【良作】ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー_しがらみを断ち切る男(ネタバレあり・感想・解説)

クライムアクション

(1981年 アメリカ)
あらすじ自体はさほど捻りのない仁侠ものなのですが、ディテールにこだわった演出、犯罪者の職人道、犯罪者という立場と私生活の矛盾といった構成要素が高いレベルで描かれており、見ごたえのあるドラマになっています。

あらすじ

フランク(ジェームズ・カーン)は表向き中古車屋の経営者だが、夜になると腕利きの金庫破りとして活動していた。ある仕事の後、報酬を受け取り損ねたフランクはマフィアの拠点へと乗り込み、そこでボスであるレオ(ロバート・プロスキー)との面識を持った。レオは約束通りの報酬を支払ったうえで、新たな案件をフランクに依頼。裏稼業から足を洗いたいフランクにとっても、最後の仕事にするには十分な金額の報酬を期待できるヤマだったことから、この依頼を引き受けることにする。

スタッフ・キャスト

マイケル・マンの映画監督デビュー作

1943年シカゴ出身。1960年代半ばにイギリスへ渡り、リドリー・スコット、アラン・パーカー、エイドリアン・ラインらとコマーシャル演出などを手掛けました。昔の仲間が凄すぎですね。

その後アメリカに帰国しテレビ番組の脚本や演出を手掛けるようになり、製作総指揮を務めた『特捜刑事マイアミ・バイス』(1984-1989年)が大人気となりました。

並行して映画界での活動も行っており、本作『ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(1981年)で長編監督デビュー。続いてハンニバル・レクターが映画に初登場する『刑事グラハム/凍りついた欲望』(1986年)も監督し、どちらも批評家受けは良かったのですがヒット作とはなりませんでした。

90年代に入ると時代劇『ラスト・オブ・モヒカン』(1992年)がヒット。ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノを共演させた『ヒート』(1995年)がクライムアクションの金字塔となり、『インサイダー』(1999年)でアカデミー監督賞ノミネートと、男性映画の雄としての地位を確立しました。

製作はジェリー・ブラッカイマー

意外なことに、本作はジェリー・ブラッカイマーがプロデュースしています。

1945年生まれ。最初のキャリアは、後に彼がプロデューサーとして使うこととなる監督達と同じくコマーシャル・フィルムの監督でした。ニューヨークの広告代理店で数々の賞を受賞した後にロサンゼルスへ移って映画製作を開始。

初期にはハードボイルド小説の古典の映画化『さらば愛しき女よ』(1975年)、ジーン・ハックマン主演の『外人部隊フォスター少佐の栄光』(1977年)、ポール・シュレイダー監督の『キャットピープル』(1981年)などやたらシブイ映画ばかり作っていたのですが、どれもヒットしませんでした。

売れない映画ばかり作ることに疲れたのか、パラマウントでブイブイ言わせていた(死語)ドン・シンプソンの製作助手となり『フラッシュダンス』(1983年)、『ビバリーヒルズ・コップ』(1984年)、『トップガン』(1986年)とヒット作を量産。

90年代に入るとドラッグ中毒になったシンプソンと袂を分かち、『ザ・ロック』(1996年)『コン・エアー』(1997年)、『エネミー・オブ・アメリカ』(1998年)、『アルマゲドン』(1998年)と、ディズニー実写部門の看板作品を毎年のように手掛けました。

主演はジェームズ・カーン

1940年NY出身。当初はテレビ界で活躍し、『ブライアンズ・ソング/友情のタッチ・ダウン』(1971年)でエミー賞ノミネート。

『ゴッドファーザー』(1972年)のソニー・コルレオーネ役で注目され、アカデミー助演男優賞にもノミネートされたのですが、しばらくはソニー・コルレオーネのイメージから脱却できず苦労しました。

また作品選びが下手なことでも有名で、『ある愛の唄』(1971年)、『カッコーの巣の上で』(1975年)、『スーパーマン』(1978年)、『クレイマー・クレイマー』(1979年)の主演オファーをことごとく断っています。

本作は、カーンにとってお気に入りの出演作だということです。

作品概要

原作者は元宝石泥棒

犯罪小説”The Home Invaders:Confessions of a Cat Burglar”(1975年)が本作の原作。

同作の著者は200軒もの住宅や店舗に侵入した宝石泥棒フランク・ホヒマーであり、これは本物の犯罪者が書いた犯罪小説でした。

その映画化に当たって、マイケル・マンはホヒマーを逮捕した元警察官チャック・アダムソンをコンサルタントとして起用しました。同様に、元警察官のデニス・ファリーナと元宝石泥棒のジョン・サントゥッチも起用しており、リアリティへの異様なこだわりが本作の特徴となっています。

