ブロークン・アロー【駄作】ジョン・ウーの無駄遣いが目に余る(ネタバレあり・感想・解説)

軍隊・エージェント

(1996年 アメリカ)
緊張感なくダラダラと続く追いかけっこに終始したジョン・ウー史上最低作品。本作のプロデューサー達はジョン・ウーに銃撃戦をほとんど撮らせないという愚を働き、ヘリコプターだけがやたら景気よく爆発するという、ヤン・デ・ボンやレニー・ハーリン辺りに撮らせれば良かったようなジョン・ウーの無駄遣いが目に余りました。

©Twentieth Century Fox

あらすじ

空軍パイロットのディーキンス少佐(ジョン・トラボルタ)とヘイル大尉(クリスチャン・スレイター)は核兵器搭載のステルス爆撃機での模擬演習を行うが、その最中にディーキンスがヘイルを強制射出し、非作動モードで核弾頭を投下した後に爆撃機を墜落させる。

ディーキンスの目的は強奪した核兵器でアメリカ政府を恐喝することだったが、生き延びたヘイルと、偶然ヘイルと出会ったパークレンジャーのテリー(サマンサ・マシス)は、その阻止へと動く。

スタッフ・キャスト

監督はジョン・ウー

言わずと知れた香港ノワールの祖にして、ガン・フーと呼ばれる舞踏のような華麗な銃撃戦を作り上げた偉人。

『ハード・ターゲット』(1993年)でハリウッド進出しての第2弾が本作なのですが、ヴァンダムからの干渉に苦労した前作『ハード・ターゲット』(1993年)以上のストレスを受ける大変な現場だったらしく、本作は120分のディレクターズカット版からバイオレンス描写を大幅にカットされて108分の劇場版に落ち着いたとのことです。

ハリウッド進出後の2作はまったく思うようにならなかったのですが、そうはいっても興行成績という結果は出し続けたことが、現場の全権限を手中にした『フェイス/オフ』(1997年)の製作へと繋がっていくわけです。

脚本は『スピード』のグレアム・ヨスト

カナダ出身の脚本家で、初期にはテレビ界で脚本を書いていたのですが、『スピード』(1994年)のオリジナル脚本が注目されて映画界に進出しました。以降、本作『ブロークン・アロー』(1996年)、『フラッド』(1998年)など奇抜な設定のアクション映画を得意としたのですが、『スピード』ほどの評価を得たものはなく失速。

1990年代後半にはテレビ界に出戻り、『フロム・ジ・アース/人類、月に立つ』(1998年)と『ザ・パシフィック』(2010年)で二度のプライムタイム・エミー賞を受賞しています。

主演はジョン・トラボルタ

70年代後半にアイドル的な人気を博したものの、80年代には凋落。しかし『ミッドナイト・クロス』(1981年)の大ファンであるタランティーノからの指名で出演した『パルプ・フィクション』(1994年)で華麗なる復活を遂げ、『ゲット・ショーティ』(1995年)でゴールデングローブ主演男優賞受賞と、本作出演時には乗りに乗った状態でした。

しかし細い!翌年の『フェイス/オフ』(1997年)ではなかなかの恰幅だったのに、本作のトラボルタはスリムでカッコいいのです。1年間で何があったんでしょうか。

元恋人のクリスチャン・スレイターとサマンサ・マシス共演

クリスチャン・スレイターとサマンサ・マシスは90年代初頭に青春スターとして人気を博し、『今夜はトークハード』(1990年)で共演しています。二人には交際歴もあるのですが、元カレ・元カノで本作に出演してバディを演じるなんてどんな神経してるんだろうかと、アメリカ人のおおらかさには恐れ入りました。

クリスチャン・スレイターはジョン・トラボルタと同じくタランティーノ作品で主演を務めた経験があり(『トゥルー・ロマンス』)、サマンサ・マシスは脚本のグレアム・ヨストの前作『スピード』(1994年)でヒロインを演じたサンドラ・ブロックの友人です。

感想

ジョン・ウーなのに男のドラマが薄い

ジョン・ウーは暑苦しいほどの男のドラマを描いてきた監督だし、本作の脚本にも一応、男の友情と裏切りという要素は含まれています。しかしそれが驚くほど薄いので、ジョン・ウーらしさのない仕上がりとなっています。

主人公ディーキンス(ジョン・トラボルタ)とヘイル(クリスチャン・スレイター)は上官と部下、先輩と後輩という関係にありながらも、年下の方のヘイルがディーキンスに対してため口を聞き、二人の間には立場を越えた友情らしきものがあります。

