娯楽作を席捲していた時期にあたり、トニー・スコット、デヴィッド・フィンチャー、マイケル・ベイらが得意のビジュアルを全面に押し出した作品を製作していました。

監督のF・ゲイリー・グレイもまたMTV出身なのですが、他の監督たちと違って過剰な映像装飾を施すことはなく、リアリティと見栄えの間でのバランスを維持しています。

銃撃戦はなかなか激しく見応えがあるのですが、やりすぎてローマンがスーパーマン化する一歩手前で踏みとどまっています。戦っているのは生身の人間であり、一歩間違えれば殺されるかもしれないという緊張感をちゃんと残せているのです。このサジ加減は絶妙でした。

全体的にアクションとサスペンスの両輪がうまく噛み合っています。この手の映画で興醒めなのは、銃弾と腕力が物を言いすぎてサスペンスがほとんど意味を為さないということなのですが、F・ゲイリー・グレイの堅実な演出が奏功して、本作はそうした罠にはまらずに済んでいます。

注意!ここからネタバレします。

黒幕に魅力がなかった

ここからはちょっと文句。

作品はローマンがどうやって窮地を脱するのかと、黒幕は一体誰なのかという二つのゴールを目指して進んでいくのですが、前者は最高に面白かった一方で、後者はイマイチでした。

本編中ではSWAT隊長ベック(デヴィッド・モース)がいかにも怪しげな態度をとっており、観客の注目をこの人物に集めたいという監督と脚本家の意図が見え見えになり過ぎているので、逆にこいつはシロだろうと誰もが見抜けてしまいます。

最後に暴かれる黒幕は、一見すると能力がなさそうで、人の良さだけで上に行ったようなフロスト(ロン・リフキン)だったのですが、それまでの空気ぶりもあって意外性を感じなかったし、本性を現した瞬間の豹変も月並みなものだったので、オチとしては弱く感じました。

スポンサーリンク
公認会計士のB級洋画劇場