なお、本作の製作中アダムソンから聞かされた実在の銀行強盗ニール・マッコーリー(1915-1964年)に係る逸話にマイケル・マンが感銘を受けて執筆したのが『ヒート』(1995年)の脚本でした。

評価は高かったが興行的には失敗した

本作は1981年のカンヌ映画祭で初公開され、批評家からは「もっとも知的なスリラー」などと言われて高く評価されたのですが、全米興行成績は1149万ドルに留まりました。

550万ドルという中規模程度の予算だったことを考えると滅茶苦茶に悪い数字というほどでもないのですが、それでも満足な利益が出る水準でもありませんでした。

登場人物

  • フランク(ジェームズ・カーン):21歳で刑務所に入り、2年のはずの刑期が結局10年にまで延びて31歳で出所。それからの4年間は刑務所内で教わった盗みの技術で泥棒家業をしながら、中古車屋とバーの経営をしている。
  • ジェシー(チューズデイ・ウェルド):フランク行きつけのレストランのウェイトレスで、フランクにナンパされて交際を開始し、まもなく結婚した。南米の麻薬組織の構成員と付き合った過去を持っており、ヤクザ者との相性が良いらしい。
  • オクラ(ウィリー・ネルソン):長期刑で服役中の伝説の泥棒。フランクに盗みの技術を伝授した。狭心症を患い余命いくばくもないことから、最後は娑婆に出たいと言ってフランクに釈放手続を依頼する。
  • バリー(ジェームズ・ベルーシ):泥棒をすると時のフランクの相棒で、公私ともに仲が良い。
  • レオ(ロバート・プロスキー):犯罪組織のボス。アッタリアに対して未払の報酬を要求してきたことからフランクとの接点を持ち、フランクに自分と直接取引をしないかと持ち掛ける。好々爺といった風情であり、前科者のフランクでは難しいことに手を回したり、オクラの釈放手続きに弁護士を貸したりと物心共にフランクの面倒を見る。
  • アッタリア(トム・シニョレッリ):表向きはメッキ会社の経営者だが裏社会と通じており、レオの子分である。

感想

ディテールの鬼・マイケル・マン

有能な映画監督のデビュー作にはその監督のすべてが宿ると言われている通り、本作にも後のマイケル・マン作品に通じる多くの要素が見られます。

冒頭、非常に細かな金庫破りの描写よりマイケル・マン節が炸裂。

電気設備に詳しいバリー(ジェームズ・ベルーシ)が建物のセキュリティを解除し、フランク(ジェームズ・カーン)が金庫室に潜入。その後はフランクが金庫破りに集中できるよう、バリーは建物周辺を見張るという役割分担となります。

金庫は従来の犯罪映画のように聴診器と金具でガチャガチャやっていれば開くという簡単なものではなく、金庫の内部構造を知り尽くしたフランクが大掛かりな機材を使いながら慎重に開錠していくという難物として描かれます。

開錠後にも「やったぜ!」とはしゃいだりすることもなく、他の金品には目もくれずにターゲットであるダイヤモンドだけを持ち帰ります。

そこにあるのは熟練技術を持つプロフェッショナルの姿なのですが、マイケル・マンはコンサルタントとして元宝石泥棒のジョン・サントゥッチを起用し、画面に映る機材にはすべて本物を使用するという念の入れようでした。なお、サントゥッチは汚職警官役として出演もしています。

通常の犯罪映画ではご都合主義で片付けられるであろう金庫破りの場面をフォーカスし、一つの見せ場として機能させる。ディテールの鬼・マイケル・マンの面目躍如とも言えるイントロでした。

有能な犯罪者の人生設計

『ヒート』(1995年)において、警察に尻尾を掴ませない有能な犯罪者はしっかりとした人生設計を持っているという設定となっていましたが、本作のフランクこそがその源流でした。

フランクは中古車屋を経営しており、マフィアが持って来る「3か月で原資が倍になるぞ」という投資話にも乗らず、堅実な人生を送ろうとしています。

推測するに、彼がいまだに宝石泥棒をしているのは20代を丸々刑務所で過ごして失った時間を埋めるためであり、カタギの仕事の何十倍ものスピードで稼げる宝石泥棒で遅れを取り戻そうとしているのだろうと思います。

だからフランクにとって宝石泥棒とは腰掛けに過ぎず、カタギだけでやっていける状態になれば潔くやめるつもりでいるわけです。

そんな中でフランクは行きつけのレストランのお気に入りの店員ジェシー(チューズデイ・ウェルド)をナンパして結婚し、紆余曲折ありつつも子供を持ち、マイホームも構えます。