冒頭のボクシングが象徴的なのですが、何でも卒なくこなせるディーキンスは終始試合を圧倒しつつも「頑張れヘイル!」と言って対戦相手であるヘイルを鼓舞し、あきらめの早いヘイルは「もうあんたの勝ちってことでいいよ。だから終わりね」と言って勝負を終わらせようとする。二人のやりとりは出来の良い兄と甘えん坊の弟のようでもあって、この時点では良いコンビだなと思わせます。

しかしディーキンスは核兵器強奪計画にあたってヘイルを裏切り、彼を殺そうとします。なぜディーキンスはヘイルを裏切ったのか。それが二人のドラマにおけるターニングポイントになるはずだったのに、この点にまったく説明がないので腑に落ちない話となっています。

例えばディーキンスはヘイルに対して計画を丁寧に説明して理解を求めるが、ヘイルがそれを聞き入れなかったために対立関係に至るという流れでも良かったのです。友情が一転して憎悪に変わる瞬間が描かれていれば以降のドラマやアクションに意義が深まったのですが、それがすっぽりと抜けています。

その結果、坑道でついに相まみえても「大事な計画を遂行中なんだから邪魔すんなや」程度の上っ面のやりとりに終始しており、相手を殺してやりたいほどの憎しみや、プライドにかけて今度の勝負には勝ってやるという執念がまるで描かれていません。

『ミッション:インポッシブル2』(2000年)以上にジョン・ウーらしさが薄まった作品となっているのですが、どうしちゃったんでしょうか。

ジョン・ウーなのに銃撃戦が薄い

もう一つ残念だったのは、ジョン・ウーの売りである銃撃戦が鳴りを潜めているということです。『スピード』(1994年)のグレアム・ヨストが脚本を書いているということで爆破アクション中心となっており、ヘリに至っては都合4機も爆発します。なぜヘリの爆破にそこまでこだわったのかは謎ですが。

銃撃戦が描かれるのは中盤における坑道の場面のみで、しかもジョン・ウーの他の作品での銃撃戦と比較すると明らかにパワー不足。前作『ハード・ターゲット』(1993年)でのラスト20分に及ぶ大銃撃戦を見て感動した私としては、本作の体たらくにはガッカリでした。

ヘイル首謀者説が活きていない

ステルス機墜落前のディーキンスが無線で残した最後の言葉が「ヘイルがミスった」だったことから、基地とペンタゴンはヘイルを疑い始めるという仕掛けがなされています。ヘイルはディーキンスを追いつつも、自身は味方から追われるという興味深い構図が置かれているのですが、残念ながらこの構図は有効活用されません。

ヘイルが味方からの妨害を受けたり、言うことを信じてもらえないという、この構図ならば当然あるべき展開がなく、ストレスフリーで物語が進行していくのです。

そのあおりをモロに受けたのが国防総省の分析官ジャイルズ・プレンティス(フランク・ホエーリー)でした。序盤で見事な分析を披露し、国防長官からの直々の指名で現地に送り込まれたプレンティスは、恐らくヘイルにかけられた嫌疑を説くための重要キャラだったと思われます。『レッド・オクトーバーを追え!』(1990年)のアレック・ボールドウィンや、『コン・エアー』(1997年)のジョン・キューザックに相当するポジションですね。

現場の部隊はヘイルを追いかけているが、プレンティスだけは彼の潔白を論理的に導き出して、「俺達が追うべきはディーキンスの方だ!」と言い出すような役割だったのでしょう。しかしヘイルへの嫌疑がほとんど機能していないことから、このキャラクターもほとんど存在意義を失っています。

序盤にて、ブロークン・アロー(核兵器紛失のコードネーム)という言葉を聞かされたプレンティスが「なんという恐ろしいことでしょうか。核兵器紛失という事実も、それを指す言葉があったことも(キリッ」という主人公然としたセリフが、今となっては虚しく響きます

ディーキンスの行動が支離滅裂

ヘイルから強奪計画への干渉を受け、徐々に追い込まれていくディーキンスの動きも不合理なものでした。

彼が奪った核弾頭は2発。うち一発目はアメリカ政府に本気のテロであることを思い知らせるため中盤で爆破されるのですが、終盤にて残りの一発も起爆しようとします。

そもそもディーキンスの目的は核兵器で政府を脅して大金を得ることであって、これを爆発させることではなかったのに、金の交渉に入る前に二発目も爆発させるという行動は謎でした。

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