望んでいた人生にあと一歩というところで、マフィアのボスから大仕事の依頼が入ります。自分の取り分も今までにないほど大きい。これを有終の美として泥棒家業からすっぱりと足を洗おう、フランクはそう決意してこの仕事を引き受けるのでした。

ボスのタヌキ親父ぶり

マフィアのボスの名はレオ(ロバート・プロスキー)。

元々フランクとレオの間に直接的な面識はなく、レオにとっては子分を介して使っている外注業者のひとつという位置づけだったようです。

しかし直接の接点であるジョー・ギャグスが自殺をしてフランクは分け前を受け取り損ねたことから、「俺の取り分をよこせ」と言ってマフィアの拠点(表向きはメッキ会社)へと乗り込み、そこからレオとの直接的な付き合いが始まります。

このレオが好々爺といった風情であり、生意気なことを言ってくるフランクに対しても「お前の好きなようにやればいい」「嫌な仕事は引き受けなくていい」「人も資材も必要なものは全部揃えてやる」などと、実に優しいことを言ってきます。

フランクとジェシーが子宝を授かれず、前科者なので養子も取れないとなった時にも、「水臭いじゃないか。なんで早く俺に相談しないんだ」と言って、フランクのために養子までを用立ててくれます。

またセリフから伺えるところによると、ローンを組めないフランクのためにマイホームの購入資金も面倒見ていたようです。

そんなわけでフランクとレオは良好な関係にあるように見えたのですが、極道の世界がそんなに甘いはずがなく、最後の大仕事を終えて引退を宣言するフランクの目の前で、レオは本性を表します。

お前は俺のために働き続けるのだ。今までのような高額の分け前なんてない。俺の奴隷となって身を粉にして働くのだ。妻子がいるお前では逆らうことはできまい。

序盤でのジョー・ギャグスの自殺の真相がここで判明します。レオは誘因を与えて人材を取り込み、抜け出せなくなったところで使い潰してきたようです。そしてギャグスは追い込まれた末に自殺したのです。

レオが拠点として使っているメッキ会社にしても、元はまともな事業会社だったものがフランクと同じような形で絡め取られ、乗っ取られたのかもしれないし、その経営者アッタリア(トム・シニョレッリ)のボディガードに見えていたヤクザ達は、実はレオから送り込まれたアッタリアの監視役だったのかもしれません。

こうして考えると、レオはなんという恐ろしい親分なんだろうかと思います。分かりやすいゴリゴリのヤクザよりも、気を許して上がり込まれたら最後、全部持っていかれるタイプの方が根の深い怖さを感じます。

真夜中のアウトロー、覚醒※ネタバレあり

しかしフランクは「俺は誰の下にもつかない」と啖呵を切ってレオの要求を突っぱねます。

そして急いで家に帰るとジェシーを叩き起こし、急いで家を出るようにと言います。

いつ踏み込んでくるか分からないレオから妻子を守るための行動ではあるのですが、普通の映画では事情を説明し、カタが付いたらどこかで落ち合おうみたいな会話を交わすであろうところ、フランクは何がどうなっているとも言わずに「もう終わりだ。出ていけ」と言って冷淡にジェシーを追い払います。

続いて所有するマイホーム、バー、中古車屋を爆破し、表社会とのつながりをすべて断ち切ります。

一度修羅の道に入ったが最後、その本分から逃げ切ることはできない。人並の人生を送れると思っていた自分は甘かったことを認識し、フランクはすべてをリセットしているのです。

こうして身一つになり、アウトローとしての本分を取り戻したところで、フランクはレオの邸宅に討ち入りをかけます。この流れには燃えました。

コンバット・シューティング

ここでフランクは当時最新のコンバット・シューティングを披露します。

コンバット・シューティングとはアメリカで確立された実戦的射撃術のことであり、両手でしっかりとピストルを構えることでこちらの命中率を上げると同時に、相手に対して体を斜めに構えることで被弾面積を少なくするというスタイルをとります。

このクライマックスのためにマイケル・マンはコンバット・シューティングの生みの親であるジェフ・クーパーをジェームズ・カーンのトレーナーとして付けました。

当初クーパーは、宝石泥棒が本格的な射撃術を身に付けているはずがないとして反対したのですが、多勢に無勢の討ち入りでフランクが勝利するという本作の筋書きに説得力を持たせることにおいては、コンバット・シューティングは有効に機能しています。

放たれる銃弾の数こそ多くはないものの、こちらの被弾を避けつつ、一発一発を確実に狙って放つという本作の銃撃戦にはヒリヒリとした緊張感が宿っており、かなり見応えがありました。

そしてすべての敵を倒した後には夜の闇に消えていくフランク。何度見ても熱すぎる仁侠映画です。

≪マイケル・マン関連作品≫
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